人面鳥パピィ

 おしゃべり人面鳥のパピィです。いつもは口数が多すぎる位の私だけど、今は言葉に詰まって困ってるのよ。


「けほ…けほ……。おら、上手く言えないだす。ちゃんと伝えたいのに、口下手なんだすな」

「うっぷ……いいのよ、グリフ。これは臆病風のせいだわ」


 十の災いのひとつ、疫病。ちなみにまだ、蝗害、暗闇、長子の皆殺しは確認出来てない。確認出来たら手遅れだけどね。


 赤い藻から大量発生した毒蛙。その死骸から虻や、蝿、腫れ物のような蛞蝓。つまり災いは連続性を持っている。


「具合はどうだすか?」

「喉が痛くて、熱で頭がズキズキする。吐き気と下痢が同時にきて、めまいがするわ」


「……大分良くなっただすな」

「ぶっ、そうね。貴方の目も焦点が合ってないわよ。朦朧としてるのは、恐怖心を拒絶しているからだわ」


 グリフは恐怖を振り払うように頭を振ると、私の両手を握ってくれた。


「パピィが怖くないように、ちゃんとプロポーズするから、ちょっと待って欲しいだす。うっ……オエエエッ!」


 彼の優しい言葉にどれだけ救われたか分からないわ。私はグリフの背中を擦りながら、彼の声や仕草が大好きだと感じたわ。


「無理しないで、いいのよ。気持ちはよく分かったわ」


「だ、だったら、結婚するだすよ。そしたら一生かけて思いを伝えることが出来るだす」


「………うっ」

 私は両手で口をふさいだわ。泣きそうになったのだけど、傍目にはどう見えたかしら。彼の方は限界みたいだわ。


 ゲロゲロゲロゲロ……。


「ありがとう、グリフ。その申し出をお受けするわ。まさか一生に一度のプロポーズを吐きながらされるとは思わなかったけど」


 ただ……この災いを止めなければゲームオーバーよ。アンナ様をお守り出来ないことになる。それは分かっていたのに、気が緩んでしまった。


 私たちは気を失ってしまったのよ。そして気がつくと何故か事態は好転していたわ。衛兵も沢山の薬と下着を持って戻ってきていた。


         ※


 フレイは残った騎士に回復魔法ヒールをかけていたわ。ハンス王子も回復薬を持って怪我人を見て回っていた。担架に乗せられた私は王子に声をかけられたわ……あの王子に。

 

「皆、無事なようだが、お前は大丈夫か?」

「ハンス王子。や、優しいのね」

「ああ、同感だ」


 魔王ベルゼブブは、ロザロの剣闘士と骸骨兵士ガイによって倒されたわ。戻った兵士によれば人間界の災いは、止まったそうよ。


 いつの間にか、転移トンネルを抜けてバックマン城に運びこまれていたわ。骸骨ガイとアンナ様も無事だと分かって、私たちは抱きしめあったわ。


「アンナ様っ! 骸骨っ!」

「パピィ……あのねっ、あのねっ」


 顔をぐしゃぐしゃにしていたアンナ様は、猟犬わんこのことを心配していたわ。何やら暗闇の災いをひとりで止めたようだわ。


『猟犬も、だいぶ無茶をしたようですな』

「暗闇に捕らわれてるって訳ね。獣人の力を使って呼び戻すしか無いわ」


 獣人アンナ様は、フォックスピッドという種族よ。対象相手の時間や空間を自分と行き来させる特殊な能力があるわ。


 これを使って自分の生命時間を与えるのが、回復魔法アンチキーテ。更に切り取った時空間を繋ぎ合わせるのが転移魔法よ。


 死霊術師ネクロマンサー氷解術師クリオマンサー炎導術師パイロマンサーを繋ぎにすれば、骸骨兵士みたいな魔物の召還も可能になる。


 まあ、実際に私やガイもアンナ様に召還されてきたわけだけど。


「でも、でも私はいま獣化すら出来ないの。記憶も曖昧だから、フォックスピッドの魔法は使えないの」


「確かに難しいわね。炎導術師役はケルベロスに頼んだとしても……」


 アンナ様は以前の召還魔法で魔力を失うほどに消耗したわ。それで幼女に弱体化したことを忘れてはいけない。


 骸骨ガイがデカい鎌を持って、よってきたわ。邪魔くさいと思ったけど、考えがあるようね。


『パピィ殿。手前のソウルイーターに魔王ベルゼブブの魔力が吸収されております。これを使えませんか?』


「まあ……まあ、スゴイ! これは使えるわね。さすが再生のエキスパート。これで骨組みは出来たようなものだわ。この武器を持ってアンナ様と猟犬わんこの所に急ぎましょう」


 骸骨兵士に剣闘士、守護騎士に衛兵。バックマン城の厩舎前に、すべての兵士が集まっていたわ。ひしめき合っていたのよ。


「……皆の者、ハンス王子からお言葉を賜る。心して聞けい」


 城壁に繋がる壇上から魔術師クラインの声が響いたわ。ハンス王子の横には老騎士ターネルと、捜査騎士フレイの姿もあった。広場は静寂に包まれた。


「無事に、こうやって帰還出来たのは、皆の力だ。十の災いを止めたのは君たちだ。礼を言わせてくれ。俺は間違っていた」


 また鼻持ちならない我が儘をのたまう訳ね。私もアンナ様も、そう決めつけていたわ。ええっ!? 今のは聞き違いかしら。


「今回のことで、よく分かった。王家は皆のような勇敢な騎士たちに支えられている。まるでハリボテだ。俺や国王の言葉に価値はない」


 ハンス王子は潔く部下たちの健闘を認めた様子だったわ。死者に弔いの言葉、負傷者に励ましの言葉をつげ、しっかりと兵士たちを見てお礼を言ったのよ。

 

「とくに剣闘士。壇上に来てくれ」


 アンナ様と剣闘士マックス。レオとリーバーマンは壇上に呼ばれ、盛大な拍手で迎えられたわ。骸骨兵士だけは、私の後ろにいるけど。


「何をしてるの?」

『手前は王子に嫌われておりますれば……お呼びではないでしょうから、隠れております』


 王子は壇上に呼んだ剣闘士に騎士の称号を与えると約束したわ。塩漬けの肉や暖かいスープに、酒樽が運びこまれたのよ。


「そして、魔物たち。人面鳥、グリフィン、骸骨兵士。壇上へ」

「なっ、何ですって?」


 王子は魔物である私たちまで、壇上に呼んだのよ。人間たちの祝宴に魔物が立つなんて、そんなことが今まであったかしら。


『て、手前まで……何かの間違えでは御座いませんか?』

「骸骨兵士ガイ、何を言っている。お前にも俺の友人として、ここに来て欲しい」


 私たちは更に盛大な拍手と喝采で迎えられたわ。グリフは照れて頭を掻いていた。骸骨ガイは信じられないといった感じね。


 カタカタ

 カタカタ……。


『手前が人間に拍手され、王家の子息と友達に……。これは、なんと素晴らしいことで御座いましょう』


 老騎士ターネルは白い花束ブーケを持って、私にくれたわ。魔術師クラインは聖書を持ち、神父の姿で立っていたのよ。


「何よ。どうしちゃったの?」

「盛大な式でなくてすまないが、君たちのことを見ていた王子が、是非にと」


 結婚式だったわ。パイプオルガンが鳴り、花びらが撒かれたのよ。私は……私は涙が止まらなかったわ。ちゃんと式をあげることは出来ないと思っていたから。


「ハンス王子、あ…ありがとう。でもサプライズなら、せめて三日前に予定を言って」


「ああ、そういうサプライズがあっても別にいいな。驚くタイミングは人それぞれだ」

  

「くすっ、おらからも礼を言わせて欲しいだす。ありがとだすよ」


 王子はまるで別人のように、無邪気な笑顔を見せたわ。音楽や料理、衣装に神父まで揃えてくれるなんて。


「大したことない。本当は色々と大したことだったが……謙遜して言ってるんだ」

「あははは」


 パチパチパチパチパチパチ

 パチパチパチパチパチパチ……。


「おめでとうパピィ!」

「おめでとうグリフ!」


 私たちは神父にならって口付けを交わしたわ。祝宴は盛り上がり、バックマン城には一晩中、音楽と笑い声が響いたのよ。

 

 明け方になり、私たちはハンス王子に別れを告げることにしたわ。災いを止めた本当の英雄、猟犬を助けに行くために。


「……そうか。もうひとり仲間がいたのか。一緒に王都に行き、国王と面会して貰おうと思っていたんだが」


 私たちは相談したわ。この申し出、場合によれば絶大な好機といえるのよ。


 いっそ骸骨兵士だけでも王子と共にサンベナールへ向かうべきではないか。


 この見るからに人外魔物のガイとハンス王子が共に入国すれば、不毛な魔物と人間の争いに終止符を打つことが出来るかもしれない。


「危険だわ。ガイだけ人間と行くなんて」

『アンナ様、手前は心配ありません』


 確かにギャンブルに近い行動だわ。でも土の用心、神棚をマスターしたガイなら……。


「いいかしら、ガイ……。貴方は人間と魔物の橋渡しになれるかもしれない」

『手前も同じ考えで御座います』


 アンナ様は不安な心をさらけ出したわ。本当は分かっていたのに、それでも言わずにはいられないんだわ。


「またガイと離ればなれになるのは辛いわ。酷いめにあうかもしれないのに、どうして?」


『適任だから……で御座いますれば』


 レオとリーバーマンはロザロに残るらしいけど、剣闘士マックスも捜査騎士シーカーフレイも、骸骨を任せてくれと言ってくれたわ。


「パピィ……ボクは魔物を売ってきた人間だ。ガイは命にかえても王都に連れていく。そして、すべての魔物を殺すなんて命令は撤回するように国王に進言する」


 フレイの言葉が嬉しかった。彼の千里眼と王子の成長には説得力があった。恐怖心を共有したことが、彼らを急成長させたのかもしれない。


「いや、君たちさ。好きな人の前では素直で怒ったり、泣いたりもする。だけど一番大事なことは何かって、考えさせられたよ。人間らしい……なんて言ったら不愉快かな」


「いいえ、最高の誉め言葉よ。さよなら、フレイ。さよなら骸骨」


 カタカタ

 カタカタ……。

『猟犬を頼みます。王子の書状をお忘れなく』


 今を精一杯生きる骸骨。貴方は人間にとって、あらゆる生命にとって皮肉な存在だわ。他の誰が言ったとしても、それは単なるキレイごとになるでしょうね。


「貴方だから頼むのよ。骸骨」

『ええ。僭越ながら』


 長いはずの夜は明け、朝焼けが林道トレイルを照らしていた。私たちはロザロに向け出発したわ。王子や骸骨に別れを告げて……。




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