花と渡し守
私たちは四年に一度、この銀の
イリヤを
この焔は祖母の――正確に言うと、祖母の伴侶のものだった。彼は冥界へ続く河の渡し守で、その舟には道を
そうしてある日、誤って死者の列に
まだ死すべきではない魂を見分けて船に乗せないことも渡し守の重要な役目のひとつだ。その時も祖母を船に乗せずに冥界へ漕ぎ出した。
戻ってくると、祖母は自分で帰れずに岸に座っていたという。
渡し守にはその理由がすぐに分かった。
祖母の瞳には、道しるべのランプに灯っているのと同じ、小さな銀色の焔が棲みついていた。
それは、渡し守が祖母を
――ひどく後悔した、とあの人は言ってたよ。
祖母は何度か、私にそう話してくれたものだった。
――孤独に
渡し守は、自分の大切なランプから別のランプに銀の焔を取り分けて祖母に渡した。
それを持って家へお帰り、そして絶対に手放してはいけない。それを失くすとお前はまたこの河に戻ってきてしまうよ。
そう言い聞かせながら、祖母から聞き出した現世の家へと送り届けた。
――別れるとき、あの人が何だかとても寂しそうに見えてね。持ってたミモザの枝を渡した。それでまあ、花言葉の通りになってしまった。
時間を置いて、渡し守は何度か祖母の様子を見に訪れた。分火した
その間、祖母には幾つかの出会いや恋があり、失意があり、戦争と旅があった。
そして虚無の夜に、渡し守はまた現れた。どこからか手に入れてきた、季節はずれのミモザの花を手に。
焼け野原。あちこちから上がる黒煙。容赦のない冬の寒さと夜。黒く
そこに渡し守は現れた。
彼が手にしたミモザの一枝だけが、終わった黒い世界に似つかわしくなく明るい太陽の色をしていたという。
――また道に迷ったか、とあの人は言った。ほんとに帰るところがなくなったの、とあたしは答えた。みんな死んでしまったと。あたしもう、このランプの火を消してもいい? そしたら死んで冥界の河へ行けるのでしょう。あたし、もういいわ。……そう言って見上げると、あの人、まっくろな瞳から銀色のなみだを流していたのよ。
――あたしはそれで、たまらなくなってしまって。
――まだ、あたしのために泣いてくれる人がいた、と思って。
――だから選んだ。あの人を、自分の帰る場所に、選んだの。
渡し守からミモザを受け取り、その手を取り、銀色のなみだを唇に受けた。
その夜私の祖母は、現世の人間でいることを半分辞めた。
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