グリフィン

「どの面さげて帰ってきた? グリフ」


 グリモールのくせっ毛と鷲鼻は昔のままだったけど、それ以外は全部変わっていただす。嘘だらけだっただす。それとも……変わったのはおらの方だすかな。


 おらはリフィルとパパ・リフィルに一杯食わされたんだす。縛り付けられて彼女に連れて来られたのは、真っ暗な地下室だったんだす。


「それで?」リフィルはやんわりと尋ねただす。

「同族は売らないはずよね。修羅界に帰って貰うのでいいかしら」


 修羅界っていうのは、魔界のことだす。魔界と天界と人間界は、グリフィン位の魔獣になると色々なコネを使って行き来することが出来るんだす。三善界なんて言い方をすることもあるだす。


 畜生、餓鬼、地獄の三悪界には誰も行けないだす。わざわざ生贄を使って魔物を召喚することもあるだが、世界のバランスが狂うとかで、禁忌になっておるだす。どのみち随分と昔の風習だすな。これを六道輪廻とか六界っていうだす。


 地獄の使者とか、地獄の番犬なんかも、実際には魔界、修羅界に位置するだす。本当に地獄に住んでる魔物は、まともに会話なんてしないだすよ。


 全員同じことしか言わないらしいだす。お前たちを殺す……あるいは、お前たちを支配する、それだけの退屈な連中だそうだす。その連中は魔物とは呼ばず、こう呼ぶんだす。


 ――悪魔と。


 グリモールは悪魔にも、人間にも顔が効くので有名だす。魔物を人間に密告すれば、自分たちの身は安全だす。悪魔に生贄を捧げれば、危険はあるだすが強大な魔力を得ることも可能だす。おらは自分の目で見てきたから知ってるだす。


「同族と言えるかな、漆黒の弾丸。お前にはまともな頭もなきゃ、翼もない」

「配達員を舐めちゃいねだすか?」

「ぷっ……たったの三年で何が変わる」


 アンナ様やパピィの無理難題をクリアするのに、竜の谷や四大精霊の森、氷山脈アイスリッジブラック火山マウンツ烏城キャッスルクロウとマイロの村まで駆け回ったおらだす。


 みんなに話しを聞いたんだす。おらは色んな魔物や人間に声を掛けたんだす。悪いやつなんて何処にもいなかっただすよ。おかげで、随分と六界や三善道の世界の事とかの勉強になったんだす。


「みんな色々な事を教えてくれただす。とくに死にかけの老いぼれドラゴンは、何でも知っていただす。うろこもくれたし」

「それが何だってんだ」


「それはこっちが聞きたいだすよ。グリモール……仲間を売ってるだすな。人間を襲ったりもしてるだすか? 一体何がしたいんだす」


 ガチャン!

「そこまで落ちぶれちゃいねぇ!」


 グリモールはジョッキをおらの頭に投げつけただす。額から血が流れたけど、おらは言ってやったんだす。


「あんたは、ただの臆病者だすよ。魔力が沢山あって強いつもりでも、そんなの全然偉くないだす。魔力が無くてもパピィのほうが、全然強いだすよ」


「うるせえ! こっちは被害者なんだよ。お前は馬鹿だから分かんねぇだろうけどな。好きにやって何が悪い! お前だってこの街から逃げ出したじゃねーか」


 逃げた…だすか……。やっぱり何もかも変わっちまったんだすな。



 おらとグリモール、リフィルは幼馴染だす。子供の頃は魔界に住んでいて、よく一緒に遊んでいたのを覚えているだす。いつも、配達員のコカトリスが颯爽とあらわれて、おらたちに届け物をするのを眺めていたんだす。珍しいアイテムや香辛料、魔法の宝石や伝説の武器まで運ぶ配達員を、尊敬していたんだす。



「…かっこいいだすな」おらは、遠く青い空に舞う配達員を指さして言っただす。

「魔界の配達員は世界中の何処でも行って、何でも運ぶんだすよ。でもコカトリスは図体ばかりデカくて速くはないだすな」


 グリモールはおらとリフィルを見て笑ったんだす。

「あはははは! 俺たちなら、もっと速い配達員になれるよな」

「ねえ、自分たちで配達会社を作りましょうよ」


 おらは馬鹿だから、字も書けないし会社とかいう計算はさっぱりだから、チビのリフィルの話しを一生懸命覚えただよ。だから、今も覚えてるんだす。


「俺たちグリフィンは翼馬ペガサスより荷物をいっぱい持てるし、他の飛ぶ魔物より絶対向いてると思うぜ」

「ええ、それに漆黒の弾丸がいれば、どこよりも早い配達が出来るわよ」

「お、おらにも出来るだか?」


「あはははは、おまえはヒーローになれるぜ」

「サインは私がハンコを作ってあげるわ」

「配達のサインだぞ。人気者が書くサインじゃない……でも、ありえるかもな」


「ほ、本当だすか? おら、絶対配達員になるだよ。か、会社を作るのにはお金がかかるんだすか?」

「そうね……登録するだけで一千ゴールドはいるわね」


「宣伝しなきゃなんねーし、受付も雇わないといけないんだぞ。元手は倍の二千はかかるな」

「宣伝広告費に、料金表とか経理の仕事もあるわね」

「二人とも頭がいいんだすな。もう一度言ってくんろ。お、おら覚えるから」


「あはははは」

「大丈夫よ、グリフ。私たちずっと一緒にいるんだから」

「ほんとだすね。約束だすよ、おら……みんなと配達員になりたいだす」


「じゃあ、名前はグリフ宅急便でいいぜ。お前が社長な」

「いいんだすか!?」

「グリフが一番速いからよ。よかったわね」

「う、嬉しいだす」


「アハハハハ」

「あはははは」


 おらは約束を守りたかっただけだす。逃げる気なんてなかっただすよ。証拠にならないけど、千九百ゴールドまで溜まったんだす。でも、今思うと逃げたって思われたって仕方ないだす。


 そういえば、あの時もジョッキを投げつけられただす。何も無いような魔界の田舎街で、おらは他の魔物におもちゃにされていただす。魔界にも勇者と魔王の戦いの情報は入ってきて、世の中がおかしくなっていたんだす。

「やい、馬鹿グリフ!」

「やめてよ。酷いこと言うのは」


 いいんだす。あいつらが、遊びで石や枝を投げてきてもおらは、簡単に避けられるんだす。それが面白くて、だんだんもっと面白くなって、今じゃ誰でもおらを馬鹿にするようになっちまったんだす。


 おらが馬鹿なのは本当のことだから、悔しいけど我慢しただす。でもリフィルは、腹が立ったら不愉快だって言わなきゃダメだって教えてくれたんだす。おらは言うとおりにしてみたんだす。実際、アンナ様の城では上手くいっただす。


 本当の気持ちを言えば、ちゃんと通じるんだって思っただす。パピィと友達になれたのはリフィルのおかげだすな。パピィが、すごく正式に、あんまり丁寧に謝ってくれたから……おら、好きになちまっただす。


 ――でも、あの時は上手くいかなかったんだす。


「おめえは余計なこというなよ」

「きゃっ」


 背の大きなオーガがリフィルのほうを突き飛ばしたんだす。だからおらは、初めて同じ魔物を殴ったんだす。オーガのパンチを躱して腹に一発、顔に一発。倒れたオーガにまたがって顔を何発も殴ったんだす。


「ぎゃ、ぎゃああ」

「や、やめてっ!」


 止めたのは他のオーガでもコボルトでもなかっただす。リフィル本人だったんだす。彼女は顔色が悪くなって、家に帰ったんだす。すぐに彼女の家へ謝りに行こうと思ったんだす。自分が悪いことをしたのか自信はなかったけど、彼女の為に謝るつもりだったんだす。


 窓を覗き込むと、彼女はグリモールの腕の中で泣いていたんだす。おらは邪魔者のような気になったんだす。でも……泣いているのは、どうしてか分からなかったから、ついつい話しかけてしまっただす。


「グリモール、リフィル。おらも……おらも一緒にいていいだか?」

「お、おい。お前そこでずっと見てたのか?」


 グリモールはテーブルにあったジョッキをおらに投げつけたんだす。避けれたけど、避けなかったから、こんなふうに血がでたんだす。今と一緒だすな。だから、おらは……みんなとまた一緒にいられるようになるには、どうすればいいか考えたんだす。


 配達員になって会社を作ればいいんだす。そう思ったら、もういてもたってもいられなくなって……おらは逃げるように飛び出したんだす。


 遠くへ。遠くへ。ずっと、ずっと遠くへ。



 いつのまにかパパ・リフィルも、他のグリフィンたちも地下室に集まっていたんだす。おらの話しを聞いていたんだす。リフィルはおらを縛っていた縄をほどいてくれたんだす。


「ごめんなさい……ごめんなさい。貴方は変わってない。私はあなたが三ヶ月前まで、この街に住んでたと嘘をついたの」


「なんでだす?」

「パピィさんは、出て行ったわ。あなたは、ここに居るべきだって」


「………」

 おらは、そっと指輪を出したんだす。これはパピィに受けとってもらう婚約指輪だす。受けてくれるかは分からないだすが。


 いきなり若いグリフィンが地下室に駆けてきたんだす。汗だくになって息を切らして言ったんだす。


「大変だっ! 街に悪魔が入り込んでる。町中、蛙の化け物だらけだ!!」

 

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