人面鳥パピィ
「おはようございます。では、歴史の授業を始めます」
村の教会を使って毎朝、一時間。
まさか私が、教壇に立つなんて。こんな日がくるなんて思ってもみなかったけども、今日まで授業に出てくれた生徒のために、頑張らなくちゃね。
アンナ様のために始めた勉強だけど、マイロにマリッサ、子供たち以外にもリフィルやパパリフィルまで、二十人位がわざわざ来てくれている。
村の子供達はすごく勉強熱心だわ。質問も沢山くるから、私も勉強になるわね。大河文明は魔界と人間界で同時期に発達したから、興味深いのね。
「パピィ先生」マリッサが手をあげたわ。
「人間と魔物が仲良く暮らした歴史はないのかしら。ビラミッドとか奴隷より前にも歴史はあったんでしょ?」
普通の学校ではこうはいかない。異端だとか推測だとか、弾圧されるから。
「あったわ。石や鉄の文明は形が残るから、戦いや憎しみの歴史ばかりが語られるけど、魔力の歴史は木の文明よ」
ロザロの教会にも樹輪の宝珠が奉られていたように、魔界も人間界も起源を遡れば必ず木の文明にたどり着くのよ。
「樹輪の宝珠を使って、交流していたのは明らかな事実よ。つまりこの北西から流れるセレーヌ川流域から地下水脈の何処かに古代文明があったという仮説も成り立つわ。私の恩師は共存共栄の歴史を探っていたわ」
「すごい、すごく面白いわ。先生の授業は百点満点だわ。ずっと成績トップだったんでしょ?」
「ありがとうマリッサ。でもその先生には落第だって言われたこともあるのよ。あら、もうこんな時間。続きは明日にしましょう」
マイロの村やロザロは復興してきたけど、まだまだ難民や野盗や、悪い魔物も沢山いるの。
剣闘士レオや猟犬が見張ってくれているけど、不振な動きをする魔物の姿を見たという話もある。
帰り支度をするアンナ様を見て、ふと昔を思い出したわ。まだ記憶が回復していないアンナ様には心配をかけたくないけど、魔物と人間が一緒に勉強するなんて、自分でも信じられなくらいよ。
昔はもっと酷い環境だった。アンナ様は言ったわ。
「優秀なパピィを落第にするなんて、駄目な先生もいたものね」
「いいえ、私の恩師ですのよ。勉強道具もなかった私に、資料も文献も幾らでも見せてくれたわ。地下書庫を自由に使わせてくれたの」
「へぇ……パピィにも恩師がいたのね」
「うふふ。優秀だったのは間違いないけど。名目大学に、ひいひい言って入ったんじゃないわ。トップで入って、推薦も奨学金も貰ったのよ。だから自信過剰だって思われたのかも」
「あはは、違うの?」
カリン先生の口癖は、何時でも何処でも無限の向上心を持って学び続けなさい、だったわ。魔界と人間界の戦争の真っ只中だって関係なかったわ。
殺しあい、傷付けあう歴史を終わらせるのは学問だけだと信じていた。跡形もなく壊れた教室でも、先生は授業をしたわ。
※
『パピィさん。こんな手抜きの論文じゃ、貴方を落第にするしかないわ』
ショックだったわ。一晩中歴史のコースを辞めようかと考えたわ。おばあ様は、そんな私を見て言ったわ。
『家出するの?』
「………し、しないけど」
輝かしい栄光の日々は終わり、ただのMP15しかない視力の悪い女子になったわ。他の科目は優秀でも、“F”なんて酷すぎる。
私から勉強を取ったら、何も残らない。土のなかでゴミを食べるミミズ。よくばりで食べかすを漁るダンゴムシ。それ以下よね。
『私の受講を取り消したわね、パピィさん。貴方の論文はどういう意味かしら。私の授業を無視して意義を唱えてる』
「あらゆる仮説を深く考えて取り込み、自分なりにまとめて書きました。偉そうな態度も改めたつもりです」
『ふん……自分の主張を貫く生徒を初めて見たわ。貴方は見込みがある。でも、今の時世ではエフを与えざるを得ない。貴方なら分かると思ったけど』
「わ、わたし。何ですって、見込みがある?」
『あの成績を与えたのは試練を与えるためよ。 将来性のある生徒が私の授業をとらないというのは、残念だわ』
「い、今、将来性があると言いましたか?」
『言葉の通りよ。受講するかは自由だけど、学問を続けるうえで、異端尋問には気を付けなさい。中途半端な論文なら要らないわ』
そして、私はカリン先生の授業を全部、受講したわ。彼女は書庫を自由に使わせてくれたし、一緒に様々な分野の学問にも付き合ってくれたわ。
※
「魔力を持って生まれる人間がいるのも、元々一緒に生活をしていた証拠です。ロザロ周辺の地下遺跡、これらの調査が……」
今日は最後の授業。ベスの情報によると王都は新たな王に占拠されたという。
安全のため、私の授業も今回でおしまいにすることになった。村人の勉強もこれで終わりになると思っていたわ。
「パピィ先生、遺跡の奥に墓地があると聞いたことがあります。そこに魔物と人間の墓があれば、大きな証拠になりますよね」
「物的証拠をだすには、労力がかかるわ。それが出来ればいいんだけど。今までは呪術的な方法しか模索出来なかったわ」
「それなら、俺たちだけでも発掘調査しよう。まだ魔物がいるかもしれないから、集まれる日を決めて、皆で調査するんだ」
ベナール教会の許可や
「ロザロの教会が無くなったのは歴史的に痛いけど、あの神父なら手を貸してくれるんじゃないかな」
大切なのは何時でも、何処でも学ぶことを続けること。私の授業は終わるけど、村人たちはしっかりとカリン先生の教えを理解してくれたみたいだった。
魔物と人間が協力して、歴史を調査する。そんな素晴らしいことが、今ここで始まろうとしている。結果がどうあれ、大きな意味がある。
「墓荒らしなら俺たちにも、分け前をくれよ」
「……!!」
教会の入り口に、山賊のような兵士が立っていた。薄汚い姿をした三人組だった。敵意はないと思って見張りを抜けてきたようだ。
「まだ、授業が五分残っています。座って聞けないなら、出ていってください」
「なんだ、このメガネ女。先生気取りのお説教かよ。あははは」
「ぷっはははは」
アンナ様とマリッサ。他にも村人が二人、立ち上がった。すると皆が一斉に立ち上がり、アンナ様は言った。
「授業の邪魔はしないでっ! まだ勉強の時間なんだから、それ以外の話はしないで」
「………なっ」
教会にいた全員が彼らを睨み付けたわ。その異常さに兵士は、たじろぎ黙ったわ。静まりかえった生徒は、キラキラした眼で私を見た。
「皆さん、ありがとう。遺跡を調査すれば、魔物と人間が協力して生きた時代があったと証明出来ると思います」
嬉しかった。だから、どうしても先生の話をしたかった。
「最後に、私の恩師の話をさせてください。実は、私の恩師カリン先生も、このセレーヌ川周域の調査を切望していました」
私は先生の話をした。先生の口癖、先生の考え方、先生のポリシー。いがみ合い、憎しみあう世界を変えるのは、学問だということ。
戦争中だろうと、どんなに追い詰められ、厳しい環境でも、最後の最後まで成長することは出来る。人々の間違いを正すこともできる。
「……学ぶことは、私に勇気をくれたわ。皆さんも、学び続けてください。これで、私の授業を終わります。ありがとう御座いました」
パチパチパチパチ
パチパチパチパチ
「パピィ先生、ありがとう」
「楽しい授業、ありがとう」
生徒たちに紛れ、杖を持ったひとりの老女が立っていた。両方の腕をグリフとリフィルが支えている。
「ぐ、グリフ!?」
「配達員からサプライズだすよ」
ひとめ見て、それが誰だか分かり、涙が溢れた。私は両膝をついて老女の手を握ったわ。声は、かすれて上手く出なかった。
「せ……先生、カリン先生っ」
先生は優しく笑ってくれた。私の手を握りしめてくれた。
「パピィさん。素晴らしい授業だったわ。あなたは、本当に立派になったわね。私の見込みに間違いはなかった」
だから学問って……学問って。拍手が沢山聞こえて、私の変な嗚咽を打ち消してくれた。
パチパチパチパチ
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