剣闘士マックス
王都への門。左右に立っていた二人の男を見て、僕は寒気がした。ロザロの円形闘技場であった片腕を落とされたオーガとオークだ。
擬人化していたし、腕もあったのに僕には分かった。彼らの目を覚えていた。恨みと憎しみのオーラを知っていた。
羽の無いアークデーモンと足の利かないコボルト。両目の潰れたオーガもどこかにいるんだろうと思った。忘れたくても忘れられない。
意外にも僕ら
この国に自分の頭で何かを決定できるものはいない。勇者以外、誰一人として自分たちが正しいか、間違っているのかと疑念を持って行動するものはいない。
人々は、何十年、何百年も信念を持って行動してこなかった。僕自身、全ての犯罪は魔物が犯すと信じていた。信じさせられていた。
勇者と王の軍が魔王を倒せば、戦争は終わり世界は平和になるということ。それだけを希望に行動してきた。
魔王ルシファーを倒した勇者は、ベナール王は断罪されるべきだと言ったそうだ。まるまる信じるのは危険極まりないことだけど。
新しい王は、魔物と人間の両方に支持される者が継ぐべきだと、勇者自身が認めたと言うのだ。誰が反論する? 誰が異を唱える?
巨大なコロッセオの前列は、四つに別れていた。後方は一般客でひしめいている。
一つ目は。
「あれは王子アーサー。ベナール王の第一子で、ハンスの兄だ。正統後継者、彼が新しい王になっているはずだった」
何処と無く似てはいるが同じ息子とは思えない。比べてしまえばハンス王子が酷く頼りなく思える。
周りを固める守護騎士まで屈強に見えた。個人的には、ちびっこで可愛くないハンス王子のほうが知的で、努力家に見える。えこひいきかもしれないけど。
二つ目。
中央から左手を指してフレイは続けた。暗い色合いの外套を着た、見るからに怪しい一団。豪華な襟つきコートを着ている偉そうな男たち。そこに混じる男装の令嬢もいるようだ。
「彼らは擬人化しているが、全て魔物だ。死んだ魔王ルシファーの娘もいる。
三つ目。
フレイにそっくりな痩せた男が中央右手に座っていた。貴族や豪族、元々はベナール王の臣下だった者たちが取り囲んでいる。
「岩窟王スルト。たった五匹の魔物を引き連れ城を占拠した。噂では魔王アバドンの加護を受け、深淵の闇を操るという」
「魔王の力を持ってる人間か。もしかして魔王ベルゼブブや魔王バエルを倒してなかったらと思うと、ぞっとするな」
「ああ、僕らは恨まれてる。でもそのおかげで、勢力が四つに分かれてるわけだ」
実際は、今の三つに分かれていると言っても過言じゃないだろう。僕ちゃんたちは当て馬みたいなもんだ。フレイは親指を立てて自軍の大将を指した。
四つ目。
「ベナール王だ。ハンス王子は直属になるから、僕らは一番やっかいな立場にいる。王の処刑は確定してるって話だからね」
ハンス王子を逃がした僕らに、選択肢は無かった。まともな兵士は老騎士ターネルと魔術師クライン。捜査騎士フレイと……僕だけだ。
老騎士や、クラインが哀れに思える。忠義に熱く、真面目に生きてきた彼らが、今となっては反逆者扱いだ。本人も混乱しているだろう。
巌窟王に敵視されるのも同じ理由。迫害の歴史を終わらせ新しい法律を作るなら、ベナール王は最も邪魔な存在だ。
たちの悪いのが、息子のアーサーだ。父親を処刑することは、自身の安全だけじゃなく、国々や臣下の安全を確保することになる。
「
フレイは続けた。武術大会なんてのは、単なる名目だと。ベナール王の処刑は決まっていて、新たな王はスルトが継ぐと決まっている。
だから守護騎士も僕らも、国王の兵士とは名乗っていない。あくまでハンス王子の兵士としてコロッセオに来ている。
「公開処刑がしたいだけなら、そうはいかない。僕ちゃんは元気マックス、マックスちゃんだからね」
「処刑だけじゃない……祭りに扮して他の勢力が、どれほどの力を持っているのか計りたいんだ。お互いに、その上で合意してる」
フレイは巌窟王を見ていたが、僕は違った。となりに座っている青い鎧の青年を見ていた。初めて見た本物の勇者だった。
勇者の名は、チート。同じパーティーを組んだ戦士や魔法使いもいるはずだったが、見当たらない。魔王との決戦で負傷したらしい。
見た目には普通の青年だった。骸骨は実在するのか疑わしいなんて言っていたが、こうやってその姿を見れば、彼が本物だとわかる。
「勇者チートじゃ。やつは魔王を倒すこと以外には何も興味がない」老騎士ターネルが言った。
「強いて言えば、自身の成長か。自分が最強で、敵を寄せ付けず、責任の無い立場でハーレムを作り、ちやほやされるのだけが目的じゃ」
「………英雄色を好むは仕方ないが、自分のための舞台を作ってるだけだ」魔術師クラインは喉元を、さすって言う。
「次元の壁を好き放題にぶち破り、平和を乱してきた張本人は勇者だ。ベナール王は利用されていただけとも言える」
「今の今まで口にだすつもりは無かったが、儂もそう思っておった。巌窟王? 馬鹿な。あの薄っぺらな勇者と、闇の魔力が手を繋いで世界が平和になると真面目に思うのか?」
「プハハハ。あんたら、よく分かってるね」
魔術師クラインも饒舌になっていた。ふたりは僕に内緒で酒を飲んでいた。バレバレだけど。
「
「王子アーサーは可哀想だが、周りの連中が酷い。みんな自分のことしか頭にない貴族たちだ。儂はハンス王子に仕えられて良かった」
王妃が亡くなって三年たつそうだ。ふたりは国王も第一王子も、勇者も
「剣闘士マックス。儂らは哀れではない。むしろ幸運だと思う」
知っている。側近もフレイも知らないけど、僕ちゃんは、ハンス王子と気があった。出来の悪い第二王子は、気を抜けば自分が要らない子だと思い出すんだ。
だから必死に勉強して、完璧になろうと努力していた。冷酷にもならなきゃならなかった。捨て子で、剣闘士になった僕ちゃんと同じさ。
父親や兄からも犬みたいに扱われていた。亡くなった王妃の話しも聞いた。ハンス王子はよく母親と一緒に寝たらしい。
甘えん坊で情けないなんて、周りは彼を馬鹿にしたが、本当は違う。心の病気になった王妃が怖がらないように、寂しがらないように一緒にいたんだ。
他に誰が、王妃に優しさを与えた? 愛を与えた? 国王やアーサーじゃない。ふたりはハンス王子の母親の心を踏みにじり、権力を利用しただけだ。
「関係ないね。僕ちゃんは何だっていい。それに、あいつと戦いたい。戦えるなら例え死んでも、構わない」
本物の勇者と呼ばれる男。僕ら四人はコロッセオの中心に向かい、歩いていく。
ベナール王付の兵士として、あちらこちらからブーイングが聞こえる始末だった。初めの対戦相手が見える。
「ロザロの勇者マックスちゃんも、ここじゃただの偽物勇者だ。だけど、よろしく頼むよ。ターネル、クライン、フレイ」
「マックス、言い忘れてたんだが」魔術師クラインは言った。
「私は偽物が大好きなんだ。テーマパークみたいに安全で安心、虫はいないし、犯罪もない場所は最高だ。世界中にある有名な街が一緒に並んでるような景色。本物なんて糞食らえだ」
僕らはこんな場面でも、リラックスしていた。自分が処刑してきた魔物の気持ちが解るみたいで、腹がたっていたからだ。
魔王の娘だろうが、魔王本人だろうが相手をしてやる。頼りになる仲間もいる。
「港町にそんなテーマパークがあったね。助かったら一緒に行こう。約束だぞ」
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