骸骨兵士
そこは別次元の海に浮かんだ薄暗い島で御座います。天界とも魔界とも違います。およそ矛盾だらけでございますが、手前の存在自体がかなり矛盾だらけでございますれば。
『待っておったぞ。弟子よ』
「あ、貴方は……スカル師匠。生きていたのですか。ここは、何処ですか?」
『見てわかるじゃろうが、生きとるわけ無いじゃろ。ここは
青白く光る砂浜に、周りは深く藍色のぼやけた空間が広がっております。宇宙のような、深海のような場所をイメージすると近いかもしれません。
手前は師匠の説明を聞きました。元々は神々がアイテムを一時保管する場所と言っておりましたが、意味はさっぱり解りませんでした。
復活を繰り返すのは骸骨兵士の特権だと思っていましたが、違うようです。
『まあ、解らなくてもええ。実際に魔法も儂らの存在も矛盾だらけじゃから』
「自分のことを棚にあげるのは、良いことで御座いますかな。ちゃんと説明してください」
『うむ。かつての儂は毎日のように畑から野菜を盗んでおった。ほんの少しだけじゃ。だが、害獣が野菜を盗みに来たときは村人のために害獣を倒した』
「自分のことを棚に上げて?」
『被害を最小限に食い止めることが出来たのは、儂のおかげ。いや棚のおかげじゃ』
「い、良い棚をお持ちでしたな」
カタカタ
カタカタ。
『お前がここに来たっちゅうことは、蘇生の限界以上にバラバラになったってことじゃろ』
「ええ。手前は死んだのでしょうか」
『死んでるけど、死んどらん。面倒臭いから、結論を言おう。骸骨剣、土の用心じゃ』
カタカタ
カタカタ。
この技はスカル師匠にしか出来ない技だと思っておりました。粉砕されたり聖水などの攻撃にあった場合、自らの意志で一旦土に還るという荒業で御座います。
一体どこへ一時避難していたのかと不思議でしたが、こんな場所だとなると尚更、不思議で御座います。
『出来たんじゃろ?』
「そうは、言いきれませんが……一応」
手前は丸い盾に描かれた魔法陣を使って、土の用心を発動したのです。天才パピィの力を拝借して、成し遂げられた奇跡で御座います。
『きっかけは、これか』
「何で持っているのでしょうか」
師匠は丸い盾を手にしていました。他にも変化の指輪やシルバーソード、アンナ様のリボンまで手品のように出したので御座います。
『ここは何にもないようで何でもあるんじゃ』
「……魔法ですかな」
『魔法でもトリックでもない』
カタカタ
カタカタ。
手前と共に粉砕されたアイテムや防具などは、一緒に蘇生されるというわけです。不思議なことに、師匠は丸い盾とシルバーソードを二つずつ手にして一組を手前に渡しました。
『何個でも出せるんじゃ。つまり骸骨剣、
「ほほう……これは」
『イリュージョンじゃな』
「イリュージョンですな」
カタカタ
カタカタ。
『この
「アンナ様で御座います。リボンとリボーンを掛けるとはなかなか洒落ておりまする。アンナちゃんのリボーン、つまり〈土の
カタカタ
カタ……。
「都合が良すぎますな、師匠。だいたい、骸骨兵士として会うのは初めてだと思いますが、どうして手前だと分かったのですか?」
『……それ、聞かんと駄目かの?』
「ええ。いったい師匠は何者ですか」
『儂はお前じゃ』
「なっ、なんと!?」
『ウソじゃ』
「笑えませんぞ」
『ああ、儂はただの訓練用のカカシじゃった。魔法使いにあらゆる剣技を入れられた
感情なんかありゃせんかった。だから、お前を村で拾ったときも、どうしていいか分からなかったんじゃ。
捨てられたカカシより、惨めなものは無い……捨てられた子供を見るまではそう思っていた。捨て子の親になるつもりはなかった。なれる資格なんかある訳もないからのぉ。
儂の顎は砕けていたから、上手く喋れないと思い込んでいた。実際は工夫すれば何とかなるもんじゃ。
捨て子は空を掴むように手を伸ばしたが、与えられるのは冷たく硬い骨だけだった。
リンゴを摩り下ろして食わせた。野菜を盗んで、魚を焼いて食わせた。毎日のように食い物を調達するのが儂の日課だった。
肉は……食わせてやれなかった。こんな見てくれじゃけど、儂は殺生が出来んかったのじゃ。訓練用じゃから。
かわりに山羊さんから乳を分けて貰えたのは良かったがの。森の動物は儂を怖がらなかった。小鳥や山羊、野良ネコやウサギがお前の最初の友達じゃった。
儂は言葉が苦手じゃった。だから村人に何度も頼みに行ったんじゃ。この子を学校に行かせてくれとな。だが、半獣人の子というのは何をやらせても半人前だから、無駄だと断られた。
親にもなれず、親の代わりにすら成れなかったんじゃ。儂は剣を教えるくらいしか出来なかった。
しつこく村に行くと、本当のことを知ったんじゃ。悪いのはお前じゃなく儂の方じゃった。
あの骸骨兵士、また来てるわ。関わりたくないわね――。
ありゃオートマタってやつだよ。骸骨兵士ですらない。
呪われた自動人形ってやつさ。なんか企んでるにきまってる。
子供はがりがりだし、どこから拾ってきたかも分からないぞ。
儂はお前の親じゃないと、世間に言ってまわったんじゃ。それをわざわざ言いに来るのはおかしいと言って、また疑われたがの。
儂に出来るのは、脇役に徹することだと思った。お前は自分で自分の道を切り開くのだ。
村に害をなす魔獣が現われれば、まずお前と戦わせた。本当に危ない時にだけ手を貸すことにした。村人がいれば、表に出ずにお前を行かせた。新しい発見はお前がしなければ意味がない。
儂は気付いていた。優しさと厳しさは同じだと――。
だからお前は儂なんじゃ。
お前は骸骨兵士になんて転生するはずじゃなかった――。
『さあ、剣をとれ。最後の修行じゃ』
「……ど、どうして今!?」
なんで骸骨兵士に転生したんじゃ――。
『ほれ、剣は何本でも出せるじゃろう! これで攻撃のバリエーションは何倍にもなるんじゃ。いくぞっ!!』
キィイ――……ン
ガキッ、バキッ
これじゃあ、まるで本物の親子じゃないか――。
『丸い盾を何重にも出せば、完璧な防御壁になるぞ。弓を使うのもいい。なんせ矢は無限にあるんじゃから』
手前は師匠の手元から、あらゆる種類の武器が生み出されるのを見ました。長槍やハンドアックス、分銅や鎖鎌まで御座いました。師匠の武術の集大成を見たようで御座います。
『いいか? ここには何でもあるからといって、マジックアイテムを大量生産するのは気をつけるんじゃ。魔剣や聖槍は、扱いが難しいうえに敵に渡ると面倒なことになる。よくばりはいかん。足るを知れ』
「出した武器は消えない。場合によっては世界のバランスを崩しかねない、という訳ですな。せいぜい薬草にしておきましょう」
『そこはエリクサーでいい』
手前は、師匠の剣を風の用心で吹き飛ばしました。手前は目を疑いました。師匠の動きが遅くなったので御座います。
「スカル師匠……動けないのですか?」
『もうか。まだまだお前と共に修行したかったわい』
「い、逝ってしまうのですか」
『儂は長く生き過ぎた。死んどるけど』
カタカタ
カタカタ。
「師匠は、手前がここに来ることを知っておられたのですか?」
『ああ、儂は脇役に徹していたから、色々手を尽くした。リボンはいいヒントじゃったろ?』
驚きました。あれから百年……どれほど、脇役に徹していたのでしょうか。手前の想像をはるかに越えた諸行と言えます。
「お父さん。こう呼ばせてくだされ」
『馬鹿もの、儂はこの子の親じゃない……儂とは関係ない子なんじゃ……すごくいい子なんじゃ……この子を学校に……この子に……肉を食わせて……この子の友達に……この子の……この子……』
「……」
師匠は動かなくなりました。そこにあったのはただの遺骨で御座いました。そして、時と共に次元の藍色の海へ沈んでいきました。
手前は最後まで、父の遺骨を抱いていました。手前は父を誇りに思います。誰よりも、この父に育てられたことを嬉しく、幸福だと感じたので御座います。
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