骸骨兵士
『お、お待ちください。ハンス殿』
王の道から数キロ離れた、旅の宿にて御座います。手前は身を隠して王都へと向かおうと考えておりましたが、ハンス王子は違ったようで。
街の至るところに、ハンス王子の顔が張り付けて御座いました。見つけた者には賞金が与えられると書いてあります。
彼ほどの年齢で夜の酒場をうろつけば、変化の指輪で人相を変えたところで、目立ち過ぎます。この街は民警まで武装しておるのです。
小さな街ではありましたが、酒場に娼館、賭博場。地下には闘技場まで御座います。このような如何わしい場所に、一体何があるというのでしょう。
手前は王子をひとりにする訳にはいきませぬ。共に王都に入り、王と謁見するという約束なれば。その王の首が繋がっていればの話で御座いますが。
小さな頭が人混みに吸い込まれていくのを見失わぬよう、追いかけている次第なれば、慌ててテーブルに骨盤をぶつけてしまいました。
「酒がこぼれたぞ。どこの馬の骨だ!」
まったくもって失敬な。手前を馬の骨扱いするとは。半分は当たっておりますが。
『これでどうですか?』
骨付き肉とエールを持った大男に、銀貨を渡しました。今は亡き王妃の横顔が刻まれた硬貨で御座います。地獄の沙汰も金次第。王子の持っていた銀貨を増殖しておいたのです。
「こ、こいつは驚いた。貴様は……」
『失礼します。手前は忙しいので御座います』
酒場の奥には、賭博場が御座いました。部屋に入ったとたんに、五人いた髭面の男たちは一斉に手前を睨み付けました。みな筋骨逞しい中年男で御座います。
「ま、魔物じゃねぇか」
『……よくお分かりで。すぐに帰りますので、お構い無く』
なにやら、結界のようなものが張られているのやも。あるいは
もとある姿に御座いました。一糸纏わぬ姿とは、このこと。神棚から死神のローブを取り出そうと手を伸ばしました。
「そうはいくか!」
『な、なんと』
ガタガタとテーブルが倒され、あっさりと囲まれておりました。ハンス王子を思うあまり気を取られ、油断していたのです。
振り下ろしたはずの上腕骨が、先ほど見た骨付き肉になっておりました。飛び退こうにも、右足の頸骨は犬が咥えております。
ドカッ!
背骨を蹴り付けられた手前は、バラバラと崩れさり、酒臭い男たちに押さえつけられたので御座います。
あらゆる武器に精通した手前としては酷く情けない状況に御座います。誰も武器を手にしていない輩に、あっさりと捕らえられたのです。
神棚に身を隠し、出直すことも出来ました。五分もあれば、手前は完全復活出来るのです。ですが、髭面の男は興味深い話をはじめたのです。
「どうして銀貨を持っていた。ありゃ、数枚しか造られなかったはずだ」
『………はてさて』
「アリシア様は、処刑に反対だった。逃げた魔物に持たせたのかも。あの方は本当にお優しかったから」
「いいや、王妃は気がふれていたんだ。魔物が奪いとったに違いない」
王妃といえば、ハンス王子の母上で御座いましょう。聞くところでは、三年前に亡くなったとか。
不可解な死だといいます。王妃はずっと眠れぬ夜を過ごし、気がふれてしまったとか。睡眠は最も有能な医師と申します。
ベナール王は、もとは賢者だと聞きます。高度な医療技術をもってしても、王妃を救えなかったのです。
そう考えると王妃アリシア様こそ、王家の純粋な血筋で御座いました。アーサー殿とハンス殿も純粋な血筋で御座いますが。
『誤解されておるようですが、手前は王妃とは会ったことも話したこともありません』
「……白状したな、盗人。そんなこったろうと思ったぜ。俺が始末してやる」
「バラバラにして犬に喰わせてやる。盗人め」
『滅相も御座いません。盗みなどしておりません。手前は良い魔物で御座いますれば』
男たちの高笑いが響きました。体格のいいチョビ髭の男が銀の剣を振り上げた時、ハンス殿の声がしました。
「よせ!!
「どこのガキだ? 貴様」
ハンス殿はゆっくりと指輪を外し、実物の顔をあらわにしたのです。部屋にいた男たちは眼をパチクリさせておりました。
『い、いけませぬっ』
「俺は王妃アリシアの息子、ハンスだ。お前らを知っているぞっ! 熊の紋章はロジャース家だ。そっちの燕の紋章はバイス家。一角獣の紋章はギアード家で、みんな母上に忠誠を誓っていたはずだっ!」
「………ほ、本物みたいな口振りだな」
「本物だろうな。結界に反応しなかった」
髭面の男たちは薄汚れた手甲を擦りながら、自分でも忘れていた紋章を浮き立たせました。男は慌てて言いました。
「だから何だ。王子を突き出せば金持ちになれるんだ。自分から名乗るとは、頭がイカれてるのか? 息子に忠誠を誓った覚えはねぇぞ」
「母上は殺されたのだ。俺に忠誠を誓わなくとも、誇り高き名家の者達が、俺の友人に剣を向けるとは思わない」
「………はっ、ははは。儂らは守護騎士をお役御免にされたんだ、あの国王にな。そんな義理があると思うか!?」
ハンス殿の声は震えていました。手前には分かりました。パピィとハンス殿は睡眠誘導時に脳内に分泌されるメラトニンについて話しておりました。
王妃アリシア様は純血の王家なれば、その物質に特殊な魔力が宿っておられるそうで。王妃を殺したものは、その分泌物を奪うのが目的だったのでしょう。
「はした金が欲しければ、俺を突き出せばいい。だが俺は母上から聞いていた。守護騎士に免職はないと。たとえ、命をかけても母上の屈辱をはらすと」
定期的に、王家の脳内分泌液を奪う者がいる。そして王子アーサー殿も、母上と同じ症状で苦しんでおられた。
王妃のうら若き日より、その守護を司った騎士たちは、みな解雇されたそうです。
「お前らは、誇り高き
「………」
男たちの笑い声が止みました。まだ幼かったハンス殿が成長し、たった一人で導きだした答えに驚き、はたまた過去に慣れ親しんだ呼び名を聞いたからで御座います。
押し黙った男たちにハンス殿は続けました。
「ギアード家は祖父の代から、王家に仕えていた名家だ。港町ベルローに押し寄せた海獣を押し退け、神獣の紋章を得た」
体格のいい男は、銀の剣を下ろしました。ハンス殿の言葉が、胸に刺さったようで御座います。
「熊の紋章に門が描かれているのは、国々を守ってきた
髭面の男たちは、酒を置きハンス殿の前に歩み寄りました。一人の男は、まだ迷っているようでした。
「歴史深いバイス家。情報収集もさることながら、素早さと精密な動きを持つ一族、燕の紋章。その早さで一番に駆けつける姿は、皆に勇気を与える一陣の風と言われた」
驚いたことに、五人の男たちはハンス殿を囲み、膝を付いたのです。ひとりは堪らずに、メソメソと泣きだしておりました。
「母上は言った。我が
五人は頭を垂れ、ハンス殿を王家として認めたように御座いました。髭面の男は言いました。
「間違いありません。我らのルーツを知るそなたは、我らが仕えた王妃の子息で御座います。王家失くして、我らの歴史を誰が語り継ぐでしょう。我らはそなたに忠誠を誓います」
「まずは俺の守護騎士を助けにいく。みな、手を貸してくれるか」
「仰せのままに。誰も文句は無いな」
「おおー!」
「おおおーっ!!」
ただの騎士では御座いませんでした。熊の紋章は結界と防御の能力が御座いました。燕の素早さは手前の上腕骨を意図も簡単にすり替えたのです。
一角獣の蹴りは手前の急所を捕らえていました。最小限の攻撃で、最大の効果がありました。そんな男たちは従者を含め、街に数百人もいたのです。
カタカタ
カタカタ……。
『そろそろ、腕を返してくださいませ』
上腕骨と取り返えた骨付き肉を振ると、犬が頸骨を咥えて戻りました。
「かっはははは。お前みたいな雑魚魔物が、この街に乗り込んでくるとは大した度胸だ。粉微塵にして散骨しちまうところだった」
カタカタ
カタカタ……。
『誤解が解けて何よりで御座います』
「あまり、俺の友人を舐めないほうが良い。
手前は片方の足に結んでいた極細のチェーンを見せました。よく見ていただくと分かりますが、既に部屋中に張り巡らせてあります。
「
『用心で御座いますれば。街の全体に張り巡らせて御座います』
「なんて奴だ。何時でも儂らを身動き出来なくできたのか?」
『使いたくありませんでした。幼子や婦女子まで、街中を
「……面白いやつだ。流石は王子の見込んだ魔物ということか」
『いえいえ、悪い人間など居ないと信じる人々に、悪い魔物も居ないと信じて貰いたいだけで御座います』
ハンス王子は手前に言いました。
「いや、悪い人間はいる。母上を殺し、その魔力を利用したやつだ。だが……それも不要になった。何故だと思う?」
王家の持つ光の魔力。用途までは分かりませぬが、代用出来るとすれば闇の魔力で御座いましょう。
『……もしや、闇の魔力を操る人間が現れたからで御座いますか?』
「ああ。母上を殺した犯人は、勇者だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます