獣人アンナ

「もっとゆったりした丈のワンピースじゃないと、かがんだら中身が丸見えですわ。本当にこんなサイズしか無かったの、グリフ」


「……み、短くて生地はピチピチですの。頭巾はこんなに大きいのに」


 私とパピィは修道服に身を包みロザリオを付け、猟犬ガルちゃんのいる教会跡地にいるの。調達した服はセクシーすぎるけど、何とか間に合ったの。


 だって修道女に化けた魔物がいるなんて噂が広がっていたら番犬ケルベロスベスが標的にされちゃうでしょ。


 この格好をした人間が沢山いたら、大丈夫なの。パピィはスカートの丈が気に入らないみたいだけど、なかなか可愛いの。


「ねえ、グリフ。ちょっと聞いてるの? 短すぎると思うんだけど」


「あ、ああ、だったら完璧だす。すごく似合ってるだすよ。とにかく可愛いだす」


「もうっ、も……求めなさい。さすれば、与えられん。パンツ見えてないわね?」


 見とれているグリフに足を伸ばしてパピィはポーズをとったわ。コスプレ修道女シスターで遊んでる場合じゃないけど新婚だから仕方ないの。


「まあ、人はパンのみに生きるにあらずなの。パンツも必要なの。すっかりマグダラのマリア気分とは、あのお堅いパピィとは思えないの」


「ふふふ、決め言葉はこうよ。聖書でぶん殴ってやるから左の頬もおだしなさいっ!」


「修道ジョークも冴えてるだすなぁ~」

「おほほほっ」


 教会がすっかり無くなったのも驚きはしたけど、猟犬ガルちゃんが大きな岩になったのはビックリしたの。


 愕然として言葉を失ったわ。でも転移トンネルを作った時に比べたら形態変化を戻すくらい、何とかなるとパピィは言ったの。


 二日前、馬車がバックマン城からの林道トレイルを抜けたころ、一匹のグリフィンが私たちの処へ舞い降りたわ。


 着地と同時に擬人化したリフィルは、転げ落ちるように膝をついて、駆けよったの。青い顔をして、街の状況をこと細かに教えてくれたわ。


 浪人騎士や自由騎士が街を荒らし、魔物狩りをしているというの。私たちはパピィとリフィルの翼で一気にロザロへと飛んだの。


 二人の剣闘士、レオとリーバーマンは浪人騎士のことは任せてくれと言ってくれた。私とパピィとグリフは猟犬ガルちゃんを救いだすのが先決だと思って、ここにいるわけよ。


 パピィと私たちは岩の周りに魔方陣を書いて、深淵から彼を呼び戻す準備に集中させてもらったわ。


「リフィルたちが街の魔物を避難させてくれたから、大丈夫だすな。それにしても、いつの間にかグリフ宅急便なんて出来ていて、おら困ってしまうだすよ」


「月次決算と年末調整は、私がやってあげる。貴方は何もしてないから最低賃金よ」


「そんな……そんなに貰っていんだすか。パピィと結婚して本当に良かっただすよ。おらには絶対に無理だす」

 

 剣闘士のレオはロザロ中心部の守護騎士兵舎に向かったわ。四角い盾を地面に突き刺し、怒声をあげたの。


 この街の平和を乱す者は、誰でも相手になってやるって。魔物狩りなんてする騎士がいたら、容赦なく切り捨てると言ってくれたの。王子の書状があるから平気ね。


 もうひとりの剣闘士、リーバーマンはもっと速くに難民キャンプに走って行ったの。赤い水をたっぷり吸った泥人形を沢山作って。


 日が暮れ作業が終わった頃、私は岩の上に乗りソウルイーターを固定した。闇市のほうから声が聞こえたわ。


「グヘヘ……へへ。その修道服を破って、裸にひんむいてから、死ぬまでひっぱたいてやる。たっぷり楽しめそうだ」


「……話しを聞いて貰えないかしら」


「時間を無駄にする気はないな。どんな話だろうが、答えはノーだ」


 闘技場にいた番犬ベスに違いないと思ったわ。彼女は両膝をついて、手を合わせていた。修道女が祈りを捧げる姿だった。


「命乞いだとよ。残念だが、教会はなくなって神はどっかに行っちまったぞ。フハハハ」 

「ぐわっははは」


 彼女の体はこわばり、痙攣していたわ。私は岩をかけおりて彼女の組まれた指を包むように手を併せた。


「もう大丈夫よ。猟犬ちゃんの友達ね」


「あ、貴女は……アンナさん!!」


 何て人達なんだろう。見回すと八人もの薄汚い浪人騎士が、たったひとりの修道女をとり囲んで痛ぶろうと構えている。


「グハッ、修道女が増えたぞ」

「グハハハ、楽しみにが、二倍、三倍だっ」


 私とパピィはベスを挟んで頭を合わせた。三人は同じように手を重ねあい、祈りのポーズをとったわ。


 私は嬉しかったの。ベスが猟犬ちゃんの為に祈りを捧げる姿を見て、胸が熱くなったの。


「ありがとう、ベス。貴女の力を貸して貰うわ。猟犬ちゃんを呼び戻すの」


「アンナさん。で、でも、この状況では」

「ベス、貴女は炎導魔術師パイロマンサーの役目よ。アンナ様と私、そして貴女がいれば、きっと出来る」


 浪人騎士たちは、目を丸くしたの。三人の修道女が祈りを捧げる姿に、呆れた様子だったの。


 そして、その前に立つのは黒革の服を着た痩せた男がひとり、グリフだけなんですもの。


「おらが、相手をするだすよ」


「……はあ? お前みたいな手ぶらで細腕のボンクラが俺たちとやろうってのか。馬鹿げた野郎だな」


 魔王バエル、魔王ベルゼブブとの戦いは私たちを成長させたみたいなの。とくに恐怖心をコントロールすることが上手くなったわ。


 それに、五感が鋭くなったせいか浪人騎士の強さや素早さなんかが、何となく分かるようになったの。


「分からないんだすか……その腕じゃ、おらにかすり傷ひとつ負わせられねぇだすよ。何人いようが、同じだす」


「なっ、何だと!」


 グリフは八人いる浪人騎士の間をすり抜けて歩いていたわ。元々回避能力はずば抜けていたグリフに、奴らのショートソードが当たる訳が無かったの。


 八本のショートソードが全て、ぎりぎりでかわされ、剣と鎧はあちこちでかち合ったの。


「でも…おらって、攻撃力は無かったんだすな。パピィ、早くしてくんろ。疲れるだす」


「くそおっ! 攻撃が当たらないだとっ。どういうことだ」


 月夜に照らされた闇市に、街中の人達が見物に来ていたの。スイスイと剣をかわし続けるグリフを見て、拍手する人もいたの。


 守護騎士シティガードネルソン隊長と、盾の剣闘士レオは、腕っぷしの強そうな兵士を引き連れ、やってきたわ。


 ラルフ神父と、リーバーマンは難民キャンプの仲間たちと、武装してやってきたの。


「何だ、何だ! 見せ物じゃねぇぞ」


「あ、あのガキどもは、俺たちが殺したはずじゃなかったか?」


 浪人騎士のひとりは、マイロとマリッサをみて驚いた顔を見せたわ。リーバーマンが、子どもたちの肩を引き寄せ笑っている。


「泥人形さ。赤い水を吸ってたから、血を流したように見えたかもしれないが」


「くそっ……だから口を割らなかったのか」


「まだ、やるつもりかね?」ラルフ神父は民衆の前に立つと、言った。


「この街は、魔物と一緒に暮らしていく。この先も、それは決して変わらない。それが認められないなら、君たちには出ていってもらうよ」


 空振りした剣は地面に刺さり、息を切らした浪人騎士たちは、膝を付いた。


「ふざけやがって……はあ…はあ。駄目だ、どうやっても当たらねぇっ」

 浪人騎士のリーダーは、怒りの形相を向け叫んだ。


「騙されるもんかっ。俺たちの仲間は魔物に殺されたんだ。今さら仲良く暮らすだと? そんな偽善を、誰が信じるってんだ」


 黒く硬い岩に亀裂が走った。頂上に取り付けらたソウルイーターと地面に書かれた魔方陣が赤い光を放っていた。


 三人の修道女の声が届いたかのように、岩はキラキラと輝きながら崩れていった。人々は皆、私たちと共に祈っていた。猟犬の復活を。


 数ヶ月、街を見守ってきた大きな岩が完全に崩れ落ちると、中から一匹の犬が現れた。


「わんこだ!」

「猟犬ちゃん!」

「………貴方は、貴方は」


 子供たちとベスが、猟犬ちゃんに走って抱きついたの。私とベスは溢れだす涙が止まらなかったの。


 浪人騎士たちは、誰ともなくショートソードを投げ捨てたの。あんな姿をみて何も感じない人間なんかいないと思ったの。


「なんて奴らだ。たかが魔物の犬っころなんかに……人間の子供が泣きついていやがる。どうなってるんだ。こんなことが、許されるのかよ」


「信じるのです」神父は言ったの。「子供たちは一番よく分かっております。人間も魔物もありません。貴殿方は次の世代までも争いを続けなれば、気が済まないのですか?」


「…………」


 レオとネルソン隊長は無抵抗の浪人騎士たちを、逮捕したの。そして、猟犬ちゃんが目を覚ましたとき、本当に奇跡が起きた気がしたわ。


 ワンワン!

 ワンワン!!

「お帰りなさい、猟犬ちゃん。凄い尻尾ね」


 ワンワン

 ワンワン!

「嬉しいのね、そうよね。何?」


 私はピチピチだった修道服がだぶだぶなことに気づいたの。パピィは頭の上から私を見てるわ。


「あ、アンナ様っ。また……また小さくなってますわ。十歳のアンナ様に戻ってしまったわ」


 ワンワン

 ワンワン。

「………ど、どうして? パピィ、猟犬ちゃんは何て言ってるの?」


「おっぱいも更地だと言ってますわ」

「おすわりっ!」










 






 


 



 

 


 


 

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