骸骨兵士
『えっほ……えっほ……えっほ』
岩陰から飛び出してきた軍隊蟻の攻撃をかわし、
『えっほ……えっほ……えっほ』
餓鬼界の地下には広大な砂漠がございました。地下に潜ったにもかかわらずその部屋には空がありました。手前は砂漠を駆け回り、目印の岩場を探しておりました。
『えっほ……えっほ……えっほ』
美しい星空も月もあったのです。その広大な月の砂漠の先に 、ベルゼブブの城があるのでございます。
手前どもはそこまで一気に向かうことはせず、キャンプをし、何日もかけてのんびりと向かうことにしました。
体力の回復を優先しただけでは御座いません。外堀から攻めつつ手前は道を探しておりました。安全そうな岩場にはストーンヘンジがありました。
『やはり……この砂漠は迷宮の一部。特定のルートを通らねば、魔王の城に着かない仕組みのようで』
ストーンヘンジは希少な安全地帯でございます。そこに三人の剣闘士を寝かせてから、毎晩この砂漠を走り回り、魔王ベルゼブブの城へたどり着くすべを探しておったのです。
「おりゃ!」
「とりゃあ!」
岩場に戻るとマックス殿とレオ殿、リーバーマン殿の三方が巨大な
「お帰り、ガイ」マックス殿は素手のまま蠍に向かい飛び込みました。「やっとこの武器にも慣れてきたよ」
手元から白い棍棒を伸ばし蠍に撃ち込みました。一瞬のうちにくるくると身を翻し、しならせた棍棒で蠍の尻尾を落としておりました。
彼の使っている武器は、
マックス殿の欠点であるリーチ、体格をカバーする最適の武器と言えましょう。棍術は攻守に優れた武術なれば、持ち歩きにも便利で杖代わりにもなるようで。
「ダサい武器だな。動きも、猿っぽい」
「ぷっ……レオちゃんなんか壁みたいだよ」
レオ殿が使う武器は
この盾は裏側に小型の槍が常に自動ストックされる魔法の盾で御座います。
刺突と
「俺は戦士だから攻めることばかり考えていたよ。盾なんか使うのは初めてだ」
カタカタ
カタカタ……。
『レオ殿の力は守りでこそ活きます。ご兄弟に仕送りされていたそうですね。貴殿は本来、性格的にも守りがあっております』
「これが俺本来の戦闘スタイルか」
彼には離ればなれで暮らす二人の妹がいるそうです。低い身分なれば住む家や毎日の食事代にも、事欠くようで御座います。
「妹たちにひもじい思いはさせたくないんだ。俺の親は借金しか残してくれなかったから」
「家族がいるのは幸せだな。うらやましい」
リーバーマン殿とマックス殿には家族がおりません。いつも裸のリーバーマン殿は友人すらおりません。
「剣闘士に訓練させるのが、私の仕事だからな。誰も私を仲間だとは思ってない。うるさい監視員だと思ってる」
カタカタ
カタカタ……。
『だから泥人形を作るのが唯一の趣味だったわけですね。素晴らしい才能です』
蠍の尻尾がリーバーマンの心臓を貫きました。その瞬間、彼の体は砂粒になり消え去りました。背後から実物の彼は蠍の尻尾をシルバーソードで切り落としました。
彼がこねる泥には簡単に魂が宿りました。友人の代わりに泥人形を作ってきたためです。あいにく砂漠では砂人形ですが、彼は器用に砂の分身を作りました。
『攻撃のバリエーションが増えましたな。土の腕輪は
「友達のバリエーションは少ないけどな」
カタカタ
カタカタ……。
『やはり、皆さんは武術にたけております。もう、手前より強いかもしれませぬ』
「アッハッハッハ!」
「いやいや、まだまだ」
「元気マックス、マックスちゃんはもっと強くなるからね」
事実、何度か手合わせしましたが、奥義の骸骨剣を使わなければ勝敗は分かりません。手前は時間をかけてでも彼らを鍛えることに決めたのです。
そして彼らがレベルアップをした暁には、餓鬼界から戻る方法も見つかるでしょう。
星空を見ながら、手前どもは仰向けに寝ました。食事をし、互いに励ましあい、戦い、疲れればまた寝ました。
色々と話しました。空の星はどうなっているのか。他にも世界があるのか。神棚から出すパンや肉はどこからくるのか。アンナ様の話や、猟犬と人面鳥の話も。
マックス殿は生まれついての人気者です。剣闘士はアイドルみたいなものです。
「僕は背が低いが、戦いのセンスはあった。まあ、認めるよ。とにかくルックスがいいんだ」
普段から剣と魔法の訓練は日課だったそうです。そして、夜は街に繰り出し軟派の訓練。右手に十人、左手に十人の美女をはべらして酒を飲みたいだけ飲むのです。
好きなだけ騒いで、笑い、気にくわない料理はぶちまけて、野良犬や貧乏人の餌にしてやる。貧乏臭い女がいたら、追い出してやる。
「そんでこっそり言ってやるんだ。金をやるから家に帰って家族にたらふく食わせてやれ。病気の家族がいるなら、医者を呼んじまえってな」
大っぴらには言わないそうです。剣闘士は偶像だけで頭は空っぽ、剣闘士には常識がないとか、不謹慎だという連中も沢山いるそうです。
貧乏で苦しんでる宿無しや、親のいない子供、娼婦や病人がいれば、金をやるけれど、それをよく思わない連中もいる。こっそりやらなければいけません。
「だから……ざまあみろっ、ここは貧乏人のくるところじゃないんだ。そういうと貴族どもは笑って僕を褒め称えた。好きでもない貴族のババアにはよくベッドに誘われたよ」
彼らはひとつの世界しか知らなかったのです。ある貴婦人のパーティーでは剣闘士は素っ裸で並ばされ、品定めされました。彼は一番高い値がついて最初にベッドに連れていかれました。
自分を可哀想、惨めとは思わなかったそうです。他の世界を知らない彼らにとって、それは当たり前のことだったのです。
街から出るのは衛兵が見張っておりますれば。夜の街に出るのだって選ばれしエリート剣闘士だけが許されてる特権だそうで。
「僕ちゃん、いつか街を出て自由に生きたいと思ってたんだ。本物の勇者になって、世界を旅したいって……もう帰りたいとは皮肉だね」
カタカタ
カタカタ……。
『前向きに考えてはいかがですか。生まれ故郷に帰りたいと気付くのに何十年もかかる者もおりますれば。たった三日でその心理に到達したのですから』
マックス殿はさんざん笑ったあと、手前の顔を見て言いました。
「僕たちは惨めかな。なあ、そんな目で俺を見るなよ。なあ、ガイ、僕は……」
どんな目でしょうか。手前は言葉に詰まりました。彼らは誇り高き剣闘士で御座います。どれほど、民衆に称えられても足りないほど。
『手前はパニックで御座います。答えは少しずつで宜しいでしょうか』
「僕ちゃんだってパニックだよ」
「俺だってパニックだ」
「みんなパニックさ。でも砂人形は違う」
月夜の砂漠には剣闘士たちの笑い声が響きました。手前は、彼らが似た者同士だと思いました。
『まだ鎧や防具は不要ですか?』
「ああ、どんな素晴らしい鎧だって着ける気はないよ。自信が溢れる鎧は無いだろ」
『あったら、手前がずっと着けています』
「あははは。鎧を着たら僕たちは剣闘士じゃなくなるだろ。それは嫌なんだ」
『………』
「分からないだろ。僕たちも分からない。ガイと話してると、剣闘士みたいな使い捨ての道具でも、熱い魂があるって……胸を張りたくなるんだ」
カタカタ
カタカタ……。
『誉め言葉と取りましょう。ところで、魔王の城へのルートが分かりました』
「なら、出発だ。ありがとうガイ。今までのこと全部」
僕らを信じてくれて。彼らはそう言いたいと思ったのです。手前は彼らを信じ、可能性を探っただけで御座います。
彼らにあった食事に、彼らにあった武器を選んだだけで御座います。礼には及びませぬ、礼を言うのは手前のほうで御座いますれば。
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