猟犬ガル
しっくりこない。俺とベス、ふたりの勇者を見る顔は、どれもみなハの字だった。
俺達は毒気にやられた町中の人間を片っ端から解毒していく。先行して街に入った毒蛙を見つけると、一秒にも満たない戦闘で駆除することが出来た。
救った人間は容易く三桁を超えた。セックスばかりの人間どもより、愛情求めて駆け回ってるってのに。
なんで、俺を見る目はそんなに冷たいんだ? ベスが解毒の杖で叩くからか。そんなに強く叩くから。いや、そんなこと言ってらんねぇ。
走れ走れ!
今日も愛されねぇ!
ありったけの力で走れ!
気力と愛情は無駄にあるぜ!
俺は知ってるぜ、愛が何なのか。メスわんことは何も無いけど、俺は皆を助けてやるぜ。そしてこう言うんだ。生きてて良かったーーってよ。
「ガル、空に魔物が!」
「なんだ?」
人間が連れてかれてる。黒い翼が片っ端から、ロザロの守護騎士兵舎、闘技場、ベナール教会に集められてる。
「……グリフィンだ。人間を救ってる」
「私たち以外にも人間を助けてる魔物がいるの!?」
ウオオオオーーーーン!!
ワンワン!!
俺は変化を辞めた。戦闘力を残したまま小型犬に戻ったのは、変化の指輪があったおかげだから変化を解いたってわけでもないが。
思いっきりしっぽを振りたかった。周囲を徘徊しながら、飛び跳ねて人間を助け続けた。擬人化してるより、よっぽど鼻が利いて効率がよくなった。
じっと立っていたら危ない場面もあった。ずっと走っていたから不意打ちは喰らわなかった。そして毒蛙は最初の一撃で確実に仕留めた。俺とベスは街道を駆け抜けて自由に走り回った。
ワンワン!
走れ走れ!
ワンワン!!
今日も愛されねぇ!
ありったけの力で走れ!
気力と愛情は無駄にあるぜ!
俺は間に合わなかった人間の死体を見て、怖くなった。絶叫しながら泣いていた。
闇が押し寄せてくるような……深くて暗い闇が俺のこころを追い込んでいくような焦燥感があった。
どこに向かって走っているのか分からなかったが、とにかく走らねばならなかった。
だから人間を助けるとか、誰かの為とか考えちゃいなかった。無我夢中に走っていたんだ。
アンナ様のことも、グリフのことも考えちゃいなかった。道を照らしてくれたのはベスだった。ベスは両手に杖を持って駆けながら、俺に指示を出した。
「左に毒蛙よ!」
ワンワン!!
「この家の奥に人間がいる、連れだして」
ワンワン!!
「そっちで兵士と蛙が戦ってる。助けるのよ」
ワンワン!!
人間は勇者はベスだと思ってるが、まあいいさ。俺はどうかしちまっているのかと思うが、俺には照らしてくれる仲間が必要だ。
真っ暗な道は全力で走れない。ほんの少しでも照らしてくれれば、俺は全力が出せるんだ。強くなれるんだ。
ワオオオオーーーーーン!!
走れ走れ!
今日も愛されねぇ!
ありったけの力で走れ!
気力と愛情は無駄にあるぜ!
「見て。空中で沢山のグリフィンが、ちっさな蠅や虻と戦ってるわ」
「負けるわけないな」
物語を追いたいのなら俺の回に期待しないでくれ。難しいことは分からないが、集められた人間はグリフィンの魔法で助けられていた。こいつらは人間と敵対関係にあったはずだ。
グリフ宅急便はどんな事態でも止められないとか、なんとか合言葉を言っていた。人間たちは、街の有識者とか聖職者に従って魔物のはずのグリフィンと仲直りしたみたいだ。
「あぶねえっ!」
俺とベスは左右に五メートル飛んだ。ぎりぎりで大蛙の紫の舌を躱していた。
見上げたのは十メートル級の大蛙だ。変異体のようで、固そうな甲羅をしょっていやがった。足も六本生えている。五人か、六人の兵士がこのガマガエルを囲んでいるようだが、デカすぎて戦闘にもなってない。
動かない兵士たちに目をやった。
いや――動けないのか。身体のあちこちに白い液体がこびり付いて固まっている。中には足が地面に貼りついちまって、動けない奴もいた。
神父らしい小男は、解毒魔法に追われやつれた目をしていた。体格と髪の毛に恵まれなかった小さなおっさんは、それでも必死に仲間に回復魔法を唱え、持ちこたえていたようだ。
女勇者姿のベスが前に立ち、ケルベロスの火炎を使って白い塊を溶かしていく。両手を当てて器用に、塊の部分だけを溶かしていく。すぐに逃げるように指示を出したが、遅かった。
ブッシャアア――――……
青白い液体は網目のように空を覆った。桁外れの量だった。
兵士も神父も、ベスも青白い液体に包まれていく。
ウオオオオーーーーーン
張り詰めた意識を一瞬に賭けた。俺の小さな体は、高速で雨のように降り注ぐ液体をかわし駆け抜けた。
走る稲妻のように、網目を縫うと、その先に一本の道が見えた。
走れ走れ!
今日も愛されねぇ!
ありったけの力で走れ!
気力と愛情は無駄にあるぜ!
俺は迷わず、大口を開けたガマの中に飛び込んでいた。決死の覚悟で大ガマの胃袋目掛けて足を掻きまくった。
右足っ、左足っ、左後ろ足っ、左足っ、左後ろ足っ、右足っ!!
右後ろ足っ、左前足っ、左後ろ足っ、右足っ、左後ろ足っ、右足っ!!
右足っ、左足っ、左後ろ足っ、左足っ、左後ろ足っ、右足っ!!
うむ………何いってるんだと自分でも思うぜ。意味わかんねぇだろ?
訳はわかんねぇが、そうやって……もがき続けていたんだ。
苦しみもがき続けて、その先には何があるっていうんだろう。気持ち悪すぎて意識が飛びそうになる。
――そうか、俺って気持ち悪いのか。だから、みんな変な眼で俺をみるのか。だから愛されないんだ。分かった気がする。
俺は失いそうな意識の中でも足を止めなかった。いつまでもいつまでも……走れ! 走れ! って叫んだんだ。
爆発音。
俺は真っ青な空を見ていた。体中が痛くて、何が起きたか分からなかった。滑った液体が体中にこびり付いて気持ちが悪かったが、空気は美味かった。
俺の頭を抱えるようにベスが抱き着いた。ベスはすごく小さかった。
「ガル!! すごいよ」
「なんだ……俺が倒したのか?」
辺り一面にガマガエルの肉片が飛び散っていた。ベスが小さいんじゃなく、俺は第一形態に戻っていたようだ。
「おええええっ、げっほ、げっほ」
「ぐっす、すん。もう、無茶するんだから」
「………」
足を掻きまくったから、変化の指輪が外れたんだ。俺はやつの腹の中で巨体に戻っていた。無計画だったことは、黙っておこう。ベスにモテたいから。
日暮れには、毒蛙も蠅や虻も全滅していた。衛兵や闘技場の剣闘士も加わり、形勢は逆転したようだ。ロザロの街は大勢の人間と魔物の協力によって救われた。
骸骨兵士が勇者の姿を解いても、ベナールの神父や守護騎士の隊長は騒ぎもしなかった。もう、誰も魔物を殺せなんて思っていなかった。
俺は嬉しくなった。小型犬になって、しっぽを思い切り振ってやった。邪魔にならないように配慮したんだぜ。
「貴方が、ありのままの姿で駆け回ったから、こうなったのよ。ガル、貴方はやったのよ」
ワンワン!
ワンワン!
「はあ…また抱きしめて欲しいって? 何かエロいから、やだわ」
ベスがそう言ったら、周りにいた人間やグリフィンが拍手をして俺を囲んでくれた。骸骨ガイが、駆けてきて俺を抱きしめた。
クゥー…ン
カタカタ
カタカタ。
『やっぱり、あの変人勇者スタイルは不評でしたな。手前もこの格好が一番しっくりきますよ』
ゴツゴツして気分が悪かった。でも俺は生きていて良かったと心から感じたんだ。
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