獣人アンナ
風は強く太陽は高かったわ。 マーケット広場の群衆が賑わっている場所を抜け、私たちは走ったの。
ベナール城に向かう途中、貴族の屋敷から騎兵が追ってきたわ。隊列を組み、長槍の鋼の穂先は太陽を反射してギラギラと光っていた。
ワンワン。
カタカタ。
『
「分かってる。五番目のエレメントを取得してから皆の意識や考えが把握出来るみたい。容赦しないで良いわよ」
街路に蹄の音が響き渡っていた。荷馬車や通行人をよけながら、騎兵が迫った。
カタカタ。
『素晴らしい。それは四大元素の中心、すべてを兼ね備えたエレメント。“空”で御座いますね』
「……違うのっ! “愛”なのっ!」
『そ、そうとも呼べます。ですがあまり連呼しますと、黒歴史が刻まれるやも』
「……文句ある?」
『何でも御座いません』
鎖に足を取られて騎士は次々と落馬していたわ。砂煙をあげ、目の前から四人の騎士が剣を抜いて向かって来たの。
「無駄よっ!」
やってみる。この戦いに勝ってスルトを倒してみせる。考えてみれば、隊長として私の底力を試す絶好の機会が訪れたと思ったわ。
私がステッキを振り抜くと、騎士たちの剣はぶっ飛んでいったわ。すかさず骸骨の鎖が騎士たちの体を拘束していったの。
『成長しましたね、アンナ様。嬉しく思います。パピィに手前を運ばせ、アークデーモンを追いましょうか。手前なら死ぬことはありません』
骸骨は炎の指輪を猟犬に渡したの。ジムの言ったヒントのひとつ。アークデーモンはその指輪を欲しがっていた。
「ううん、バラバラに行動するのは危険だと思うわ。はね橋が降りてる、このまま城に入りましょう。話の通じる相手とは思えないけど」
ベナール城には二つの大塔があったわ。そして難民を受け入れていると聞いた。衛兵の前で私たちは変化の指輪を使って貴族のような衣装に着替えたの。
※
「ラース殿に会いに来たの。私たちは魔界の王バエルの遣いよ」
呼び止められた衛兵に、魔王の残留魔力をちらつかせたわ。
衛兵は擬人化した魔物どおし、私たちを見て門を開いたわ。足元に猟犬が居るのは意外だったみたいだけど。
グルル……。
「ひっ、お、お通りください」
始めに目に入ったのは落とされた旗。兵舎にたむろする騎士たち。
半獣人や魔物の姿まであった。螺旋形の角が上に向かって突きだしている男はドラゴンハーフだろうか。
狭間胸壁には使われなくなった剣や槍だけじゃなく、魔方陣の書かれた魔道具や投石機が並んでいた。パピィは一目見て言ったわ。
「人間の守護騎士たちが強襲すれば、この城を落とすことは簡単ね。せっかくの武器が埃をかぶってるし、弓兵も配置していない」
「
カタカタ。
『このまま、王の間まで行きましょう』
塔の階段で座り、話している兵士に耳を向けたわ。猫耳がピクピクと動くのよ。
「今日くらい休めばいいのにな。奴隷の競売なんて盛り上がらないだろ。人間は入れ食い状態なんだから、価値もない」
「人間はもう商売にならないな。今日のは魔物だろ、ただの魔物じゃないらしい。何でもスルト様の飼っていた番犬だっていうぜ」
「……!」私の胸に寒気が走った。「みんな、こっちよ」
聴覚、嗅覚、そして“愛”の力で私は皆をなるべく安全なルートで城内に率いたの。
大広間に入った私は唖然としたわ。貴族の姿に擬人化した魔物たちがひしめき合い、酒や料理を楽しんでいたの。
『パーティーで御座いますね』
「ええ。こんな時に何なの、不謹慎だわ」
玉座にラースの姿は無かったわ。闘技場を映し出してリモートで観戦しながら、偽物の貴族かぶれたちが盛り上がっているの。
パピィはお酒を受け取り、一口飲んだわ。近づいた貴族に色目を使ってラースの場所を聞き出すつもりね。
「ねえ……ちょっと聞きたいんだけど」
「便所ならあっちだ」
「あ、ありがとう」
パピィはすぐに戻ってきたわ。人との関係が築けない彼女に期待したのがいけなかったわ。今度はバーテンと話した骸骨が戻ってきた。
「どう、何か分かった?」
『会場のどこかにいるそうです』
「それは分かってる。主催者の居場所が分からないなんて、おかしいわよ。何て答えたの?」
『ど、どうも。有り難う御座いますと』
「もっと、ハッキリ聞かないと。本当に礼儀正しいんだから……さっきみたいに賄賂を使えば?」
『ええ。やってみます』
骸骨は何もない空間から、金貨を取り出してバーテンに見せたわ。
カタカタ。
『すみません。ちょっと聞きたいのですが、やっぱりラース殿はまだ……』
「ええ、お待ちください。ラース様はお忙しいので、一時間もすれば現れるでしょう」
『こんな物が落ちておりました』
「俺のやつだ」
横にいた太っちょの貴族は金貨を取りあげて、立ち去ったわ。バーテンは骸骨を見て、ニヤニヤしていたわ。
『任務完了で御座いますれば』
「………駄目ね、これじゃ。猟犬ちゃんは何か分かったの?」
ワンワン。
『軽い海老アレルギーがあるそうですが、我慢して食べたそうです』
「……無理しないでいいのよ」
貴族たちからワアッと声が上がったわ。映された闘技場では、
画面の脇の扉が開くのが見えた。見覚えのある男が入っていくのが見える。私は皆を集めて指をさした。
「あそこ、画面に隠れて扉があるわ」
人混みを掻き分けて、扉に入るとすぐに声をかけられたわ。
「お客様、ここからは立ち入り禁止で御座います。お約束ですか?」
既に足元から回り込んだ猟犬ちゃんは、背後をとっていた。首を強打すると見張りはあっけなく膝をついて倒れたわ。
階段が二手に分かれていた。猟犬ちゃんはクンクンと匂いをかぎ、ベスがいるのを見つけたの。パピィはそんな猟犬を放って置けないと感じていたわ。
「時間がありません、私と猟犬で左の塔に」
「うん。骸骨と私は右の階段に行くわ」
※
薄暗い階段を上がっていくと、息が乱れた。吐かれた息が白く、気温が急激に下がっていくみたいだった。
カタカタ。
『ほとんどの魔物や人間は、隠れて人生を過ごします。そんな世界は間違っております。手前が付いております』
「有り難う、
鎧戸を開く指は小刻みに震えていた。まだ上に階段が続いている。
今は恐怖を打ち破らなければならない。邪悪な魔力を帯びた空気が冷却されている。
「ハァ……ハァ……」
『呼吸を。手前が先に』
「いいえ。大丈夫」
体はかじかんで脚はいうことをきかなかった。筋肉がこわばって乾いた汗で余計に寒さが増した。
『手前を、先に行かせて下さい。ここに来たのは間違いだったようです。アンナ様……アンナ様が居なければ……手前らは他人との関係が築けないのです。心を開き、誰かを思いやることも出来ません。手前や猟犬、パピィにとって、アンナ様はすべてなのです』
「ここに来たのは間違いじゃないわ。私と一緒に見つけるのよ。皆で一緒に乗り越えるの」
私は心を強く持とうと必死だった。この礼儀正しく勇敢な仲間たちのため。だから絶望と恐怖は捨ててきたつもりだった。
でも……彼の言葉を聞き、心を共に感じれば感じるほど、結局はそれを拒めないと思った。気丈に振る舞いながら、涙をこらえた。
「恐れを知らない者なら、他の感情だってあり得ないわ。私たちにとっては互いがすべて。それでいいのよ」
私は重い扉を開いて先を急いだわ。不思議と自分自身の言葉で冷静になれた気がしたの。きっと大事な物が何か、思い出したからだわ。
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