捜査騎士フレイ

 数日前から避難民が彷徨きだし、守護騎士や側近は苛立っていた。先頭の兵士は道を開けようとしない輩を馬車から引っ張りおろし、怒鳴り付けていた。


「何のつもりだ。ハンス王子の馬車と知っての妨害か!?」


 御者台から降りた男は、我にかえったように目をぱちくりさせている。


「めっ、めっそうも有りません。頭がぼんやりして……すっ、すぐに馬車を退かしますので、お許しください」


「それで済むと思うかっ!」


 兵士たちは五人掛かりで馬車は横倒しにすると、馬ごと脇道へつき落とした。酷い仕打ちに見えるが警備を任された兵士なら当然の任務である。


 荷車から小麦粉の入った袋や銀製の食器、檻に入った鳥や痩せたブタが落ちるのが見えた。武器や鎧はない。少なくとも略奪品ではないようだ。


 ボクは道に降りて馬にかけ寄った。精霊呪術で操られた動物に罪はない。怪我をしていれば、手遅れになる。


「……大丈夫だぞ」


 いななく馬の横に男が立っていた。かしげた口からはヨダレが垂れて、糸をひいている。ボクは男の目を覗き見た。奥に、別の何かを感じた。


「お前、何を見てるんだ?」

「………」


 悪寒が走る。一度は会っている魔物の気配だった。それは闘技場にいた両目を抉りとられたオーガの気配だった。


「ずっと見てる……剣闘士と、王子を……ずっと探してる……許さない……許さない……ずっと許さない」


「こいつ!!」


 守護騎士プリンスガードが男の尻を蹴りあげた。難民の男は、また我に還ったような素振りを見せる。


 闘技場で処刑を免れた魔物の嫌がらせだ。ロザロから馬で五日の地点だった。


 ボクらは見張られている。そう思うだけで、肝臓がやられそうに痛んだ。あの日、闘技場から逃げた手負いの魔物を覚えている。


 はるか昔に感じるが、骸骨やアンナと初めて出会った日だ。また次の御者はこう言った。


「両目を奪っても、無駄だ。何処へ行こうがずっと見てるぞ。さっさと王都に来い。お前らの前でお前らの王を処刑してやる!」


 ……どういう意味だ。それまでは難民や御者の眼をかりて、見張ってるだけだと思っていた。こいつは王都にいるのか?


 新たに王がつくという伝令が届くと、牧歌的な馬車道には怒声が響いた。老騎士ターネルと魔術師クラインは屋形馬車が揺れるほどの声をあげた。


「そんな馬鹿なことがあるかっ! 儂には分からん。これでは何も分からん」


「騒いでも仕方ないだろ。王が代わることは、今までにもあった」


「クーデターだぞ。守護騎士キングガードは最後の一人まで戦うべきだ。一国の王が、やすやすと処刑されるなんて話があるか。信心深い村人が、村長を魔女扱いするのとは、わけが違う!」



「……面白い例えだが、我々はシティガードでもキングガードでもない。我らに出来ることは何もない」



 王都に着く前に身の振り方を決めなくてはならなかった。ハンス王子はこの重大時に屋形馬車を離れ、後方の骸骨と馬車を共にしている。


 ボクは国王の臣下や貴族、守護騎士が抵抗しなかったはずがないと思った。抵抗出来ないほどの何かがあったと考えるのが妥当だ。


 問題は今までの王の支配下では許されたことが、新たな体制でも許されるとは限らないという事だ。

 

 情報が少ないのは、王都が一時的な機能不全を起こしているからだ。魔術師クラインの言うとおり、何も出来ない。いや、何もするべきではないだろう。


 我らが決めることが、新たな指導者に受け入れられるか分からない以上、動くべきではない。


 巌窟王スルト。その名を聞いてボクの首筋には鳥肌がたった。


 牢獄を破り、魔物を従えて王都に入ったのだ。皮肉なことに、ボクの先を行ったわけだ。先に生まれた権利だとでも言うように。


 彼は魔物を誤解している。いつもそうだ。不安定な性格だから、学校で誰かのクスクス笑いが聞こえれば自分を笑ってると決めつけていた。


 弱かったんだ。いつも千切れそうな心を守ることに必死だった。病的だった。雪の玉を投げつけられた時だって……。


 同級生たちは、ほんの冗談のつもりだったろう。彼は雪玉に対して石つぶてで対抗した。ドーラの息子は前歯を失くして、ボクらに殴りかかった。


 ボクらは喧嘩はしなかった。千里眼の片鱗が既にあったんだろう。ギャンブルだけじゃなく、物理的にも当てる能力があったんだ。


 グリフが回避力特化なら、ボクらはさしずめ、命中力特化だった。奴の拳は彼の手のひらに収まっていた。


 ……俺たちに、近づくな。

 ……ボクたちに、近づくな。


 彼はボクを似た者同士だと言っていたが、まったく違う。彼みたいな奴に近づくと、お前らが酷い目にあう。


 同じセリフでも真意は逆だ。そんなのは自分だけで十分だと思った。ボクは人を寄せ付けない彼が大嫌いだった。


 彼はボクが魔物を売ったと責めた。ボクらにとっては互いが全てだった。二人で生きていく為には何だって売った。


 責める権利なんて、皆目ない。馬泥棒をしたのだって彼が勝手にやったのに、ボクは巻き込まれたんだ。


 万引きなら絶対にバレなかった。何も買わないで盗むのは難しいが、二人いて未会計の商品を、どちらかの袋に滑り込ませるのは、容易かった。


 気さくな店長は、最近は物がよく無くなると愚痴り、犯人を教えてくれたら礼金を出すと言った。


 彼はドロシーの婆さんを指差して銀貨を貰った。未会計の果物を婆さんの袋に滑り込ませた後で……なんの躊躇いもなく。


 ボクは今なら彼と殴りあっても負ける気がしなかった。あいつをぶん殴って、馬鹿な真似はやめろと怒鳴ってやる。


 何が巌窟王だ。王家や剣闘士を処刑して、何が変わるというんだ。そうやって気に入らない連中を排除して、国王になどなれるものか。胸がムカムカした。


 あいつは……雪玉が当たったボク以上に、腹を立てて怒り、ボクの代わりに親父に殴られ、ボク以上に悲しみ、ボク以上に笑った。


 ずっと一緒にいると思っていた。


 ボクの代わりに馬を盗み、ボクの代わりに牢獄に入った。ボク以上に苦しみ、恐怖を味わった。

 

 ボクなんかの為に。息が苦しかったのは、後方の馬車に走ったからだ。寝ることもなく夜営している骸骨ガイが、ボクを見つけた。


「…………」

 

 

『フレイ殿、手前はパピィやアンナ様と約束しました。王子と共にサンベナールに行き、国王と謁見すると』


「ああ……状況は説明したとおりだ。このまま王都に入ればキミは幽閉され、王子は国王と共に処刑される。すぐにここを離れるべきだ」


 予定していた武術大会の会場、コロッセオで国王は処刑される。元々、王子がロザロに来たのも武術大会で活躍しそうな優秀な剣闘士を探すためだった。

 

『事態は想像以上に深刻なようで。手前はハンス王子と身を隠し、避難民と共に街に紛れ込みましょう』


 王の道を外れた宿に身を隠してもらう手筈をとり、護衛も付けない。骸骨には変化の指輪を使い、人間の姿になってもらう。


「すまない、骸骨。ボクは守護騎士たちと王都に入るよ。新しい王の真意を確かめる。それまで、待っていてくれ」


 意外な反応を見せたのは剣闘士マックスだ。骸骨と共に身を隠すと思った。だが彼は、武術大会で新しい王に謁見したいというのだ。


 彼の武器は、如意棍接。つまようじほどのサイズから長槍のサイズまで伸縮自在の棍棒だ。


 確かに新しい王に近づくことが出来れば、彼ほど有利に動ける人材はいない。それが出来るのは自分だけだと思ったのだろう。


「知らないの? 剣闘士は逃げないんだ。新しい王とも謁見したいしね」


「狙われてるんだぞ。なぶり殺しにされるかもしれない」


 ロザロの闘技場とは比べられないほどの巨大なコロッセオ。何千もの魔物や剣闘士の血を吸った砂が敷き詰めてある。


 収用出来る観客の数は五万人を越える。名のある剣闘士なら、そんな舞台からみすみす逃げ出すことは出来ない。


「まあ、僕ちゃんは剣闘士だから、砂の上で死ぬなら構わないけどさ。フレイさんこそ、その巌窟王に何かあるのかい?」


「ああ……スルトはボクの兄貴だ」





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