人面鳥パピィ
私は馬を引いて歩いていたわ。足がひりひりと痛んで泣きたくなった。これから何時間も、何日も騎行は続くのに。
あの日は失敗の連続だったわ。魔法陣の描かれた盾を闘技場の中心に置き、高さ三百メートルの地点にまで魔力のアンテナを伸ばす。
少ない魔力でも微弱な精神伝搬魔法は可能よ。これで人間に目眩ましを仕掛けるはずだったわ。
特別な盾の魔法陣は龍脈から魔力を集めて竜鱗の腕輪を持った私へと繋がる仕組みよ。そこで幻覚魔法発動……と成るはずだった。
その後は堂々と闘技場から出てもいいし、グリフとわたしで空から魔物たちを輸送してもいいと思ったわ。
完璧な美しい計算式に基づいた作戦なんで、パーフェクト・ビューティフル・ミッション、通称パピィ作戦と名付けたわ。
失敗したら反省が必要ね。何がまずかったか検証しなければならないわ。まず、ガイが丸い盾の説明を理解しなかったこと。
グリフが大怪我を負ったこと。わたしが竜鱗の腕輪を忘れて飛んだこと……これは仕方ないとして。グリフの羽に保管していたんですもの。
理解力のない二人を責めないで欲しいわ。勿論私は悪くないわ。ケーキ屋を説明するのにケーキが何たるかを説明するのは馬鹿なことよ。違って!?
それでも作戦は成功と言えたわ。私が天才だからって言いたい訳じゃないけど。少し後に闘技場を確認したら
近くには行けなかったけど川を下っていけばマイロの村に戻れると思って胸を撫で下ろしたのよ。やっぱり、言わせて貰おうかしら。私は天才よ、馬鹿じゃないわ。
とにかく結果オーライね。ケーキにチョコチップをぶちまけてもケーキは壊れないってことよ。美味しくなるだけって意味よ。いちいち言わせないで。
私が悲しいのは……グリフの事よ。彼を足に掴んだまま街を出ようと飛んでいると彼はいったわ。
『おら、ロザロの街外れに知り合いがいるだよ。そこに身を隠すだよ』
悪い考えじゃない。直ぐに闘技場に戻れるかもしれないし、彼の身の安全が確保できるなら、そうするしかなかったわ。
彼の指示通り夕闇に紛れて擬人化したわ。彼の肩を抱えて、しばらく歩くと大きな屋敷を見つけたのよ。
『こ……ここだす。ここにリフィルの家族が住んでるだす』
回復魔法には何種類かあるのは知っているわ。私が使えるのは一般的な
「まあ!? 貴方は……グリフじゃないの。大怪我してるわ。お父さん、彼が帰って来たわ」
「何だって、本当にグリフか」
帰ってきたと言ったかしら。可愛くて育ちのいい娘さんに迎えられたわ。街外れにしては綺麗な屋敷に案内されて、私も回復してもらったわ……
あんたは可愛いうえに魔力も底なしかって話よ。グリフは気を失ったまま眠っていたけど、容態は安定していたわ。
「あたしの名前は、リフィル。パピィさん。何があったの?」
「議論している暇はないわ。彼を宜しく」
説明している時間は無かったわ。戻って魔物の仲間を助けなきゃならなかったんですもの。事情をさっしたリフィルの父親が、私を止めたわ。
「闘技場から来たんだね……止めなさい。街で変化をすれば衛兵に目をつけられる。そうなれば、家族全員が危険に晒される」
「なんですって? 止めたって無駄よ」
認めるわ……私が馬鹿だったのよ。
広い馬小屋があって父親は馬丁の仕事をしている様子だったわ。緑とグレーのチュニックを着て馬の世話をしている魔物なんて想像もつかなかったわ。私はグリフを置いて逃げるべきだったかもしれない。
「魔物は人間に負けたんだよ。ここで生活していれば安全なんだ。それとも、夜明け前に火あぶりにされたいというなら止めないけど」
「……!!」
彼女の父親は年をとっていたけど、まだシルバー・ベアのような握力を持っていたわ。私は嫌悪の表情をリフィルに向けたわ。
「怒らないで、パピィさん。あたしたち、幼なじみなのよ。貴方も彼を助けたいなら協力してちょうだい」
「怒ってなんかいないわ。焼き鳥になるのも悪くない」
居間には擬人化したグリフとリフィル、その両親が楽しそうに笑っている写真が飾ってあったわ。彼女の白いワンピースを見てピンときたのよ。グリフが昔付き合っていた彼女だと。
事情を知れば人間として生きる魔物たちが立ち上がるとは思えなかったわ。彼らは街の平和を守るために戦っているのだから。皮肉なことに自分自身からね。
「私たちは善良な魔物だ。だが、正しいことをするために道を踏み外す必要はない。人間のしていることが間違っていると言って周りたいなら、そうするがいい。その結果がどうなるか分からないでもあるまい」
「……そうね。この眼鏡を貸しましょうか? 見て見ぬふりをしているってわけなら無駄でしょうけど」
リフィルの父親は続けたわ。
「簡単なことだ。私は妻にも娘にも死んでほしくない。自分も死にたくないし、出来れば君にも死んでほしくない。君の軽はずみな行動で、私たちはバラバラになって寂しくひとりずつ闘技場で死ぬことになる。全員だ」
「ふう……。理解したわ」
お手上げだったわ。命を天秤にかけるような真似はできないもの。私がこれ以上失敗を重ねて全員が死ぬなんて思ったら、何も言えなくなったわ。
それに彼女は献身的にグリフの介抱をしてくれたのよ。ベットに寝た彼に、手をかざしずっと呪文を唱え続けた。知識をひけらかしたりもせずにね。
「彼、三ヶ月位前に……急に街を出て行ったのよ。アタシもグリフィンの仲間たちも、とっても心配したわ」
「もう、出ていけないでしょうね。翼を失ったんですもの」
「ぐすっ……どうして、どうして、街を離れたの……ぐすっ」
それは、貴方が親友と付き合ったからじゃないかしら。でもグリフは人気者だったのね。それはそうよね、あれだけハンサムなうえ空を駆け抜ける姿はヒーローそのものですもの。私は暖炉の前でうっかり寝てしまった。
明け方、リフィルの父親が駆け込んできて私に教えてくれたわ。赤毛の女剣闘士が、現れて魔物を消したそうだ。特別な名誉を与えられて王都に連れて行かれるらしいわ。
「アンナ様だわ。私の仕えている主人よ。た、大変だわ。すぐ行かなきゃ」
「おいおい、やめておけ。王子の周りには魔物を見分ける能力者が付いている」
「そ、それでも行かなきゃならないのよ。グリフは? 彼はどこ」
「ああ、グリフなら朝からリフィルと出かけたけど」
「……はあ!?」
――朝からリフィルと二人きりで出かけた。
昨日まで大怪我で動けなかった彼が、朝から彼女と出かけたですって……驚きすぎて同じことを二回言ってしまったわ。なんてことなの。
「………」
いいえ、こんな事は慣れてるはずよ。友達だと思っていた娘達が、真っ先に私をからかったものよ。初めから彼を巻きこむつもりは無かったんだし。
それに彼はもう飛べないんだから。ここで一生擬人化して暮らす魔物たちと一緒に生きた方が、彼にとっては幸せかもしれない。
彼の幸せはここにあるのよ。
「行くわ。グリフによろしく」
「ま、待つんだ。どうやって王子に近づくつもりだ」
「あなた達に迷惑はかけないわ。擬人化したまま女中でも娼婦でもなってアンナ様を追うわ」
リフィルの父親は灰色の眉をひそめ、顔をしかめた。私は玄関を出たわ。朝日は灰色の空を鈍く照らしていたわ。
「……それは無理だ。君のような弱く若い人面鳥がたったひとりで何ができる。あんたは馬鹿だ」
「私が馬鹿なのは、私が一番知ってるわ。貴方達のやり方を茶化したことを、許してください。つらい時ほど協力することは重要だわ。馬を一頭貸して貰えるかしら」
さようなら、グリフ。私は誰かの親友になれるとは思ってなかった。卒業アルバムの寄せ書きを書いてくれたのは婆さまだけだったわ。
リフィルと幸せになってちょうだい。でも変な気分だわ。これが嫉妬という感情かしら。
さて――どうやってアンナ様を救出するかが問題ね。武器もアイテムもお金もないわ。私にあるのはこの頼りない頭脳だけってことね。
翌日……目抜通りを渡る私は従者のボロ服姿で馬を引いていたわ。アンナ様の従者として、王子の引き連れる五十人位の衛兵たちと一緒に馬車の後ろをついて歩いていたわ。
アンナ様がいるのは二番目の豪奢な馬車よ。
ええ、私は馬鹿よ。だから一生懸命勉強してきたんじゃない。本当を言うと、馬鹿だって思わなかった日は一日だってないわ。
どんな手を使ってもアンナ様をお守りしてみせる。貴女が私に家族の大切さを教えてくれたんですもの。リフィルの父親の気持ちも解るわ。待っててね、アンナ様。私はすぐそばにいる。
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