第3話
………。
……動けない。
……確か、俺は、ベトベトに、自らから絡まって…。
そのまま、疲れて寝てしまったはずだ。
………。
はずだ。じゃねぇ!
何してんだ俺!頭おかしいだろ?!自殺行為じゃねぇか!
辛うじて、呼吸する事は可能だが、どう藻掻いても動けない。
(詰んだ……)
元々動けなかったが、とうとう、全く動けなくなるとは……。
アパートで倒れた時の事を思い出す。全く、あの時と同じ段取りだ。
俺がまた、この環境に甘んじて、行動しなかった罰か?新しい会社を探すこともしなかった、あの頃の俺に比べたら、成長したと思ったんだけどな……。
一度、死ぬ覚悟を決めたからか、死自体に恐怖は感じない。
……それに、ここなら、死んでも、それ程、迷惑を掛けなさそうだ。
ここはどこなのか、最後まで分からないままだったが、仕方がないだろう。
……でも、餓死って、苦しそうで嫌だな……。
そんな事を考えていると、すぐ近くで、ガサガサと大きな音が聞こえる。
あまりの五月蠅さに、耳を覆いたくなるが、生憎抑える腕がない。
ふと、浮遊感。内臓が持ち上がる感覚。
持ち上げられたり、落とされたり、転がされたり。ぐるぐるぐるぐる目が回る。
(な、なんなんだ?!今度は、楽に殺さないって事か?!)
絶叫系が嫌いだった俺には、大ダメージだった。正直、この状態が続くなら、舌を噛んで死にたいレベルである。……勿論、口は動かないが。
(や、やめろぉ……。やめてくれぇ……)
ヘロヘロになっている俺を、何かが引っ張った。
しかし、すぐに、俺の体が何かに引っかかってしまう。
それでも、俺を引っ張る何か。
痛い。痛いのは痛いのだが、俺を挟む力には、手加減を感じる。
壊さないように、優しく、それでいて、絶対に引っ張り出したい。そんな意思が伝わってくるようだった。
それからも、くるくる回されたり、また別の場所を引っ張られたりと、拷問のような時間を過ごしたが、俺は、頑張って、耐えよう。と、思えた。
それだけ、必死さが伝わって来たのだ。
(お!抜けた!)
何かから引っこ抜けれた俺は、またも、ぐるぐると回され、体中を挟まれる。
しかし、今度は、優しく、丁寧に、ゆっくりと、体中を舐めるように、回されていった。
(……この感覚は、俺の体をよく掃除してくれる、あいつ……。クリナの感覚だ……)
いつも俺を掃除してくれる中でも、一番丁寧に、掃除してくれていた、何か。
俺は、その何かに、クリーナーから取って、クリナと言う名前を付けていた。
俺は、クリナなら安心だ。と、身を任せる。
グルグル回すのは相変わらずだったが、母さんに抱かれているような…。大切にされている感触がした。
(……あ、あれ?体が……)
未だに体を
俺は、徐々に動くようになっていく体に、感動する。
ある程度、体が動くようになると、体が、異様に柔らかい事が分かる。
グニャグニャと曲がり、力の入らない体は、まるで、骨が無い様だった。
(前足はこれで、後ろ足はこれで…。あれ?真ん中にあるコレは……?)
不思議な感覚に戸惑う。何度も転ぶし、思うように動かない体は、すごく疲れる。
しかし、俺のふにゃふにゃの体が折れ曲がらない様、体中を挟みながら、矯正してくれているクリナを肌で感じていると、いくらでも、気力が湧いてきた。
足を延ばしては転び、足を曲げては転び、どれだけ経とうと、クリナは俺に付き合ってくれる。
(……社畜人生でも、こんな奴が、そばにいてくれれば……)
そう思った時に、母さんの顔が浮かぶ。
(……頼りっぱなしは、ダメだよな……)
でも、ああなる前に、母さんに相談していれば、違う未来もあったかもしれない。
確かに、頼りすぎもダメだ。しかし、頼る勇気と言うのも必要だ。
結局、俺は最後まで意地を張って、母さんに頼る事はしなかった。しかし、結果、死んでしまっては意味がない。
死ぬような事でなくても、友人に、同僚に、家族に、相談すれば、軽傷で済んだ内容が、ごまんとあるのだ。
だから、今は頼る時。
無事に動けるようになれば、恩返しをすれば良い。
俺は、子どもが自転車の補助輪を外す練習をする様に、何度も転びながら、頑張った。……クリナは、いつまでも、付き合ってくれた。
……それから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
(よし!)
俺は、六本の足を使って、何とか、地面に立つことができた。
頭についている触覚では、辺りの匂いが感じ取れ、巣の全容まで把握する事が出来た。
……なんとなくは、察していたんだ。もう、これは、元の俺の体じゃないって。
(母さん……。お金ぐらいしか、送れなくて、ごめん……。正月に帰れなくて、ごめん……。先に死んじゃって、ごめん……。ごめんしか言えなくて、ごめんなさい……。償いになるかは分からないけど、俺は、この世界で、ちゃんと、恩を返せるような、悔いのない人生を送れるような、人間になるよ)
決意を固めた、俺の背中を、クリナが触覚で、ちょんちょん。と、突いていた。
俺も、返す様に、ちょんちょんと、その背中を叩く。
それは、俺がこの世界で、初めて行った、挨拶だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます