骸骨兵士

 ベナール城。王室には四人の魔物と、インキュバス王ラースの姿がありました。大きく立派なテーブルには食い散らかされた料理と酒。


 猫足の椅子が乱雑に並んでおります。シャンデリアに破れたカーテン。王都が一望出来るほどの大きな窓も御座いました。


 豪華な装飾の衣装で御座います。上衣には鳳凰や青龍、玄武に白虎の刺繍が施され上品で洗練された服装でした。

 

 四人は王に支える臣下のようです。下半身が蛇である以外はそう見えました。見た目は完全に人間のラースはその中央に座し、王だけが付ける赤い貴族用の法衣を纏っていました。


 なんとアンナ様は彼を、その小太りの醜い男を知っておりました。



「ずいぶん貫禄が増したわね。どうやって各家の忠誠を得たのかしら、ラース」


「貴様ら、雑魚の落ちた偶像と一緒にするな。魔物たちは団結を求めた。あらゆる魔物は私の支配下で私を覇者にする為に働いている」


「……今すぐ闘技場と王都に張られてる魔法障壁を解いて貰えるかしら?」


「ふっははは。冗談にしては下らん申し付けだな。木を守る為に森を燃やす馬鹿が何処にいる。貴様がやろうとしているのは、そういうことだ」


「協力してくれるなら危害は加えないと約束するわ。貴族気取りのあなた方にも、王都に巣食う魔物にも」


「貴様は何を捧げられる? 私に忠誠心を見せ、私の名を高める情報が得られるなら、交渉を検討しよう」


 誰も疑問に思わないのでしょうか。平穏を求めた魔物を騙し、殺している魔物で御座いますれば、誰が忠誠心を見せましょう。


 殺された魔物や人間は森を壊す連中で、自業自得だとか。いいえ、インキュバスの能力に支配されているだけで御座います。

 


 カタカタ

 カタカタ。


『はて、今一度同じ返答を繰り返さねばなりませんか、ラース殿』


「ふっ……差し出すものは無いと?」


 臣下は手前を鼻で笑っておりました。彼らは呪術に優れたラミアと呼ばれる種族で御座います。サキュバス、インキュバス、ラミア。


 魅了、催眠、魔術、呪術によって評議会を乗っ取り、巌窟王と手を組んで世界を手にした気でしょうか。


「金貨二千枚ではいかが?」


「ほう……他にもあるだろう。ロザロに住む魔物のリストとか、貴様が私の妻になるとか」


 手前はアンナ様の前に出ました。


『手前どもは、仲間を売るつもりは毛頭御座いません。金貨以外は何も差し出すつもりは御座いません。簡単に手にはいる物に意味などありましょうか。見せかけの支配に何の意味が御座いますか』


「クハハハハ、言ってくれるな。皿洗いでもして貰おうかと思ったが」ラースは立ち上がり息を荒立てました。


「邪魔なやつには消えて貰うしかないな。みな、笑え」


 死霊術師ネクロマンサー炎導術師パイロマンサーの類いなれば、手前のような骸骨兵士はアンデッド系でも底辺の扱い。


「アハハハハハ」

「クックックッ」


 精霊魔法や火炎魔法で一瞬にして消される魔物だと考えるのが当然で御座います。


 カタカタ

 カタカタ。


『優秀なる呪術師の方々なれば、このような歪んだ支配ではなく、真実の共栄を実現しては如何で御座いますか』


 手前の言葉は虚しく部屋に響きました。臣下の一人が前触れもなく聖なる光を放つのが見えました。手前は丸い盾を出し、土の用心にて『神棚』に避難するしか御座いませんでした。


 ほんの五秒。神棚から戻ると状況は、変わっていました。ラースがアンナ様を抱えて裏の通路を逃げて行くのが見えました。


 臣下たち、ラミアは意外にも素早い動きで、ラースに続いて進んでおります。すべての魔法を掌握したアンナ様でも五匹の魔物からの催眠には対処し難いようで。


『お待ち下さい』


 手前は言うより速く短弓ショートボウを放っていました。鎧戸に阻まれながらも、特別製の矢はラミアを一匹捉えていました。


「……ウギャア!!」


 鎧戸の隙間から、一匹。連続して放った矢は閉じられた鎧戸に穴を開け、更に一矢が針の穴を通すようにラミアを居抜きました。


『………』


 扉の先に二匹目のラミアが死んでいました。この弓は何処にでもある短弓なれど、矢は特別製、即死に至るアポロンの矢にて御座います。


 裏口から階段が下に降りていました。少々取り乱した手前は、真っ直ぐにアンナ様を追いました。頭上の木材と石が崩れ、手前に降りかかりました。


「クハハッ、馬鹿がっ、だから言っただろう。アンナも貴様も私に命を捧げるのだ」


 またも『神棚』に避難させられるとは。更に五秒して、手前は瓦礫から飛び出しました。トールハンマーの力を借り石を退けました。


『受け入れませぬ。またも同じ議論を繰り返さねばなりませぬか』


「なっ! ただの骸骨兵士ではないのか」


 ラースに向かう通路には罠が仕掛けてありました。火球が三発。石壁の向こうから放たれておりました。

 

 丸盾と共に出したのは、伝説の槍『グングニル』にて御座います。手前は石壁ごと魔槍の力で吹き飛ばしてやりました。


「……ギャアアア!」


 石に押し潰された臣下の声でした。手前は更に螺旋の階段を進み、ラースを追いました。


 光矢の魔法を丸盾で弾く度に、髑髏をこずかれるような振動が走りました。


 頑丈な盾が少しずつたわみ、何度か新品と取り替えねばなりませんでした。


 小部屋の前に最後の臣下がおりました。両手に聖風のナイフを構え、手前に向かってきたのです。


 アンデッドにとって、このナイフは大変危険で御座います。軌道の線、不可視の糸に触れただけで骨は簡単に消滅してしまいます。


 とっさにショートソードを付きだしていた右手を引きました。臣下の頭をつかんで叩きつけようとしました。

 

 ですが、線は至るところに御座いました。正面から挑むのは不利で御座います。ゆらゆらと押し迫る線が、瞬時に手前の腕先を寸断しておりました。


 左手の丸盾を臣下の顔面に放り出しました。僅かにひび割れた盾の亀裂に、手前は尖った橈骨を差し込みました。


 盾はぱっかりと割れ、ラミアの左目からおびただしい血が流れました。彼はビクビクと痙攣しながら壁にずり落ちていきました。


 五秒。再生させた右腕にアポロンの矢を構え、弓を引きながら手前は王の寝室に入ったので御座います。


『………』


 盾にされたアンナ様の喉もとにはナイフが突き付けられていました。真っ青な顔をしたラースは、手前を見て動きを止めました。


「………」


 向き合う手前らの時は永遠にも感じられました。互いに微動だに出来ませんでした。辛抱強さにかけては誰にも負けない自信が御座います。


『………』


 いえ、アンナ様にはかないませぬ。アンナ様はいつか、こう言いました。『貴方たちと暮らして辛抱強さを学んだわ』と。


 手前はいつ学んだのか聞きました。アンナ様は『いつもしてる』と言って笑いました。そんな冗談が大好きなのです。


「………」


 小さなアンナ様は慣れない手つきで手前に洋服を縫ってくれました。猟犬には犬小屋を。パピィには眼鏡をプレゼントしてくれました。


『………』


 手前の使い古したショートソードを大切にしてくれました。手前らを大事な家族と呼び、死神の鎧を磨いてくれました。


 そして手前は知りました。『骸骨ガイは良い魔物なのよ』と。死した手前の生き方が、そこにあったのです。


 手前はアンナ様の為ならば、幾らでも悪い魔物になれると知りました。良い魔物という定義は新たな葛藤を生んだのです。


『………』


 業を煮やしたラースは、口を開きました。目覚めたアンナ様はうっすらと涙を流しておいででした。


「ひ、人質がどうなっても……」


 その一瞬の隙に、手前の矢はラースの眉間を貫いておりました。しかるに、交渉の時間はもう過ぎておりますれば。


 アンナ様は手前を抱きしめてくれました。強く、しっかりと抱きしめてくれました。その時、やっと決心がついたのです。


「ありがとう骸骨ガイ。無事でいてくれて……ありがとう」


『アンナ様、聞いてください。手前はこれから勇者チートに挑みます。おそらく、手前は消えてしまうでしょう。負け戦だという意味ではありません。必ずや勇者を倒し、アンナ様を守って見せましょう』


「ど、どうして。どうして骸骨ガイが死ななきゃならないの?」


『死に……手前の死に意味など御座いませぬ。手前は自分の意思でやり遂げたいので御座います。手伝って頂けますか』


「……決めたのね」


 悲しげな顔を見るのは耐え難い苦難と言えましょう。これは主人であるアンナ様に対する初めての我が儘で御座いました。


骸骨ガイが決めたのなら……分かったわ、協力する。だから……」


 アンナ様は言葉を飲み込みました。そして手前らは闘技場へと向かったので御座います。



 


 


  

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