骸骨兵士
ロザロ中心部にあるベナール教会。その祭壇の上にあるのは樹輪の宝珠で御座います。神父は剣闘士のリーバーマンに餓鬼界転移の説明をしておりました。
そして背は低めですがサラサラの金髪で、イケメンが鼻につく偽物勇者が手前の前に立っております。
「さっさと行ってやっちゃいましょう。はやくしないと外の女性達に囲まれて、もみくちゃにされちゃうよ。僕ちゃん」
『失礼ながら……手前の用意した鎧と武器がよろしいかと』
「あんなダサいの着れないよ。なんつったって、闘技場の勇者マックス様だぜ、僕は」
『はあ、それはそうですが』
更に偽物戦士のレオが手前を急かしました。先だって敵対していた彼らが妙に馴れ馴れしいのには違和感がありました。
「辛気臭い顔するな、骸骨兵士。魔物撃破数ナンバーワンの俺様がついてる。こいつはナンバーツー」
「おいおい、勝ちを譲ってやってるんだぞ。くたばり損ないの魔物を倒したって、自慢にはならない。あら、骸骨ちゃんは気を悪くしたかな?」
『………ええ。少し』
「気にすんな。まあ、魔物にも良い魔物が居るってのを知らなかったんだ、あんたみたいにな。かと言って僕らも食っていかなきゃならないし、遊ぶ金も必要だし、酒もいるし、カッコいい服もいるし、女もいる。ただの女じゃない、可愛くて気品があって、街一番の美人じゃなきゃ。分かってくれるだろ?」
『……さようで』
手前は調子に乗った偽勇者に肩をポンポンと叩かれました。彼がお金と女が大好きなのは、よく分かりました。手前は剣闘士たちと共に、神父の唱える呪文を聞いたのです。
祭壇には詠唱を続ける神父や修道女、僧侶の姿が並んでおりました。彼らは手前どもが餓鬼界に行く間、ずっと詠唱を続けてくれるのです。そして、この地と餓鬼界を繋いでくれるという訳です。
※
眩しい光に包まれた先には、大きな円形のホール、そこは苔むした
青く自然発光した石壁は薄明りが灯り、不思議な空間で御座いました。手前どもは青い石畳を見ながらひたすら重い足を前へ前へと突き出し続けました。どこまで続くとも知れぬ地下迷宮を。
餓鬼界――手前はここを足を踏み入れるのも躊躇われるようなウジの湧く不潔で薄汚れた世界だと思っておりました。酸敗した悪魔の体臭の沁みついた穢れた世界だと。
ところが、この地下迷宮は違いました。清潔で手入れの行き届いた回廊には威厳すら感じられました。大きな意志、大きな支配、大きな魔力によって纏められている単純かつ強固な統制のとれた世界であると言えましょう。
巨大な
「囲まれてるぞ、レオ」
「何だ、こいつら。蛙や蠅じゃないな」
レオ殿は棘付きのハンマーをくるりと回し、マックス殿もシルバーソードをゆくりと抜きました。彼らに併せて、剣闘士たちは武器を構えました。
『軍隊蟻ですな。百五十センチ位の身長で握力は無さそうですが、素早さと数では圧倒的に不利な状況で御座いますれば』
ギギギギ……ギギ
ギギギッギギ……ギッギッギ
蟻のような魔物は至るところから湧き出て来ました。大きな複眼に長い触覚、バックリと広がった大あごの下に小さいあごと下唇があるようです。
驚いたことに四本の足を使い、二本は手のように樹液で固めた槍を構えていたのです。
『うかつに飛び込まないように。単独で戦えばなぶり殺しにされますぞ』
「おいおい、骸骨兵士」偽勇者は、偉そうに言いました。「お前は、誰と一緒にいるのか分かってるのか? やる気マックス、勇者マックスちゃんだぜ」
『調子に乗っていると、痛い目にあいますぞ』
「心配しなさんなって。敵さんが集まってくる前にやっちまおう」
彼がそう言うやいなや剣闘士たちも掛け声をあげ一斉に軍隊蟻に向かっていきました。マックスとリーバーマンの戦い方は洗練されておりました。
ファイアボールやライトニングボルトといった見た目にも派手な魔法を織り交ぜ、付かず離れず、敵との距離をとって戦っておりました。
一方で、大きな武器を使う偽戦士レオは、棘付きハンマーで敵を力でねじ伏せて行きました。
彼にできた隙を庇うようにマックスは敵を近づけぬよう、配慮して剣を振っていたのです。レオは手前に言いました。
「性格は自慢げな僕ちゃんだが、マックスは天才だよ」
『ええ、そのようですな。手前は少々誤解していたようです』
手前は地獄の大鎌を振りながら、剣闘士たちに武器やエリクサー、アイテム調達に追われました。疲弊した者が手前のところに来れば休ませ、負傷した者には回復薬を与え続けました。
戦場の踊り子は口に短刀をくわえ本当に踊っておりました。死者の裁判官は
地獄の三天使も忘れてはいけません。三角に背中を併せ、お互いに庇いあって戦っておりました。
「ひゃほーっ! 剣闘士達は襲い来る軍隊蟻を千切っては投げ、千切っては投げっ! なんて演者がいたら盛り上がったのになっ」
「僕ちゃん、天才。この戦いは歴史に残るぞ。誰だ? 観客も呼ばないでこんなところに連れてきやがって、骸骨ちゃんはお仕置きだな」
いたるところに血と鉄と煙と尿の匂いがしましたが、何時間もすると匂いは混ざり合い、たったひとつの匂いになりました。
蟻の死骸で生き埋めになることは御座いません。ある程度までは手前の地獄の
その衝撃波はすさまじく、軍隊蟻は一網打尽に消し飛んでいきました。そんなことが、何時間も……何十時間も繰り返され、軍隊蟻の数は少なくなりました。
巨大広間の奥にある門の前にたどり着いた剣闘士たちは、僅か三人で御座いました。
偽の勇者マックス。同じく戦士レオ。黒人リーバーマン。そして手前で御座います。
とても静かになりました。そして門の先へと進めば、この地下迷宮のボスがいる部屋へとたどり着くことでしょう。
『おそらく、この先にいるのは悪魔ベルゼブブで御座います。ここからは手前が一人で行きましょう。有難う御座いました』
「何いっちゃってんの? 骸骨ちゃん。見くびんないで欲しいな」
『いいえ、充分で御座います。お三方ともこれ以上の戦闘は無理でお座いましょう。手前には分かっております。それとも、死ぬ気で御座いますか』
「………お見通しってわけ?」
肉体とは良くできております。幾ら魔力や体力を補充できたとしても、限界はございます。
三方の肉体はとっくに限界を超えているのです。これ以上は立っていることも苦痛で御座いましょう。
『お金にも名誉にもなりません。貴殿のような方々がどうしてここまで、必死になって手前に付いてきてくれたのでしょう』
「何の何の……約束しただろ」
『はて』
「僕たち剣闘士はお前に付いていくって。お金もくれるって言うなら貰うけど」
カタカタ
カタカタ……。
「酒場で飲んでるときは、毒蛙に面食らって……もう二度と人助けなんてしないって言い合ってたんだ。特に貴族や王家の為の人助けなんてね」
リーバーマンはスキンヘッドを撫でつけて照れたように笑いました。マックスは彼の肩を抱き、抱えました。レオはニヤニヤしております。
「そうそう、話し合ってた。くたびれて寝ちゃえば、またいつも通りの奴隷生活で、剣闘士の訓練と哀れな魔物を成敗する生活さ。不思議なもんで……僕たちは、頑張れば頑張った分、みんな傷つくんだ」
『肉体が……で御座いますか』
「いいやぁ、違うよ。精神的なほうさ。あがいて苦しんで、なんとかしようって砂をかむような努力を積み上げていく。ところが、あんたみたいな骸骨兵士にだって敵わない。それに魔物は、悪いヤツばかりじゃないって知ったら…今までの、僕らのやってきたことって何だ。何の意味もないじゃないかってね」
『そんな――あなた方は英雄で御座います。人々を夢中にさせ、誇りと自信を持って、勇気を与えている。魔物を退治するのは許せませんが、あなた方のせいでは、ありませんでした。手前は、すっかりそのことを理解しました』
「客の前では確かに英雄さ。自信が持てたんだ。それが正しいことだと思ってたからね。でも、何もかも違った。本当は毎晩怖くてうなされてるんだ。なんてったって偽物勇者と偽物戦士。リーバーマンはそいつらの指導係」
『……本物で御座います』
「なんだって」
『あなた方は本物の英雄です。この戦いを見て、だれが偽物だというのです。餓鬼界まで来て、十の災いを止めようと戦うのは真の英雄にしかできませぬ』
「それ、自分のこと言ってんの?」
カタカタ
カタカタ……。
「とても許されることじゃない、僕たちのしてきたことは」
『許されます。全知全能の神がいるなら、そう言うでしょう』
戦士レオはマックスの後ろでボタボタと涙を流しておりました。もう偽物戦士とは呼びませぬ。偽物勇者とは呼びませぬ。
三方は抱き合い、手前と硬い握手をしたので御座います。
「あんた、良い奴だな」
『手前は良い魔物で御座います』
努力し頑張れば頑張るほど、届かないことに苦しみ、傷付くことも御座います。彼らは残酷に魔物を殺してきたことを悔やみ、自らも苦しんでいたのです。
そんな彼らにとって、手前と交わした約束は大きな意味があったようです。手前には彼らを責めることは出来ませんでした。彼らは命懸けで罪を償おうとしておりますれば。
手前は彼らと地下迷宮の更なる深くへと、歩むことに決めたのです。
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