人面鳥パピィ

 餓鬼界に広がるダンジョンをさまよってるけど、迷子になってる訳じゃないわ。イケてる彼氏のいる人面鳥パピィよ。


 なんて爽やかな笑顔なんだろう。グリフは目が合う度に、やあパピィなんて言って元気か聞いてくるわ。元気に決まってるわ、体調は二分で急変しないわよ。


 実はアンナ様が同世代の娘の姿になったことでも、少し動揺しているわ。何せ同学年に友達が居なかったから、嬉しくて仕方ないのよ。


 同窓会で、元ラクロス部の女子達に化粧品を奪われたのは悲しい事実だわ。学生時代じゃなく、同窓会というところが泣けるでしょ。


 いまだに嫌われていたのね。そんな私にイケてる彼氏と、まるで同級生の親友みたいなアンナ様が一緒に歩いてる。


 こんな状況でなけりゃ、ワイワイと盛り上がってみたい。リア充みたいに深夜のコンビニの前でたむろしてみたい。誘われたことは無いけど。


 あいつらにイケてる私達を見せてやりたいわね。でも餓鬼界から無事に戻れなければ何の意味もない。だから私は考えた。唯一の武器、この知能で。


「ハンス王子、このへんで国王様に報告をいれてはいかがでしょう。勇敢に戦った話しも御座いますでしょうから」


「ああ、お前は従者パピィか。まるで魔物のように空を飛んでいたが、たいした魔法だ。本物の魔物かと思ったぞ」

「さようですか。すごく単純な理論でございますけど」


 先ほどの魔王バエルとの戦いで捻挫した王子は、老騎士におぶられながら応えたわ。戦いで捻挫したというのは正確ではないわね。


 落とした弁当を拾いに走って、捻挫したんだから自業自得よね。おっほっほっほ、しかも戦闘が終わってから。


「……どうかな」

「国王様に、この場所をお見せするのも、よいかと存じます。報告は必要ですわ」

「そんな恐ろしいことに使う時間はないぞ」


 国王が餓鬼界より恐ろしいと思っているなら、かなりの重症ね。でも成果があれば報告するのもやぶさかでもない様子だわ。


 迷宮で広い部屋を見つけ、門を閉めたわ。そこで魔術師クラインが王冠を持ち上げて、通信魔法を唱えた。


 この位置関係が最重要シークエンスよ。ほとんどの衛兵は見張りに立っていて、魔術師は王冠を持っている。ターネルも王子につき、残り少ない守護騎士プリンスガードはしゃがんでいる。


 ぼやけた画像ではあったけど、王座にどっしり構えた国王の姿が映ったわ。毎度のように赤いガウンと派手な装飾品が見えた。


「父上、ハンスだ。俺はたった今、餓鬼界の魔王バエルと一戦交え、勇敢に戦い、勝利したところだ」

「………ほう」


 老騎士ターネルは片膝を付き、ハンス王子を支えて立たせていたわ。いかにも負傷したように見えるわね。


「魔王バエルは、巨大な蜘蛛の化け物だ。強大な魔力を持った悪魔の王、そいつを倒した。やはり餓鬼界の魔物はレベルが違うな。危うく、全滅するかと、ひやひやしたぞ」

「………」


 他の守護騎士や衛兵も、皆が片膝をついてこうべを垂れていたわ。


「だが、俺は怯むことなく指揮をとり……」

「待て待て、もうやめい。一方的に父親に武勇伝を話すのは、エディプスコンプレックスか何かか? それとも問題があって何か困ってるのか」


 ハンス王子は国王様に頭が上がらないのよ。ならその国王に私たちを認めさせるしかない。


「あ、ありません。何も」

「うむ。魔王を倒したのは後ろのやつらか」


「………!?」

 王子はクラインの肩をかりて振り返ったわ。私は待ってましたといわんばかりに自己紹介をしたのよ。


「私は人面鳥、こっちはグリフィン。アンナ様は獣人フォックスピッド。はいっ、私達はハンス王子につかえる魔物でーすっ!!」


 私は翼を広げて擬人化を解いてやったわ。フレンには話してあったけど、ハーピーとグリフィンを目前にして、多少度肝を抜かれた顔をしていたわ。


「………」


 よく見たらアンナ様はネコっぽいポーズをしていただけだけど、可愛いから大正解ね。ハンス王子と騎士たちの呆けた顔が並んだわ。


「くっ、貴様らは……人間じゃなかっ……」

「ぷっ、プハハハハッ、素晴らしい。魔物を味方につけて、悪魔を退治したのか」


 驚いたことに、国王はパチパチと手を鳴らし立ち上がったわ。さっきまでの死んだような眼が輝き、生き生きとしていたのよ。


「なっ、なんだと。お前らっ…父上、今何と言った?」


「ワハハハ。ハンス、お前にそんな甲斐性があるとは思わなかった。勇者の戦いや政治にも縁がなかったが、外伝位にはなりそうじゃ」


「なんだと。今まで一度も、俺を誉めたことのない父上が、何故だっ! 分からん。ち、父上は俺を恥だと思ってるんだろっ」


 ハンス王子は、顔を赤くし両手をあげて国王に尋ねたわ。成果に対する報酬の基準がまるで理解出来ないと言いたいようね。


「恥とは、大袈裟じゃな。お前の言動や、態度、プライドや考え方は、恥ずかしいと思っておるが、お前を恥だとは思っておらん」

「………」


 王子はまた泣きそうな顔をしていたわ。プライドの高い子供っていうのは、本当に手がやけるわ。私が言うのもなんだけど。


「俺にプライドがあると思ってたのか?」 

「ワハハハ。ハンス、わしは魔物全てを殺すか捕獲するように国々に命令してきた」


 国王は一変して真剣な眼をした。落ち着き払ったように王座に座り直し、続ける。奥に冷酷な陰をしのばせ、周囲の注目を集めた。

 

「それを息子が無視し、支配下に置くとはな。わしはお前を見くびっていたようじゃ」

 

「はっ、はは、ははは。本心じゃないな。父上は命令に背いた俺が憎いんだ」


「わしはお前を誉めもせんし、卑下もせん。そのプライドが他者の承認に左右されぬよう、たしなめるのが親の役目と思うておる」


 それが帝王学なのかは分からないわ。結局のところ、国王は王子に無関心と言えるわね。アドバイスになってない。


 私たちが魔物だと知っても、国王は干渉しなかった。それどころか、王子をたしなめたのだ。私は何故か認められた気分だったわ。その意味では王子の気持ちが少しだけ分かったわ。


 魔物大学は嫌いだった。まるっきり、自分の存在感がなかったから。他人に認めてもらうより、ひとつのことに夢中で取り組むほうが大事だと思っていたから。


 でも、ずっと友達が居なくて怖かった。寂しかった。馴れ合いには意味がないと割りきっていたつもりだけど。


 必死に認められようとするハンス王子と、無関心な父親。成果によってのみ与えられる報酬が、親子の愛だというのかしら。


 今の私には分かった。本来は無条件で与えられるべき親子の愛が、このひとたちには無いのよ。それこそが王家の強さでもあり、弱さなのかもしれない。


 王子とターネル、クラインは通信を閉じてからフレイを呼びつけて会議を始めたわ。どのみち私たち魔物を指揮して更に進軍するしかないのだけど。


 王都サンベナールの情報では、赤い川の水は濁りが無くなり、毒蛙の災いは沈静化したそうだわ。魔王バエルを倒したことと繋がりがあるのでしょう。


 他の災いも、今は落ちついてるそうだわ。ただ、私たちがいたロザロの街に雹が降ったそうよ。まだ十の災いは終わっていないわね。


「従者パピィ、剣闘士アンナ、雑用兵スチュアートグリフ。お前たちは正式なハンス王子の守護騎士だ」


 魔術師クラインが、代表として私たちに訓示を与えてきたわ。興味はないわね。へぇって感じだったわ。


「お前らは、俗な身分ながら栄誉ある位を勝ちとったといえよう。無事に王都へと戻ったあかつきには、ハンス王子の名において、その地位は永続的なものとなるだろう」


 ほほぉ……そうきたわね。餌をちらつかせて私たちを支配下に置くわけね。結果、全て私の思惑通りに運んだわ。


 ひとまず、これでいいわ。国王に紹介した手前、騎士たちはアンナ様やグリフを守る必要がある。無下には出来ない、今はそれで十分。


「愛は勝ちとるものじゃないわっ!」

「おら雑用兵なんか嫌だす。配達員だすよっ」


 アンナ様とグリフが台無しにしそうなテンションで騒ぎだしたわ。私達が雑魚魔物だって忘れてないかしら。

「……黙らっしゃいっ!!」


 私が求めてるのは、そういうワイワイじゃないわ。でも二人のおかげで気付いた。あの王子は昔の私とかわらない最低な人間。


 二人が居なければ一生気付かなかったかもしれない。ハンス王子は変われないと思ったわ。


「怒ったの、パピィ」

「好きじゃなくなっただすか?」


 私は二人を抱き寄せて、ちょっとだけ泣いてしまったわ。

「好きじゃないわ。好きっていうか……大好きよ、アンナ様。グリフ」

 

 ハンス王子は見ていたわ。私がどれだけ二人を大切に思っているか。どれだけ愛しているか、見定めるように。

 

 

 


 


 

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