魔物捜査官

 魔物と人間。犯罪者と善人。捜査する側とされる側。


 立場が変われば見方も変わる。だが、この国に人間の犯罪者はいない。居てはならない、というのが国王と評議会と、国民の意志だと決まっている。


 体が鉛のように重い。目がくらんで、何が起きたのか分からなかった。闘技場に森や村が見えていた。女の剣闘士が闘技場に飛び込んで、事態が急変した。


 骸骨兵士と彼女が同時に繰り出したチャージアタックは、数倍の威力に膨れ上がった。


 彼女の赤い髪を結んでいたリボンが千切れて何処かに消えていった。インパクトの瞬間、場外に構えていた数名の魔術師は魔法障壁シールドを何重にもかけて攻撃を跳ね返そうと試みた。


 魔法障壁に反射を重ねた衝撃が交互に往き来し、あたりが明滅したかと思うと激しい衝撃波と共に分散した魔力が一帯に散った。まるで最強の矛と盾をぶつけたような状態とでも言おうか。


「――っく、何がおきたんだ?」


「おい、誰か見ていた者はいるか」

 

 炎に焼かれる村は、魔法よる催眠効果によるものだ。ボクには見分ける能力があったから、この職業に選ばれた。


 ボクのような魔物捜査官は常に街に常駐しているが、闘技場という特殊な場所にはボクしか居なかった。


 催眠には掛からなかったが、この衝撃波には一瞬だが意識を飛ばされたようだ。思いきりガツンと頭を殴られたような感覚。


 ほんの少しの間に、闘技場の魔物は一匹残らず姿を消していた。勇者や魔法使いは、衝撃を受けて二十メートル先にぶっ倒れている。

 

「勇者が倒れてる。誰がやったんだ」


 衛兵たちは憶測で話をしている。


「誰って……あの骸骨兵士がやったんだろ」


「でも、どこにも居ないぞ」


「説明しろっ! フレイ。お前なら分かるだろ。目を覚ませ」


「……っ」


 頭がズキズキと痛む。ボクは四年前――兄貴と馬泥棒をして警備兵に捕まった日を思い出していた。


        ※



 警備兵は一瞥もせず無言でボクを白い部屋に通し、テストをすると言った。ボクも兄貴もテストというのは落とすためのモノだと知っていた。


 逮捕されたら必ず有罪になる。無実の人間がこの場所に連れて来られることはない。


 疑われれば終わりだった。だから、教師に名前を覚えられるのは誰だって嫌だったし、近所に誰かが引っ越してきても親密になるには何年もかかった。あるいは何年かかっても親密にはならなかった。


『きさまら擬人化した魔物だな?』


「違います。ち、父親に薬を買いたくて、盗んだんです。本当です」


 兄貴は顔中にあざを作っていたが、そう言い続けた。審問官は膝に棍棒を当てて、執拗に問いただした。誰の差し金だとか、仲間の名前を言えとか。


 ボクたちは、擬人化した魔物……ということにされて殺される。何故なら人間だけの社会に起きた犯罪の九十九、九パーセントは魔物の仕業だからだ。そうでなきゃ困るから。


 王家の唱える理想的な国家では、そうなるはずだった。だが、兄貴はまだ死刑にされることなく牢獄に入っている。話はもう少し複雑だった。


 父親の薬というのは酒だった。ボクの誕生日プレゼントは何だったろう。酒を飲んだ親父のこぶしだ。さっきの衝撃波で、あの時の嫌な感覚を思い出した。


 テストで〈適正能力者〉と判断されたボクだけが、こうして捜査する側の人間としてここにいるのだ。

 

 審問官は言った。『どうしてお前らは、人間なのに人に危害を加えるような真似をするんだ?』と。


 その人間が一番信用できないからだと言っても、それは答えにならなかった。ボクらには擬人化した魔物を見分ける能力があった。特にボクは兄貴以上にはっきりと違いが分かった。


 審問官は怒鳴ったあとに今度はひそひそと話し始めた。『廊下を半分ほど進むと左右の部屋に男たちがいる。人間か魔物か判断しろ』


 テストというのは……人間の入った牢屋を廻り、こいつは人間、こいつは魔物と言って警備兵に伝えるものだった。


 魔物たちはこの円形闘技場に送られ、それ以外の人間は強制労働施設に送られるという寸法だった。


 ボクは無知だった。サン・ベナールほどの大きな街にもこの能力者は片手で数えるほどしか居なかった。


 魔法やアイテムを使えば簡単に分かると思っていた。それに、魔物は人間に化けて街に潜み、女や子供を食べてしまうと信じていた。


『だから、積極的に協力してたってわけか。擬人化する魔物が、同じ形態した人間を喰うわけないだろ。お前なら知ってるはずだ』


 知らなかったと言おうとしたが、直ぐに自分の行動を恥じた。いつ面会に来ても顔を腫らしている兄貴から、直接聞きたかったからだ。ボクは自分じゃ何も決められない臆病者だった。


「……あ、兄貴はどうなる? ボクが審問官に協力しなきゃ、兄貴だって強制労働施設に行くんだぞ。あと一年で出られるんだろ」


 馬泥棒に巻き込んだのは兄貴だった。ボクは腹がたった。兄貴にも、自分にも。面会では声を落として喋っていたが、兄貴は声を強く言った。


『バカ野郎っ。もう来ないでくれ。お前とは兄弟でも何でもない』


「ボクは、真面目に仕事をしてるだけだ」


『王家に献身的だと見せるのが、俺の為だと言うつもりか? 答えなくていい……忘れてくれ。ここの誰も俺を殴ったりしない』


 兄貴は人質だった。だからボクに辛くあたったのは分かっていた。面会に来るたび、兄貴はこう言っていたから分かる。


『お前にはお前の人生がある。もう前に進め。俺のことは忘れるんだ』


「……」


 闘技場が見渡せる広い客席から、グレーのローブを着た演者が見えた。いつかの審問官が着ていたローブに似ていた。


「フレイ。闘技場にひとりだけ、女の剣闘士が立っているだろ。あいつは人間か? 一体何をしたんだ」 


 衛兵はボクのフードを引っ張ってハンス王子の前に連れ出した。石敷きの床には豪華な赤いカーペットが敷いてあった。


 重甲冑を着た衛兵と魔法使いに挟まれた王子は間抜けのように、口を開きヨダレを垂らしてボクを見ている。


「……」


「さあ、王子に答えるんだ」


「彼女が、ひとりで暴走した魔物を消しました。彼女は魔力を持っていません。人間です」


 演者は王子の言葉を待たず早口に叫んだ。


『新しい英雄の誕生で御座います。新しい英雄は何と……まだ、若い女剣闘士で御座いますっ!!』


「……」


 ハンス王子はハッと我にかえってヨダレを拭くと慌てて闘技場をみやった。


 間をおいて観客席から一斉に拍手と喝采が向けられた。歓声が渦巻き、一瞬にして女剣闘士は英雄に祭り上げられた。王子は目の前にいた捜査官に命令した。


「……面白いな、どんな技を使ったんだ。あの女を連れていくぞ。王都にな。お前が彼女の面倒を見ろ。フレイ」

 


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