剣闘士マックス

 ダンジョンの最下層からは闇が迫っていた。背後からびちゃびちゃ、ブクブクっていう不快な音がした。


 七層通路は延々と続いていた。まるでどの通路も他の通路にしか続いていないみたいだった。


「ハァ……ハァ……」


「右の角だす。下、膝、顎っ」


 僕は待ち構えているオークの股に滑り込むように飛び出し、棍で膝と顎に連打した。緑色の魔物は軽い脳震盪って顔をしてる。


 先読みのグリフには短い単語で指示をだすように頼んでるんだ。なんせ訛りが酷いし無駄な単語が多いだろ?


 すかさず格子に組んだ木片に魔力を注ぎ込み、通路を塞ぐ。


 如意棍接、地獄組。


 この檻は如意棍接から削りとったバラバラの破片をフレイの知識を使って分解出来ないよう特別に組んだものだ。


 地獄組と呼ばれる建築技法で、肥大化させれば簡単に通路を遮断する柵が出来るというわけ。


「よし、閉じ込めた。とどめを刺して、もう一匹のオーガを待ち伏せしようか」


「駄目だす。こんな柵は単なる時間稼ぎだす。さっさと上がることだけ考えるだす」


 五層と三層には広間がある。戦闘するならそこってわけ。ちなみにフレイさんとハンス王子は一足先に行ってる。


 空中散歩出来るフレイさんは、ハンス王子をおぶって一気に上に向かった。秘密の通路を使ってね。


 僕たちは、ある作戦をたてた。打撃やマジックアローじゃ、全く勝ち目はない。そもそも火力が足りない。


 二層にある長い一本道にアローグラスを利用した魔力増大兵器を用意する。魔法に加速とプラズマを加えるとか、そんな話だけど詳しくは知らない。


 ハンス王子も元僧侶の国王の血を引いているだけあって、回復魔法やホーリーなるランスは使える。




「グリフちゃん、ビビりすぎだぜ。僕を誰だと思ってんの。勇気マックス、マックスちゃんだよ」


「知らんだす……勝つか死ぬかの王位争奪戦。剣闘士は逃げないなんてのも知らんだす。勇気なんかトイレットペーパーと同じだす」


「……どういう意味?」


「あれば安心だすが、使う場所は一回だけ。りきむ時だけだす」


 真逆の性格。このグリフって男、僕に負けず劣らずのイケメンだけど、なんせ臆病な上に攻撃力はゼロときた。


 正直、足手まといにならないでくれって思ってた。頼りない魔物だと決めつけていた。


 それでも本当に骸骨ガイやアンナの仲間なのかと。多分、もう少し先でこう言うだろう。僕ちゃんに任せてさっさと行けってね。


 そう思ってた、たった今まで。

 

         ※

     

 迫るのはフレイやハンスの魔法でも照らせないほどの深い闇だった。その不快で深い場所へ如意棍接を延ばしても手応えはない。


 引き戻した棍は黒ずみ、錆び付いたようにボロボロと崩れていった。グリフは尻をつき、後退りしてハンスに抱きついた。


「ひっ、ひいいいいっ! 不味い出す。上に逃げないと飲み込まれるだすっ」


「落ち着くんだ。王家は地下迷宮の地図を作らせた。今は持っていないが、ある程度なら記憶にある」


 迷宮を知っているハンス王子。空中も移動可能な捜査騎士フレイ。


 正直なところ、翼がないグリフィンだけは役に立ちそうもなかった。可哀想だとは思うが臆病で、知能が低く、戦いに向いていないと思った。


「行こう。忘れ物はないかい?」


「おら、何も持ってねえだすよ」


 この通り、グリフはダガーの一つも持たずパピィさんのくれた結婚指輪以外は何も持って居なかった。


「プロテクトリングだね。魔法攻撃の身代わりになってくれるんじゃない?」


「違うだす。これは命より大事な結婚指輪だす。槍だろうが魔法だろうが身代わりにはしないだす。絶対に使わないだすよ」


「………好きにしなよ」



 ハンス王子とフレイと別れて直ぐだった。第七層で死体を見つけた。アーサー王子の守護騎士、燕の紋章が装飾された重甲冑だった。


 ズワルゥと名乗った若者はグロテスクな死体になっていた。致命傷は甲冑ごと腹部を貫いた斬撃で、肋骨と内臓が剥き出しになっていた。


 魔獣の仕業と分かったのは近くにそいつの死骸があったからだ。異臭を放っているガーゴイルの死骸。


「狭い通路で戦えば、犠牲者が出て当然だす」


「アーサーと魔物評議会デモンズラインで潰しあうようスルトの契約者が仕向けてる」


 第六層を走りながら腕の契約者オーガとオークと遭遇したが、グリフの提案は逃げの一手。振り向きもせず積極的に逃げるってこと。


 第五層に上がる広い階段で銀狼の死骸を見つける。馬上で使う長槍で刺したような丸い穴が開いていた。


 大きな部屋の入り口に一角獣の紋章騎士、アインホルンが倒れていた。僕は甲冑をつかみ、顔を覗きこんだ。


 またまたグロテスク。顔面は溶かされ、頭蓋骨が見えていた。毒蛇に食い付かれて削ぎとられたらしい。


 第五層の広間。咆哮をあげたのは巨大なキメラだ。ライオンの頭に山羊の身体、毒蛇の尻尾を持った魔獣。背後には外套を着た魔王の娘ルシエル。


 ふらつくアーサーを庇うように熊の紋章の娘がいた。たしか名はシオンと言った。甲冑が曲がり、外れている部分から血が滲んでいた。


 何度も攻撃をくらい、何度も立ち上がったことは容易に想像出来る。みんな勇気を持って立派に戦っている。


「もう回復に使う魔力も無いのか。グリフちゃん、逃げるなんて言うなよ。僕ちゃんは怒ってるんだ」


「……逃げるだす。さっさと行ってハンスかフレイに回復して貰うべきだす」


 この野郎は、何て頑固な臆病者なんだ。僕は二人を連れてお前はさっさと逃げちまえと思った。もう僕は一人でやらせてもらうと。


 グリフは僕の頭をグイと近くに寄せた。瞬間に毒蛇の尻尾が目の前でガチンと空を噛んだ。


「……!!」


「おらに任せてさっさと行けだす。おらは臆病だす。自分でも嫌になるほど、ビビりだす。だから話し合う暇は無いだす」


 何だって……それは僕ちゃんのセリフだろ。あんたなんかに、何が出来るんだ。武器の一つも持ってないあんたなんかに。


 グリフはキメラの懐に飛び込んで行った。両足は太くフサフサな羽毛が生え、足先は鳥類のそれだった。


 左右からキメラの腕が振り上げられたが、グリフは器用にかわし続けた。地べたに張り付き、走り回り、跳び跳ねた。


 むやみに暴れるキメラはぐるぐるとグリフを追い回す。まるで間抜けで滑稽な舞台を見てるみたいだった。


「……なっ、何だってんだ」


 それは物理法則を無視した動きだった。人は馬鹿だ、間抜けだと言うかもしれない。曲芸に近いグリフの戦いを笑うかもしれない。


 闘技場が笑いの渦に巻き込まれるのが、想像できた。それほど情けなく、逃げ回り、走り回り、飛び回っていたんだ。


 あまりの早い動きに、周りの僕らは身動きが取れなかった。味方すら出来なかった。爪と牙、毒蛇と山羊の角。


 キメラには死角なんて無かった。ライオンの目と山羊の目と毒蛇の目、研ぎ澄まされた牙と長く伸びた爪。


 大木のようなキメラの腕が振り降ろされた瞬間、グリフの姿を見失った。両手、両足は腕をつかみ、相手の力を使って移動していた。


 すべての攻撃はギリギリでかわされていた。一ミリ単位でかわされ続けていた。その時、シオンとアーサーへ外套の女が走るのが見えた。


 ドン……。


 僕は如意棍接を延ばして、魔王の娘を制した。尻もちをついて倒れていたのは、紫色の肌をした小さな娘だった。


「あ、あんたがルシエルか。まだ子供じゃないかよ……くそっ! くそっ! くそっ! グリフに任せて逃げるぞ」


 僕は如意棍接をしまい、アーサーと傷だらけのシオンを抱えて走った。悔しかったのは僕が勇気ってものを勘違いしていたことだ。


 あれが勇気だ。初めからグリフは争いごとが大嫌いだった。他人の死ぬのも暴力も許せなかった。臆病だからじゃない。


 そしてどんな魔物より、どんな人間より平和を望み、人々を愛していた。


 だから武器も持たず、滑稽な姿をさらし魔獣の懐に飛び込んでいった。それを勇気と呼ばなくて、一体何が勇気だ。


「死ぬなよ、グリフちゃん。絶対に助けにくるからな」


 もしも、いつか僕が人を愛する日が来たら、グリフを知って欲しいと思った。平和を愛することの意味を……勇気の意味を知って欲しいと思った。

 



 



 

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