骸骨兵士

 あらゆる通信魔法を駆使し、情報を集めるのがベナール教会の最大の任務だそうです。手前は遠く離れたアンナ様が、ハンス王子と共に餓鬼界へ向かうことを知ったのです。それには仲間が必要で御座いますれば。


 先の戦闘で疲弊した猟犬わんことベスはグリフィンの降り立つ闘技場に残りましたが、手前は小さなおじさん……もとい神父とともにベナール教会へと向かいました。神父は次に備えなければならないと言っております。


 魔王ルシファーや天界の神々との戦いとは違います故、協力者は居ないようです。簡単に言うと、教会にある樹輪の宝珠を使って餓鬼界に潜入し、災いを止めようとの計画で御座います――アンナ様に何かある前に。


 途中、騎士兵舎の高い石壁を北東に歩きました。先ほどまで毒気にやられたロザロ守護騎士の隊長は、部下たちを並べ騒いでおりました。神父は手前に紹介してくれました。獅子のような銀髪に太い鼻筋の大男で御座います。


「このお方はネルソン隊長で御座います。伝説のミスリルのロングソードを持った英雄で、もともとは百人隊長で峠の守護から街の治安まで、ロザロ周辺の警備はすべて任されている方です」


「ラルフ神父。その死神は本当に味方ですか?」

『ええ、手前はいい魔物です』

 カタカタ……

 カタカタ……

 

 隊長は兜を持ち上げると、手前を気味悪そうに眺めました。

「悪魔の討伐ってわけか。我々の団結を見せる時が来たようだな。一発かましてやるのも悪くない」

『おお、なんと頼もしいお言葉でしょう』


「ふふ、俺は守護騎士隊長、悪魔の化身とまで呼ばれていたからな。調子にのっている悪魔の懐に潜り込んで、懲らしめてやるってのはいい考えだ」

『おお、ぜひ餓鬼界へ行ってください』


「何を言っている……行くのは骸骨きみだ。いっぱつ、かましてやれ!」

『……はあ。そ、それはそうですが』


「君が信用出来ない訳じゃないんだが、我らは街と民を守る守護騎士だ。すまないが、一緒には行けない。我々は、このロザロを離れることは出来ないから」

『………』


 本当に悪魔の化身だと思いました。隊長のいうことも、納得できましたが。


 手前と神父は裏通りを抜けて酒場に差し掛かりました。こんな時だというのに酒を飲み、暴れている連中もいるようで御座います。手前は飛んでくる酒瓶をしゃがんで避けました。


『もしや彼らは剣闘士では御座いませんか!?』

「どこの魔物かと思ったら骸骨兵士さまじゃねぇか!」


 周りで酒を飲んでいる方たちには見覚えが御座います。初めて闘技場で戦った二十歳くらいの金髪や、魚兜の男。なんと偽勇者や偽戦士もそこに居て、手前を取り囲んで毒蛙の討伐を称えてくれたのです。


「やあ、骸骨兵士。毒蛙から助けてもらったことには礼を言う。あんな恐ろしい魔物を見たのは初めてだ。みんな正直、ビビっちまってる。あんたには借りがあるな。何でも言ってくれ」


 続いて紹介されたのは剣闘士を仕切り、訓練や裏方を務めるリーダーでした。リーバーマンと呼ばれるスキンヘッドでほとんど裸の黒人で御座いました。


 なんと彼は名のある剣闘士を数人、手前に紹介してくれたのです。


 魚兜は恐ろしい憤怒の表情を隠すためだそうです。その怒りの鉄槌は岩をも砕くのです。


 他にも戦場の踊り子や、死者の裁判官と呼ばれる猛者や、地獄の三天使もおりました。手前は、名誉ある彼らを尊敬したのです。


『では、皆で悪魔の巣窟〝餓鬼界〟へ行って貰えますな』

「精神的に手助けしたい。戦いはこりごりだ」


『……そ、そこは大丈夫で御座います』

「いま、どんな気持ちだ? 正直に言ってみてくれ」


『ええ……頼んだ手前が馬鹿だったような気持ちで御座います』

「酒が一番の慰めになるんだ。好きなだけ飲んでいってくれ」


 手前は酒場から引き揚げようとしました。一体何をやっているのか分からなくなりました。入口で老フォックス・ピッドのジムが、木こり姿で手前を迎えました。彼はずっと手前を見ていたのです。ジムはため息交じりに言いました。


「なあ、ガイ。人間の為に何かしようなんて考えるな。あいつらが、どんなにいい連中に見えたって信じちゃ駄目だ。信じるのは馬鹿だ」

『………わ、分かっております』


 分かっております。手前は例え一人だろうとアンナ様を助けに行くつもりです。ですが、災いを止めるのは人間にとっても大事なことで御座います。


 これは、皆にとっての戦いだと思ったのです。手前は悔しくなって振り向き、人間に叫びました。


『ともに、戦いましょう! 同士よ、力を合わせて悪魔の災いを食い止めましょう! この世を食い物にする悪魔の息の根をとめるのです!!』


 一斉に笑い声が響きました。酒場の男たちは、手前を睨んでおりました。闘技場のヒーローがこれだけ集まっていれば、やることは分かっているはずです。


「話は済んだか? おしゃべり骸骨」

『……!?』


「バラバラにして目抜き通りに転がしてやろうか」

『な、なんと』


「いい武器を持ってるな。おまえにゃ勿体ない。置いてけ、雑魚魔物」

『そ、そんな。とんでもない』


「分かってねぇな……俺たちは、もともと奴隷だ。被害者なんだ。この騒ぎで自由を満喫してる。それを、なんだって元通りにしなきゃならない。金にも名誉にもならないのに」


『悪に目を背けるのですか? 街のヒーローとは、この程度で御座いますか』


 酒場の男たちは、不愉快だと思ったのでしょう。立ち上がり、ジョッキを叩きつけ、武器を取って手前を見ました。その時、小さな神父がおもてで叫び声をあげたのです。


「たっ、たすけてくれ!!」

「ガイっ、表に悪魔が……ぐっふっ」


 先を走ったジムの脇腹には、大きな棘が刺さっておりました。手前は勢いよく棘を抜くと土の用心から聖水を取り出し、彼の傷口にかけました。何人かの剣闘士はすぐさま駆け出し、通りに立つ一匹の悪魔を見たのです。


「ギギッギギギギギギ……ギギギ」

『蠅……の変異体で御座いますかな』


 構える剣闘士を縫い、手前は先頭に立ちました。目の前にいるのは体中に棘を生やした大きな蠅で御座います。身体が巨大化したため、あの薄い羽根では飛べそうにありませぬ。


 神父の予言から蛙の死骸は出来るだけ燃やし、始末したのです。もしくは魂を喰らう大鎌・ソウルイーターを使いました。


 蛙の死骸から、虻、蠅、蛆と続いていく災難を防ぐためで御座います。取り逃した僅かな死骸から、このような変異体が生まれるとはおぞましい限り。


 太く長い棘だらけの腕が振り上げられました。可動する器官に特異な変化があるようで、腕はしなりムチのように伸びました。


「うわああああっ!!」

「腕が何本もあるぞっ」


 大蠅は手前を避けて左右に立つ剣闘士の胴体を切り裂きました。手前は鎌を回転させて、地面スレスレに投げつけました。


 鎌は円形のノコギリのように飛んでいきましたが、蠅は伸ばした棘だらけの足を壁に差し、巨体を持ち上げて躱しました。


『見かけによらず、機敏ですな』

「くっそおっ!!」


 飛び出そうとする魚兜を止めると、手前は無限増殖させた大盾を五つ並べました。蠅から無数の棘が、破裂するように飛び交いました。


 左手を頭を出しているリーバーマンの前にだすと、手前の骨が砕け散りました。盾も壁も地面までも、一瞬にして無数の棘だらけになっております。


「ひ、ひいいい! 助かった」

『ごり押ししてくる悪魔は厄介ですな』


 手前は更に大盾を五つ生み出し、分銅を使って道に固定しました。もう、誰も攻撃に参加する必要はありません。この程度の攻撃なら手前がひとりで引き受けましょう。


 大き目な棘を丸盾で受けながら、右手にショートソードを構えました。破損し、ズタボロになった革鎧がずり落ちました。腕や足に受けた棘が、体中の骨に食い込み、進む速度はゆっくりになりました。


 雨のように降り注ぐ棘に、ボロボロの体。じりじりと前進を続けました。こやつの攻略方は、我慢でしょうな。ひたすら我慢して前進し、とどめを刺す――ゆっくりと。


 手前には人間を、取り締まって罰することも、我慢を強要することも出来ません。人間は全員が我慢しているなら、いくらでも我慢できるし、我慢できない者の全員が罰せられるなら、あまんじて罰を受けるのでしょう。

 

 それだけのことです。皆が、被害者だといいたくなる側面が御座いましょう。ですが手前が声をあげたのは、手前が全力で声をあげたのは……我々が同じ、世界に生きる仲間であると言いたかったからで御座います。


 ――信じて進むしかありませぬ。それが手前なのですから。



 手前は息絶えた大蠅の眉間から、剣を抜き取りました。ジムはなんとか命を取り留め、神父は彼に助けられたと言っていました。ジムは神父を庇って棘を受けたのです。口では人間を信じるなといいながら、人を守ったのです。


 手前は頭をあげました。すると剣闘士たちがパチパチと手を叩いておりました。そして彼らは口々に言いました。


「すまなかった……本当にすまなかった」

「行こう。俺たち剣闘士はお前についていくぞ」

「おおおおおおおお!!」

「おおおおおおおおっ!」


 神父は剣闘士リーバーマンと、二十二人の仲間を引き連れ教会へと進んでいきました。怒りの鉄槌も、戦場の踊り子も、死者の裁判官も、地獄の三天使も、偽勇者も、偽戦士も付いてきていました。


「よっしゃ! このまま餓鬼界に殴り込みだ!! 案内しろ、神父」

「行きましょう。もし我らに罪があるというのなら、この世界を守れなかったときです!」


 驚きました。大勢の剣闘士に押され、手前はそのまま教会へと連れていかれました。まだ、アンナ様やパピィにも連絡が付いていないというのに。ちょっと待って欲しかったです。


『……あの、猟犬わんこには、伝えてもらえますかな』

「何も心配しなさんな。俺たちは必ず、やり遂げる!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る