最後の……

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第1話

 この世界は四年に一度生まれ変わる──それは誰もが知っている現実だった。


 “世界”の1日目。

 は年齢、性別問わずランダムに割り振られ、配置される。まるでこれまでコミュニティを形成してきたかのように、ありがちな配分で、僕らはそこにいた。どのようにして僕らが生まれるのかはわからないけれど、全員同時にそこにのである。しかし思考は誰もがしっかり確立されている。


 そんな世界で僕らは、これだけを悟るのだ。


“この世界は四年で終わる”


 この世界はつくり上げたものも、生きてきた生物もいっしょくたに四年後にはリセットされるのだということを、僕らは静かに悟った。唐突に終わりが知らされる訳でもなく、ただゴールが設定されていることだけをのだから、とりわけ恐慌はない。

 ただそこには諦念だけがあった。


 あたりを見回す。なだらかな岩肌や青々と茂る草原が広がっており、川も流れているし、遠くには海もある。動物も魚もいるし、果実もある。


 食うには困らない──が。環境は僕らが終わりのある世界で、それでも仕方ない理由で死ねないのだという厳然たる事実を裏付けるだけだった。


 同じような思考を辿ったのだろう。偶然隣に配置された若い女性が口を開いた。


 「どうするんですかね、これ」

 「なるように、なるとしか……」


 場違いにも、自分の声が想像より高い声であることに気づいた。今回は少年であるらしい。


 「とりあえず、家でもつくりますか……?」


 半笑い、いや苦笑いだろうか。とりあえずの指針を彼女は打ち立てた。何もなく、何も残せない世界。であれば何か指針でもなければ本当に狂ってしまうだろうから。


 「そうですね、そうしましょう」


 僕は肯定した。「この少女とこれから生きていく」という大きな決断を下したはずなのに、ひどく無気力であると自覚した。現実感が、希薄だった。現実感を持ちたくなかった。

 

 「でも、その前に服をどうにかしないと、ですよね」

 「あっ……」

 

 彼女は赤面した。僕は視線を逸らした。


 ---


 世界の二日目。

 僕らはようやくの思いで住居をつくり上げた。


 「はー、なんとか完成しましたね! お疲れ様です!」


 彼女はたくましい。初めこそ世界に戸惑ったような顔をしていたが、今や朗らかな笑みを浮かべている。それは強がっているという感じではなく、僕はそれを憎からず思ってしまった。


 「ありがとう。これで四年間、雨風はしのげそうだね」


 だけれど僕は素直でない。ついつい嫌なことを言ってしまう。四年後の話なんてしたって栓なきことだというのに。

 

 「四年後で終わるかなんて、わからないですよ。実際にその時がきてみないと」

 「そりゃ、そうだけど……」

 「そんな顔していないで! ほら、ご飯取りに行きますよ!」


 彼女は僕の手を引いた。僕は重い腰を上げることになった。


 ---


 世界のちょうど一年目。

 世界は記念日ということで色めき立っていた。寿命の4分の1が過ぎ去ったというのに悠長なものだ──とはもう思わない。人は何かに頼っていなければ生きていけない。それがたとえわざとらしい装飾であったり、ふざけた喧騒だとしても。それを僕はこの一年で学んだ。


 つい先日、ようやく街と言えるようなものができた。枠がない中で生きるには四年という月日はあまりに重たかった。人々はルールに縛られ、それぞれの生活を最適化することを選んだのだ。


 僕らもそんな平凡の一部だった。振り返ってみると、本当に、平凡な日々を送ったものだった。毎日起きて、それぞれに働きに行き、食料を得て、夜には同じ釜の飯を食らい、それぞれに寝る。穏やかだけれど贅沢な暮らしだったのだと思う。


 「じゃあ、またね」


 彼女は屈託のない笑みで笑う。彼女色の部屋の中で。けれど、それは今日から僕だけのものになる。なって、しまった。

 

 ふたりで重ねた穏やかな“暮らし”は終わりを、迎えるのだった。彼女は僕でない男の元へ嫁ぐことを決めた。働いている先の男らしい。「いつもよくしてくれるんだよ」という話とともに名前を幾度となく聞いたあの男──その下に彼女は今日、出て行くのだった。


 話をされたのは二日前だった。


 「あのね、一緒に暮らさないかって言ってくれた人がいて」

 「そうか……その人のことは好きなの?」

 「うん……多分」

 「そっか。もともと偶然隣にいたからっていう、それだけだったし、いいんじゃないかな……?」


 こんな感じだったと思う。正直頭が真っ白になってしまって記憶が曖昧だった。だけれど、そのの話をした時の彼女が……僕の見たことのない表情をしていたのは鮮明に焼きついていた。


 気がつくと、部屋は夕日で紅く染まっていた。彼女は当然のように出ていったし、僕は引きとめなかった。引きとめたところでどうにかなっていたとも思えなかったけれど。


 「僕は、彼女の“何か”になれただろうか」


 静かに呟いた一言は、彼女の選んだものばかりで溢れる部屋に吸い込まれていった。


 彼女はとっくに、僕にとっての“何か”だったのに。


 ---


 世界の2年目。


 その頃には僕にもともに過ごす女性ができていた。確か、みぃこと自らを名乗っていたと思う。猫目で、屈託のない笑みを浮かべる女性だった。


 その日もいつものように朝食を食べ、郵便物を取りに行き、それらをテーブルの上に置くのもそこそこにに耽っていた。


 「かわいいよ」

 「もっと、もっと」


 形式めいたやりとりと、快楽の狭間で果てる。その瞬間だけは何もかもを忘れられた。


 行為を終え、コーヒーを片手に郵便物に目を通す中でその報せは僕の目に飛び込んできた。


 「結婚します」


 そこには確かに見慣れた彼女の文字でそう綴ってあった。コーヒーを取り落としそうになった。向かいでみぃこが言う。


 「どうしたの?」


 と。答えなければ。昔の馴染みが結婚したのだと。そう言えば済む話なのに。

 しかし、僕の口は餌を待つ鯉のようにただパクパクとしただけで、言葉を吐いてはくれなかった。みぃこは僕の手からするりと手紙を抜き取る。すると、とても悲しそうな顔をして。だけれど次の瞬間には、艶やかな表情を浮かべ──


 「今日は仕事、休んじゃおう。私が、忘れさせたげる」


 そう言って、深いキスをした。そして僕らは、また体を重ねた。さっきもしたというのに。その時のみぃこはいつもより強く僕を求めたし、僕もそれに応じるように強く彼女を求めた。


 ---


 世界が生まれて、3年半後。

 結果として、僕は、彼女を忘れられないでいた。


「みぃこ、みぃこ」

「いいよ、いいよ」


 しかし、ずるずると関係は続いていた。


---

 

 世界の寿命も残すところあと2ヶ月となろうとした頃。

 僕は、と体を重ねていた。


 ひどく雨の降る夜だった。

 強く扉を叩く音がして、ドアを開けると、彼女が立っていた。顔には青あざがたくさんあって、もういっそ腫れ上がっていると形容した方が早いほどにひどい有様だった。


 「久しぶり、だね」

 

 そんな言葉しか吐けない僕を見て彼女は笑った。あの頃より、少し陰のある笑み。僕の知らない時間は、彼女をに変えてしまったのだろう、と深く悟った。耳鳴りが身体中をこだまする。下唇を噛んだ。

 

 そんな僕の唇に、彼女は小さな唇を重ねる。優しく。だけれどだんだんと深く。それは、僕の知らない彼女だった。

 

 場違いにも、そんな時に僕は「みぃこがいなくてよかった」そう思った。彼女は偶然泊まりの仕事に行っていたから。偶然か、運命か──。


 そうやってもっともらしい理由をつけようとする僕はどこまでも自分がかわいいのだと知り、そんな自分から目を逸らすように彼女の服に手を掛けた。


---


 翌日。僕はみぃこと別れた。彼女は寂しそうな笑みを浮かべ、「私は君の何にもなれなかったんだね」と言い、家を出て行った。彼女は昔の僕だった。


 それから僕らは、これまでの時を埋め合わせるかのようにお互いを求め合った。

 何も聞かなかったし、何も聞いてこなかった。それで、十分だと思った。


---

 世界最後の日。


 朝起きると、右側に君の寝顔がある。そんな日々も今日で終わりかと思うと……正直なところ、実感がない。


 「朝だよ」

 「あと5分……」

 「最後の日だよ」

 「そうとも限らないじゃない……」


 ごねる彼女を起こすのに、結局5分かかった。ふたりでトーストとコーヒーだけの簡素な朝食を時間をかけて食べてから、彼女の緩やかな支度を待つ。


 に向かう約束をしていた。僕らが出会った、あの場所。そこで、僕らは終わりを迎える。感傷かもしれないけれど、僕はそうしたかったのだ。


 彼女が支度を終え、いざ家を出ようと扉に手をかけると、彼女が僕の服の裾を一瞬だけ掴んだ。僕は体を翻し、優しいキスをした。


 あの場所につくと、かなり遠くにではあるが、大きな灼熱が迫るのが見えた。それが世界の終わりを告げるものであると、僕らは知っている。僕は彼女の手を握る。彼女は僕の手を握り返した。


 「僕らはきっと少なくない罪を犯したね。傷つけて、傷つけられた。だけど──」

 「間違っては、いなかったね?」

 

 彼女は、悪戯めいた笑みを浮かべる。その瞬間、世界はを迎えた。 


---


 蓋が開く。目が覚める。水が流れ出す。


 目を冷ますと、僕は簡素なつくりの部屋の中にいた。いや、正確には部屋とすら呼べない。野ざらしのに人が1人入れるような機械が2つ、並んでいるだけだった。

 

 もうひとつを覗き込む。そこには、溶液に浸された骸があった。


 「本当に、運命だったのか……」


 呟く声はひどく嗄れていて、驚いた。部屋を出て、ゆっくりと歩き出す。キリキリと体のあちこちが痛んだ。消費期限という言葉が浮かぶ。


 フロアを突き当たると、開けた場所に出た。そうして僕は、真実を知った。

 世界は、荒廃していたのだ。夥しいほどの骸。赤みがかった大地。それらは死を連想させる。


 「そうか、じゃあ、あれは最後の……」


 理解した瞬間、体が前に傾ぐ。そのまま僕の意識は深い闇の中へと消えた。


 


 


 

 

 

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