ハンス王子
『何時だと思ってるんだ。ランプを消せよ。お前と違って俺は朝から模擬試合があるんだ。騎士がたくさん見にくる』
「ご、ごめんよ、兄上。ちょっと勉強してたんだ。紋章を覚えてないと、誰が何家か分からないだろ」
まだ二人で同じ部屋で寝ていた頃だった。城にはたくさんの部屋があったが、王妃の隣はこの部屋しか無かった。
高いアーチ形の天井の細長い部屋だった。ベンチとテーブルにはいつも木剣や魔道書がならんでいて、俺と兄上は大きなベッドを並べて一緒に寝ていた。
『馬鹿じゃないのか。全員親父の家来なんだから名前なんか覚える必要なんか無いだろっ!』
「も、もう消すよ。それか他の部屋に行くよ」
ノックが聞こえて白いガウンを着た
『どうしたの? こんな夜中に』
『ハンスが明かりを消してくれないんだ。明日は大事な試合があるから寝なくちゃいけないのに』
母上はおでこに手をあてながら、悩むような仕草をした。いつだって母上は起きていた。王妃というのは寝ない生き物だと思っていた。
「ごめんなさい。あ、兄上はもう寝てるかと思って。起こすつもりじゃなかったんだ」
『剣も握ったことのないお前なんかには分からないかもしれないけど、明日は竜騎士が直々に手解きをしてくれるんだ。すごく大事な日なんだぞ』
竜騎士は勇者のパーティーに加わることもある精鋭部隊だ。エルフやドワーフの血をひいてる騎士もいる。
兄上を起こしてしまったから、母上にも怒られると思った。母上は汚い字がびっしり書かれた俺の記録帳を見て口を開いた。
『ハンス。貴方も剣の稽古をしているじゃない。知ってるわよ』
「……僕はいいよ。どうせ兄上には敵わないし、貴族や城主の相手をするのだって大事な仕事だと思うから」
貴族の相手を手伝えば、母上はゆっくり眠れると思った。いつだって来賓の客は王妃と話したがり、国王には言えないような無理難題を押し付けるんだ。
俺が意気地無しで剣の稽古が嫌いだったのは本当だった。生まれつき運動神経は悪かった。
「他の部屋へ行って勉強するから、母上も兄上も休んでよ」
『俺が出て行く。ずっとお前なんかと同じ部屋で寝てると思われたら、俺まで弱虫の意気地無しだと思われちまう』
「どうせ騎士は手を抜いて、わざとらしく振る舞う。兄上の名誉のために、兄上が上達したように模擬試合をするんだ」
『なんだと!? 騎士は役割を演じてるだけだっていうのかっ!』
『いい加減にしなさい、二人とも。貴方たちは兄弟なのよ。まずは兄弟らしく振る舞いなさい。役割を演じるのは貴方たちの方よ』
「だって兄上が」
『だってこいつが』
『………』
アーサーは夜中に荷物を纏めて部屋を移って行った。その日から俺と兄上が同じ部屋で寝ることは二度と無かった。
何度か兄上の部屋に入ったが、すぐに追い出された。
『出ていけ、ハンス。お前と一緒に居たくないから部屋を別けたんだ』
「あ、兄上が好きそうな武器を持って来たんだ。
『はっ、魔法の矢が使えない半人前が使う武器だろ。興味ないな、今度勝手に部屋に入ったら、ぶん殴ってやるからな』
※
「何故だっ。竜騎士がたったの五分で全滅とは、どういう事だ!」
王都中心部、守護騎士兵舎は騒然としていた。第二試合、巌窟王スルト率いる四天王はアーサーの騎士を瞬殺した。
開始と同時にアークデーモンは空に消え、鉄兜を被ったオーガは何もせずに引き揚げていた。
残った二匹、黒い右腕を持ったオーガと黒い左腕を持ったオークによって、騎士は殺された。
王子アーサーは、四人の竜騎士のあまりにも簡単な死に納得が出来ず、怒鳴っていた。
そんな折、俺は
兵士は多いに越したことはない。紋章の効果も絶大だった。謁見の間で、変装を解いた俺は、兄上の前に立っていた。
「まさか謁見出来るとは思っていなかったよ。兄上」
「俺は忙しい。だが、約束は守らないとな。勝手に俺の部屋に入ったお前をぶん殴ってやるという約束だったな」
「相変わらずだね。喧嘩しにきたんじゃない。俺たちは手を組めるはずだ」
アーサーは壇上から降りて、俺に顔を近づけた。身体は大きかったが、目の下にはクマがあり、顔色が悪かった。
「俺がどれほど苦労して、政治的な手を尽くしてきたか分かるか?」
「ああ……
「ああ、王家も家臣も守護騎士も死刑か、よくて追放になる。俺が父上と旗を別けたのも家臣や従者を守るためだ」
「
「ふん、また母上か。お前は母上のお気に入りだもんな。なんでお前が嫌いか知ってるか」
アーサーは睨み付けながら俺のまわりを一周した。臆病風邪には抗体があるはずなのに、心臓は太鼓のように鳴っていた。
「お前ばっかりが、母上に愛されていたからだ。お前は母上の機嫌取りばかりしていた。認めるだろ?」
「……母上は病気だった。それでも俺たちを平等に愛していた。兄上が俺を人間扱いしなかったから、母上は俺に優しくしただけだ」
「なんだとっ!」
兄上はグリップに手をかけていた。まがいもない真剣、王の剣だった。自分の細く短いレイピアとは比べものにならなかった。
アーサーの周りには八人の守護騎士が居たが俺の横には擬人化した
「俺は魔物と友達になった。だから母上の言いたかったことが分かる」
王妃は正しかった。むやみやたらと魔物を殺すのに反対だった。父上のやり方に心を痛めていた。
アーサーは、俺の胸ぐらを掴みあげた。
「父上と俺が間違って、母上とお前が正しいと言いたいんだろ? 俺に勝てたら、仲間にしてやる」
カタカタ
カタカタ……。
「なっ、なんだ?」
「友達だよ」
骸骨は擬人化を解いて、おぞましい屍の姿を晒した。アーサーは目前に現れた初めて見る骸骨兵士を呆然と眺めた。
「きっ、貴様は何者だ! 信用できるのか」
『手前は良い魔物で御座います。ハンス殿、行きましょう。兄君とは明日の第三試合で戦うことになりましょうが……』
「待ってくれ。兄上とは俺が話をつける」
『無理矢理でも連れて行きます。アーサー殿は本当の敵が誰か分かっておりませぬ。手前は
今度は俺が兄上の胸ぐらを掴んだ。掴み合い、もつれあったまま顔を突き合わせた。
「認めるよ、俺は母上に愛されていた。兄上にゴミ扱いされていたからね。認めるか?」
「はっ! 当然だ。お前はベナール王家の面汚しだった」
「何度も、兄上に認めてもらうように歩み寄ったよ。何か目新しい武器があれば持って行ったし、魔道書も見せた。果実や菓子があれば、持って行った。兄上に喜んで貰おうとした。兄上に愛して欲しかった」
「だから何だ」
「全部、母上が選んだ。弩弓も魔道書も、仲直りしろと俺に持たせた。母上は兄上の話ばかりしていたんだぞ!!」
掴み合ったまま、俺たちは地べたをはいまわった。アーサーの守護騎士は剣を抜き、骸骨も両手にショートソードを構えた。俺は構わず話を続けた。
「兄上が国王の機嫌をとってくれたから、俺は王妃と過ごす事が出来た。そうするべきだと思った。兄上もそう望んでいたんじゃないか?」
広間は緊張に包まれていた。ジリジリと距離をつめる守護騎士と骸骨。一発触発の状態だった。
「手を出すな! 俺の弟だぞっ」
「……!!」
「…なにを、泣いている。びびったのか」
「初めてだ。初めて俺を弟と呼んだ」
「………そ、そうだったか」
俺は兄上に身体を起こされた。兄上は自分と俺の服装を整えると、ゆっくりと壇上に戻り椅子に座った。
「俺たちは手を組めるはずだと言ったな、兄弟。話を聞くぞ」
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