骸骨兵士

 変化へんげの指輪を使ってロザロの街に入ろうと考えておりました。川沿いの小道を駆け上がり毒蛙の群れを薙ぎ払いました。


 ゆうべ見たアンナ様は無防備な少女ではありませんでしたが、魔獣を統べる中隊長でもありませんでした。


 アンナ様はいつも、自分を置いて逃げても責めたり恨んだりはしないと言っていました。ですが、手前は彼女に会いたかったのです。


 この世の何より彼女のそばに居たかったのです。この肉体の一部が離ればなれになってしまっているような感覚です。ええ、肉体がないので失いようもないのですけど。

 

 出来る限りの近道を探し、丘をあがると街の高い石塀が見えました。そこで、土の用心によって無限増殖した変化の指輪をみなに配ったのです。


 手前は骸骨兵士で御座いますが、この中では主人公クラスだと思っておりました。


 当然――何の疑いもなく勇者の姿に変化しました。アンナ様を助けだすのが第一の目的であります故、歓迎されるスタイルがよろしいかと。


 怒りに身を任せ、世界中の人間を呪ってやりたい気持ちもありましたが、手前は良い魔物でございます。


 アンナ様の真の目的を見失ってはなりません。魔物と人間の共存する世界をつくるために……苦しんでいる人間がいれば助けるつもりで御座います。


 これは手前とガル、パピィの共通した決め事であります。その猟犬わんこを見て一瞬、手前は言葉を失いました。


「やれやれ、まさか俺さまが人間に変化するとは思わなかったぜ」


「……猟犬わんこ殿。申し上げづらいのですが、勇者は手前と被りますれば、せめて戦士か僧侶になってもらえませんか」


 ガルの擬人化には無理が御座います。下唇が突き出していて、だだっぴろい鼻をして……何と言うか、変な顔といいましょうか。


「考え過ぎじゃないか?」


 そのへんは目を瞑ってもかまいません。ただ、勇者の恰好は恐ろしく似合いません。定番装備である青い勇者の衣に革の手袋とブーツで御座います。


 差別的なことは言いたくありませんが、肌の黒い勇者には、違和感が御座いますれば。


 そして同じ服装の二人の勇者は、人間にとっては、どう見繕っても怪しい存在に映るでしょう。


 一人は大きな鎌を振り回し、一人は武器も持たず爪で薙ぎ払う怪しい勇者であります。手前は変化を終えた番犬のベスに意見を聞こうと思いました。


「そうよね。なんで貴方ガルが勇者になんて変化へんげするわけ? 敵の大将みたいなもんでしょう、勇者って。嫌っているかと思ったわ」


「強い人間っていったら、この格好だろ。それにファンタジー世界で勇者を格好悪いと言ったら、俺たちの存在価値なんて何もない」


「………」


 そこにいる女勇者は番犬ケルベロスのベスで御座います。なかなか露出度の高い姿で、大人アンナ様よりも過激な青いレオタード姿で御座います。


 装備というよりコスチュームと呼んだ方がいいでしょう。そんなセクシーな彼女に老フォックスピッドは言いました。驚くべき偶然ですが、彼もまた青い勇者の衣を纏っておりますれば。


「ベス、キミは女性なんだから勇者になる必要はない。何なら、普通の村娘とかシスターとかでいいんじゃないか?」


「じゃあ、なんで貴方まで勇者なのよ」


「み……みんな勇者にはならないと思ったからだ。被ると知っていれば、他でも良かった」


「じゃあ、木こりの爺さんに変えてきて」


「……や、やだ」


 猟犬ガルと、番犬ケルベロスのベス、老いたフォックスピッドはジムという名前ですが、全員勇者の姿をしております。そして誰も折れるつもりがないようです。揉めている時間もありませんが。


「知らないの?」ベスはカールした髪を掻き揚げて腕組みして言いました。


「確か三番目と四番目の勇者は女性を選べたはずよ」


「……龍王ドラゴン退治の物語を持ちだすのは、どうかと」


 呆れたという顔をしたジムは肩を持ち上げ、ため息交じりに言いました。


「キミは、どう考えても魔法使いか修道女シスターだろ、立場的に。戦闘力だってないんだから、空気を読むべきだ」


「は!? 老人が何言ってんのよ。貴方のほうが、よっぽど空気が読めてないじゃない。コスプレ爺さんにしか見えないわよ」


「コスッ……酷いっ」


 猟犬がもめる二人に割って入りました。彼は、こんなことに時間をかけている場合ではないということを分かっています。ビシッと言うでしょう。


「俺は勇者、勇者は俺だ! ベスはエロいから、そのままでいい。勇者のカップルという設定もありだと思う。ぺっ…ペアルック……ペアルックだ!!」


「なんで二回ずつ言うのよ……誰かに言い聞かせてるの? もう黙ってて」


 手前は遠くのポイズントードに弓を放ちながら、振り向きました。八十メートル位先の蛙でも、余裕で的中致します。面白いほどに。


 彼らの腰のベルトには〝毒消しの杖〟が刺さっております。他の装備は御座いませんので、武器をさしあげようと思っておりました。


 ですが、職業が決まらないようでは何の武器を出していいのか分かりません。


「ではまず、ジム殿が戦士か僧侶にでも」


「それはやだ。私も勇者が似合ってる。こんな酷い目にあってきたのに、これ以上惨めな思いをするのは嫌だ」


 このコスプレより惨めなものは無いとは思いますが、本人には自覚がないようで御座いますれば。理性的な説得が有効かと考えます。


「別に勇者に扮したところで、本物の勇者のようにセーブ・ポイントから何度もやり直せるような能力が手に入るわけでは御座いませんぞ」


「あたり前だろ。とりあえずガイは、魔法使いになるべきじゃないだろうか」


「………ええっ!?」


 骸骨兵士の手前が、何故に魔法使いにならねばならないのでしょう。なるほど、土の用心は魔法のように見えますが、これは魔法では御座いません。勿論、手品でも。


「イリュージョンも魔法と一緒だ!」

「イリュージョ……先に言わないでください!」


「変化の指輪は手前が出しているのですから、手前に決める権利が御座います。ベスは目立たない修道女シスターになって……」


「ひどい、似合ってないのね。地味な格好がお似合いって意味?」

 

 ロザロの街から人々の悲鳴が聞こえました。蛙の化け物は既に街に入り込み人間に襲いかかっているようです。石塀に沿って迫ってくる二匹の毒蛙に、二本同時に弓を放ち、仕留めました。


「こりゃあ、急いだほうが良さそうだな。ワウゥゥーーン!!」


 息を弾ませてガルはそう言った瞬間、四つ足を付いて裏路地に駆け込んでいきました。すかさずベスはガルにまたがり、彼女が背負われた形になりました。とても信じられない光景で止めるのが一歩遅れてしまいました。


「先に行ってるわ!」遠ざかるベスは声だけを残して街に侵入して行ってしまいました。「街に入ってくる毒蛙は貴方達でお願い!」とだけ言って。


 手前は「分かりました」とかなんとか気の利いた台詞をいいながらも、毒蛙に弓を射続けました。この高台は川から上がってくる侵入者を一望できる位置にあるので、離れることも出来ませぬ。


 残ったジムは何もせず手前をじっと見ていました。毒消しの杖を持って街に行けば、人助けくらいは出来そうですが……無理強いも出来ません。


「ジム殿、ずっとそうしているつもりですかな?」


「未来なんてわかるもんか」


「………」


「正直なところ、私は人間を助ける意味があるのか分からない。アンナ様っていうのは、何を求めているんだ。そしてガイ、君はどうして……何のために生きる」


「生きる意味で御座いますか?」


 生きておりませぬと言うのは簡単ですが、誇り高きフォックスピッドにそう応えるのは失礼な気がしました。彼は正解を求めているのでしょうが、これは罠でしょう。本人のだす答え以外、正解などないのですから。


「分かりませぬ。いまだ、手前はその途中で御座います」


「途中だって?」


 骸骨兵士のような姿になろうとも、生きる意味を探す旅の途中にいるのです。アンナ様が何者であろうとなかろうと、手前は手前で御座います。


 手前が生きたい場所を探しているのかもしれません。手前は手前の道を探し、手前の失敗をし、手前の生きる世界を求め彷徨さまよっているのです。魂の無い骸骨兵士だからこそ、それができるので御座います。


「私は王家の子息を殺そうと思う。おそらく離別した魔物たちも同じ考えだろう」


「おやめなさい」


「これは私の生きる意味だ」


 ――王子は子供で御座います。彼は輪廻の輪の中で、挫折の輪を止めたいと思ったのでしょう。王子が子供のうちに、殺す。それによって助かる命があると思ったようです。


「意外ですな。誇り高きフォックスピッドが子供を怖がるとは思いませんでした」


「なんだと」


「その仕事は、手前に預けてくれませぬか」


「………」


 手前とて、アンナ様に害が及べば王家を一人残らず殺すやもしれません。ですが、その時はそう言ったのでございます。






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