ハンス王子

 あの日パピィは俺に言った。学びと成長は、いつどんな場所でも最後の最後まで出来ると。


 自分にはマックスのような反射神経もなければフレイのような精密な命中技術もない。


 何年も安閑と机上の議論はしてきたかもしれないが、自分の目と腕には全く自信が持てなかった。その連携となれば尚更だ。


 強みがあるとすれば、王家の血筋に宿る聖なる光の魔力。そしてそれを活かすため学んできた参謀戦術だけであろう。


 俺は一計を投じた。二層にあるロザロの目抜通り程の広さがある一本道に、トラップ型の砲台を設置する作戦だ。


 フレイは一級の建築士たる技術を持っていた。指示通り半透明の反射型魔法障壁と、空間固定魔法を使い、聖なる光の矢を球体の中で毎秒数十回の速さで回転させる魔力増幅装置を作成する。


 見た目には古くさい弩弓にレールを伸ばしただけの単純な砲台が通路の中央に完成した。


 一発目でスルトを仕留めなければ、二発目を形成している時間はない。そしてこのプラズマ砲台は持ち歩くことが出来ない。


 この通路に入り不可視の糸に触れれば、自動的に発射される仕組みだ。例えそれがどんな生物だろうが一瞬で塵と化すだけの力がある。


 結果、地中からは闇の魔力が蠢き、二層から迷宮を出る者はプラズマ光球を食らうという状況が生まれた。


「すまない、フレイ。俺かアーサーが生き残れば問題ないが、他の者には解除不能だ。むしのいい話だと思うか?」


「いいや……感心してます。王家にだけ見える不可視の糸や、反射障壁を利用して魔道エネルギーを蓄積するなんて、やっぱりあんたは王家なんですね」


「あ、当たり前だろ」


「ふっ、なんとかなりますよ。スルトか他の魔物を先に行かせるだけです。アンナの転移魔法もある。あんまり期待はしてはいないけど」


「ああ、可笑しな連中だ。あいつらを見ていると本当に世界から争いの無くなる日が来るような気がする」


 フレイは黙って頷いた。俺たちは第三層に降りてスルトを待ち伏せすることにした。砲台は最後の切り札にとっておく。


「俺たちは何としてもスルトを倒すつもりだが、本当にいいのだな。兄弟なのだろう?」


「ええ……」


 その兄弟には謎が多すぎた。兄であるアーサーと和解したばかりの俺には不可解だった。俺とは違い、いや……似ている部分は全く無かった。だから俺には何も言えないのだ。


 フレイは港町ベルローの外れに生まれ、五歳の時には母親を亡くしている。原因は魔物との戦火、飛来物による事故死だという。


 そのショック故か、フレイにそれ以前の記憶が無いのだ。つまり彼には母親の記憶がまるで抜け落ちていた。


 船大工であった父親は酒ばかり飲み、ろくに家にも帰らなかったという。彼の面倒をみたのは大工である祖父と、兄のスルトだけ。


 その祖父も彼が学校に通うころには、この世を去っている。薬草や家畜を売って生活していたそうだが、荒れたものだったのは想像出来た。


 スルトは彼を連れ、物を売り、盗み、喧嘩に明け暮れていた。当時のベルローは、とくに治安が悪かった。二人は常に共に過ごし、協力して生きてきたはずだった。


 擬人化魔物を見抜く能力、捜査員シーク。収容所で審問官はフレイの能力は見抜いたが、同じ能力を持っているスルトの能力には気付かなかった。


 俺の中に疑念が沸いた。スルトは魔物を密告しなかったのではなく、出来なかったのではないか。


 何かフレイも知らない強い縛りのような物があったのではないか。そう考えるしか無かった。スルトには何かがある。


 何故、収容所で多くの魔物と同時に契約が出来たのか。何故、能力を隠し牢に残ったのか。何故、たった一人の兄弟と戦わなければならないのか。

 

 それには理由があるはずだった。俺は王冠を外してフレイに渡した。


「頼みがある。何も言わず、この王冠を被って貰えないか」


「……察しが付きます。王家の情報伝達用に造られてる。貴方に何かあれば、アーサーが動揺するとでも思ったんですか」


「理由は聞くなと言ったろうに」


「まあ、いいでしょう。ボクが王冠をしてたら裏切りはないと証明出来る」


         ※

 

 三層に降りて直ぐ、視界の隅に闇を感じた。目の契約者オーガと、巌窟王スルトは俺たちを……フレイを見ていた。


「まるで裸の王子に裸の騎士だ。お前がハンスの守護騎士にまで昇り詰めるとは意外だったが」


「……スルト」


 身綺麗にした巌窟王はフレイと似ていた。軽鎧に魔術師のローブとマントという姿までが二人を鏡のように映して見えた。


 そのローブが消し飛び、直後に耳をつんざくような破裂音が襲う。


 俺はスルトの放つ魔法マジックアローが頭上で音速を越えたのを見た。その威力は衝撃波だけで死に至る。


「くっ……一歩も動けぬか」


「王子、勝負はこれからです」


 目の契約者オーガは、スルトの横に立っていた。頭は俺の二倍はある高さにあり、見上げなければならなかった。その目も顔も完全に兜に覆われていた。


「弟よ、一度だけチャンスをやろう。いますぐハンスを殺せば、お前だけは助けてやる」


「ごめんだね。それでなくたって、兄貴に従って上手くいったことが一度でもあるか? それに喧嘩や的当てでも、いつもボクが勝った」


「ああ、お前は優秀な弟だったな。喧嘩をするのも、これが最後だ。再戦は二度とない。そして私が勝つ」


 弟、弟と言われると自分のことのように感じた。自分が劣化コピーで兄を引き立てる為だけに存在しているような気分だった。


「フレイ、覚悟はいいな。俺は兄を生かす為に死ぬ覚悟がある。お前は兄を殺し、生きる覚悟はあるか」


 またフレイは頷き、指の関節に流れる血を舐めて言う。やっと守護騎士の指輪に白い火が灯ったのが見えた。


「あいつが、どす黒い闇の魔力に囚われた時から兄弟だとは思っていません。ボクの手で殺します。それと王子、あんたは死なせない」


 ローブを落としスルトは首をふった。冷や汗と重度のストレスで胃がむかついた。


「……悪いが、全てお見通しだ。砲台を置いても当たらなければどうということはない。目の契約者は全部見ていた」

 

 あの時、俺はこっそりと老騎士ターネルから守護騎士の指輪を二つ受け取っていた。クラインの使っていた一つはフレイに渡してある。


「その王冠を使ってアーサーと連絡をとっていたのも見ていた。だが皆を足止めするなんて、彼には無理だ」


 聖地、王都にある龍脈、王家に伝わる兵器、指輪はこの磁場で光の球体から魔力を得る。全ての能力を底上げし、底無しの魔力を得る条件は満たした。


「……兄は、アーサーは充分時間を稼いでくれた。俺たちを甘くみたな」


 俺は白色に燃える指輪を突き出し、光の魔法を唱えた。砲台はスルトを近づけないよう欺くための仮の姿だった。


 増幅された光の魔力が全身に感じられた。磁場をねじ曲げるほどの魔力が、みなぎった。王家に伝わる最も強力で、最も危険な魔法。


 王家伝承秘術、魔力磁場解放バスタード


「いくぞっ!」


 俺たちの全身を白い炎が覆っていた。瞬時に床石を蹴り、俺はオーガの股をくぐっていた。甲冑の隙間をぬってレイピアを差し込む。


 左右の踵、膝裏に二ヶ所。オーガの巨体は前屈みに崩れていく。狙うは、兜と鎧の間にある後頭部だった。


 動きはスローモーションのように見えた。俺はオーガの背中を駆け登り、レイピアを振り上げた。ふと、殺すより光の魔力を注いでみたらどうかという考えがよぎった。


 殺すことに躊躇したのだ。


「ガハッ……!」


 暴風が俺の身体を宙に飛ばした。目の前が暗転し上下の感覚が無く、時間が止まっているみたいだった。暗闇と光が交錯している。


 ズザザザザ……。


 俺とオーガが地面に貼り付いている。いや、壁に押し付けられていたんだ。


「うおおおおおおおおっ!!」


 広間の中央には、スルトとフレイが掴みあい声をあげていた。そして繰り返す明滅は、二人の魔力を打ち消しあっていた。


 それで……それでいい。

 

 もう一計、王冠は優れた情報伝達装置だ。この魔道具を捜査騎士が持つことで、別の役割を担うことになる。


 フレイとスルト。二人がぶつかり合えば、情報は交錯するだろう。そしてフレイは自分で、スルトの謎を解くのだ。


 俺はほくそえんだ。裸の王子は……どちらだろうか。フレイ、お前は自らたどり着くんだ。お前に託すぞ。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る