骸骨兵士

 のどかで牧歌的な馬車道で御座います。王家の移動手段は、馬鹿げた屋形馬車と無駄に長く列をなした守護騎士プリンスガードで御座います故、ひどくゆっくりとしております。


 王都に着くには何十日も掛かるやもしれません。ハンス王子は老騎士や魔術師殿と共に屋形馬車に乗っており、出来るだけ此方から顔を出すように言われております。


 移動中であろうと王子の話相手は、代わる代わるやってきます。更に通信魔法や魔法書庫を使い、リモート学習をしておるので御座います。おいそれと、伺えるお人ではないのです。


 勇者軍は優勢、魔王軍を追い詰め、魔界からの援軍を経つ作戦は、概ね成功を納めているそうです。


 王子は側近の目を盗み、手前と剣闘士殿のところへとやって来ました。派手な服でなく、王冠もせず武器も持たずにいる姿は、少しばかり幼く見えます。


「ガイにマックス。質問していいか?」


『いい質問で御座いますね』


「お、おう………質問していいかという質問が、いい質問じゃないとは言い切れない」


 カタカタ

 カタカタ……。


『いつも否定からはいる癖が、抜けてきたようで御座いますな。とても素晴らしいことと存じます』


 横には剣闘士のマックス殿もおりまして御座います。魔王との戦闘で大怪我を負っておりましたが、傷はすっかり良くなっております。


 手前は手を休めましたが、マックス殿は違いました。馬車道の脇に追いやられた対向車は、車輪が傷ついていたり、横倒しにされたりしておりました。


 マックス殿は、彼らをほってはおけませんでした。如意棍接にょいこんせつを器用に使い、馬車を起こし、車輪を持ち上げ治していたのです。


「何をやってるんだ? まさか、この馬車を退けたのは俺の兵士たちか……」


『それは、本当に良い質問です。彼らはロザロに向かう難民で御座います。通行の邪魔なれば、守護騎士たちが脇道に放り出してしまいますれば』


 驚いたことにハンス王子は、馬車道を駆けおり、馬車から散らばった丁度品や洋服を拾いながら、手前に渡しました。


「俺がお前らを呼んでも来ないわけだな。こっちから来たのは正解だった」


『お怒りで御座いますか?』


「………ああ、怒っていないとは言えないが、何もお前たちに怒ってるんじゃない。守護騎士プリンスガードが、道を開けようとやっている事に対して情けないと思ってる。恥ずかしいと思ってる」


 カタカタ

 カタカタ………。

『手前も同じように感じました。命からがら逃げてきた難民たちの馬車を倒すのは、とても誉められた行為ではありません』


「すまなかった。そうだな、難民に食事と金品を与えよう。手伝ってくれ」


『既に与えておりますれば、荷台の食糧は底をついております。魔術師マスタークライン殿がこれを知ったら、どうなることやら。最後の食事にて御座います』


 手前は何もない空間から、瞬時にパンを引き出すと、ハンス王子に見せました。甘味の香る焼きたてのパンと、塩の効いた魚で御座います。


「すごく美味そうな匂いだ」


 カタカタ

 カタカタ………。

『どうぞ、お食べください』


 馬車の後ろに難民の親子が、こちらを見ておりました。王子は、それに気付くとパンを持ったまま、彼らに歩みよりました。


「腹が減ってるのか?」


「はい……い、いえ、滅相も御座いません。王子様から直接パンをいただくなど、恐れ多くて、出来ません」


 両親の影で小さな子供が指を咥えて見ていました。よだれを滴して父親の上着を掴んでいました。何日も食べていないのでしょう。


『はてさて、如何致しましょう。王家の方々は、貧民を見ぬふりをなさいますか。あるいは手前と同じ感情を持つのでしょうか』


 ほんの数秒、王子は震える手でパンを持ち、うつむきました。寒さの為か、恐れの為か悲しみの為か、それは誰にも分かりません。王子は手前にパンを差し出しました。


「ガイ、お願いだ。みんなにパンを食わせてくれないか。俺には何も出来ない」


 カタカタ

 カタカタ………。

『眼をそらしませんでしたね。では、馬車を食糧でいっぱいにして見せましょう』


 手前は土の用心を使い、パンと魚を無限に取り出しました。荷馬車は一瞬にして、食糧でいっぱいになりました。


「は、はははっ! 何てやつだ」


 カタカタ

 カタカタ……。

『骸骨剣、土の用心で御座います。神棚という別次元から、幾らか拝借致しました』 


「すごい……凄いぞ。どれだけ学ぼうが、何ひとつ創造出来ぬ俺とは違う。馬車になど乗って居られないな」



 それから王子は身軽な格好をし、手前どもと馬車を共にしました。手前とマックス殿は王子の話し相手になりました。


 六界についての研究があまりにも少ないことを、王子は疑問視しておりました。そもそもどうして世界は六つもの次元に分かれているのか。


 人為的なものでは無いと信じておりましたが、実際に行き来が出来るとなると、何か意思を感じるという訳です。


『次元の壁は防衛の為に先人達が作ったと言われております。城壁を作るのと同じ理由で御座います』


「見えない壁か。そんなもの本当に必要なんだろうか」


 世界を知らない者同士、マックス殿とハンス王子は互いに思考を巡らせました。別世界に住むふたりは、どこか似ていたのです。


「王家や貴族も、見えない壁を作ってるじゃないか……元々同じ人間なのに、身分制度っていう壁を作った。王子だって剣闘士とは住む世界が違うと思ってるだろ?」


「身分制度と、次元の壁は同じ目的で生まれたというのか。面白い考えだ」


 ハンス王子は、手前やマックスと交流することで、沢山のことを学べると思ったのでしょう。暇があれば、手前どもの馬車にいらして、質問をしていました。 



「マックス。剣闘士だけが差別されてるわけじゃなく、剣闘士も差別してる」


「ええ……階級が何層にも分かれているように、世界も六つに分けられたのかも。でも抜け道はあるから、こうして剣闘士や雑魚魔物が王子と共に会話出来る」


 何日たっても、守護騎士や魔術師クラインは難民の馬車を追いやり、退けました。王子が命じても彼らは変わりませんでした。


 それらは横暴な暴力でしたが、安全を確保するには必要なことだったのかもしれません。兵士として当然の仕事だったのです。


 些細な抵抗でも見せれば、暴力を振るいました。ためらうことなく任務を遂行するよう訓練されているのです。


「何度言ってもまったく変わらん。何千年と続いている魔王と勇者の戦いと同じだ。魔王は何度も復活してくるだろ?」


『それは勇者の方で御座います。あの存在は別格、別次元からやってきて、失敗すれば、何度でもやり直します』


「………別次元?」


 この六界とはまた違う世界から勇者は、やって来ます。手前は王家こそ、勇者を知っていると思っておりました。


 王子ですら勇者と会ったことが無いとは。本当に勇者など居るのかさえ疑わしい気持ちで御座います。兵士の怒声が響きました。


「糞がっ! 下がれ下がれっ」

「お、お止めください。馬車には寝たきりの老人がおりますっ」


 また先頭では避難民と守護騎士が揉めているのが聞こえました。彼らは馬車を脇に押しやり、ふらつく老人を蹴り飛ばしました。王子は頭を抱えて嘆きました。


「国王に仕える騎士たちは、何と卑劣な態度をとるのだ……なんて冷酷な部下たちだ。親父は、あんな騎士をよく集めたものだ」


 カタカタ

 カタカタ……。

『騎士たちが、元々冷たい心を持って産まれたとお思いですか?』


「いや、変わったんだ。俺が恐怖を知り、変わったように……彼らも変わったんだ」


『魔王や悪魔に怯えているのでしょうか。厳しい罰則や規律にでしょうか。どちらにせよ、数日でも長く生き延びるためで御座います』


「そうか……環境が彼らを冷酷な人間に変えてしまうのだ。少しだけ分かったぞ、ガイ。お前やフレイが言いたかったことが」


 王都を目前に、ハンス王子は気付いてくれました。あらゆる世界、あらゆる立場が人間を醜い化け物に変えるのです。


 王子は自ら気付きました。民を導く国王は決して冷酷であってはならないという事に。


 そして、兵士たちは感じていました。災いに対する不平や不満、民衆の怒りは魔物ではなく国王に向かっていたことを。


 その晩、捜査騎士シーカーフレイ殿は真っ青な顔をして、手前と王子に逃げるように言いました。


 王都サンベナールは、新しい王を迎え入れ、現在の王は処刑されるそうです。新しい王は、牢獄からやってきた若く理想を持った男だそうです。


 フレイ殿は巌窟王スルトの名を知っているようで御座います。貴族や豪族、教会の他に多くの強靭な魔物をも従え、新たな世界を築くというのです。


 何が正しいのか、誰も知りませんでした。判断の基準は優遇か冷遇か、それだけで御座います。人々は自分で決めることをとうの昔に忘れてしまったようで御座います。

 



 

 

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