彼女は4年に一度しか歳を取らない

サヨナキドリ

うるう

 ハセオ 0歳

 うるう 13歳

 記憶にある初めての家族以外の顔は、君だった。出産を機に一軒家に引っ越した両親が、隣に住んでいた君の家族に挨拶に行った時だろう。まだ何もかもが眩しかった世界で、僕を抱き上げる君はひときわ輝いて見えた。僕は、なんて言ったらいいか知らなかったから、ただ笑った。


 ハセオ 4歳

 うるう 14歳

 幼稚園の年中、この年、僕は君にプロポーズした。ああ、今思い出すと顔が熱くなる。けれど、本当にそれくらい好きだったのだ。タンポポを、ヒナゲシを、道端に咲いているたくさんの綺麗な花たちを束ねて、

「結婚してください」

 と君に差し出した。君は、膝をついて受け取って、

「君が大人になるのを待ってるね」

 と言った。それから半年くらいの間、朝起きるたびに

「もう大人?」

 と母に訊ねて困らせた。

「時間が早く過ぎればいいのにね」

 と母は言った。


 ハセオ 12歳

 うるう 16歳

 僕は反抗期になった。喉仏も出てきた。口うるさい親が煩わしくなった。親と喧嘩をすると僕は君の家に逃げ込んだ。そんな僕を君は優しく受け止めて、諭してくれた。親が言えば反発するようなことも、君が言えば素直に受け止めることができた。


 ハセオ 16歳

 うるう  17歳

 君は僕の先輩になった。

「今年から同じ学校だね」

 と君は言った。さすがの俺も訝しんだ。

「なんで?留年したの?」

 君は、困ったように笑いながら言った。

「私ね、誕生日が2月29日なの」

 俺は更に困惑した。それがなんの関係があると言うのだろう?

「だからね、私は4年に一度しか歳を取らないの」

「冗談だろ!」

 文字通りの意味で。よくある閏年ジョークだろう。

「でも、現に私はまだ17歳だよ」

 俺は言葉を失くした。本当なら、もっと早くに気づくべきだっただろう。


 ハセオ 17歳

 うるう 17歳

 俺たちはクラスメイトになった。隣に立って初めて気づいたことは多かった。君は明るくて、優しくて、人当たりもいいのにどこか周りとは切り離されているような、1人だけ投げ縄ツールで囲まれているような、そんな様子だった。君に告白する男子は大勢いた。その噂を聞くたびに胸が鋭く痛んだ。けれど、君は誰とも付き合わなかった。


 ハセオ 18歳

 うるう 17歳

 俺は君を置き去りに3年生に進級し、高校を卒業した。


 ハセオ 19歳

 講義もそこそこに、アルバイトに明け暮れる


 ハセオ 20歳

 うるう 18歳

 桜が降る並木道を軽自動車で走る。本当はカッコいい外車が良かったのだけれど、アルバイト1年では頭金にもならなかった。行先は懐かしい母校だ。

「うるう!」

 校門に車をつけて、ざわめく生徒をかき分けながら君の名前を読んだ。声を聞いて君が振り返る。君は12年の高校生活最後の制服姿だった。

「ハセオくん!来てくれたの?」

 私は答えずに、ずんずんと君に近づいていく。困惑する君の目の前に立って、僕は君を有無を言わせず抱きしめた。

「結婚しよう!!」

 君は悲しそうに俯いて、胸を両手で押し返した。

「駄目だよ」

「なんで!」

 その声に君は、今にも泣き出しそうな目で言った。

「だって私は、君と同じ時間を生きられない。君は、私を置いていくよ」

 僕は答えた。

「僕は置いていったりしない!君が100歳まで生きるなら、僕は400歳まで生きてやる!ずっと、ずっと一緒に生きよう!」

 君の涙が決壊して、僕の胸を濡らした。

 君の手を引いて、僕の愛車に向かう。君を助手席に乗せようとすると、先客が置かれていた。そうだ、大事なものを忘れていた。

「僕が大人になるまで、待っていてくれてありがとう」

 今度はちゃんと店で買った、薔薇の大きな花束を君に渡した。


 息ができない。人工呼吸器で生命が維持できる限界を、私はすでに超えていた。

「ごめん…………約束、守れないみたいだ」

 君は泣きながら、笑いながら、私の手を握った。

「充分ですよ。謝らないでください。私は、充分なものをもらいました。だから、笑っていて?最期に、あなたの笑顔を見せて?」

 私は泣きながら笑った。私の記憶にある最後の顔は、君だった。


 ハセオ 330歳

 うるう 95歳

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彼女は4年に一度しか歳を取らない サヨナキドリ @sayonaki

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