骸骨兵士

 円形闘技場――。

 

 十匹の魔物は互いの背をあわせ、丸い陣形を組んでおりました。囲むように長槍や弓を持った二十人以上の衛兵が囲んでおります。勇者、戦士、僧侶と魔法使いの四人は散開しております。


 手前どもは互いに庇い、互いに守り、失った眼や腕を補ったのです。衛兵はバラバラに四方から槍を持って襲いかかりました。


「オーク! 後ろっ」


「頭を低くしろ、コボルト!」


 背のあるオーガは、残りの腕を使い飛び交う弓を払いました。遠距離からの弓は、オーガの太い腕に阻まれました。


 幾本もの地面に落ちた矢を、コボルトが拾い集め俊敏なフォックスピッドは矢を投げて衛兵を威嚇しました。


「うう……ちくしょう。誰か、オーガの槍を抜いてやれ」


「くっそっ! 血が止まらない」


 炎が巻き上がり、熱風と共に溶岩の塊が放り込まれました。火炎にはアークデーモンとケルベロスで御座います。


 地獄の猛火に耐えうる彼らは物理攻撃では非力であっても、ファイアボールによる致命傷ダメージは受けません。


 アークデーモンは、溶岩を使ってオーガの傷口を塞いだのです。まるで地獄にいるようでした。 


「グググ……グオオオオオオッ!」


「槍を奪ってやれ!」


 他の属性による魔法はオークドルイドが受け持ちました。魔法使いがマジックアローを放つと、レジスト効果のある丸い盾を使い、術を無効化したのです。この盾はパピィが造った特別性のアイテムです。


 背面に魔法陣が描かれており、魔法を無効化してくれます。手前の最大の弱点である聖霊魔法や浄化魔法を考えてのことで御座います。


 瀕死の魔獣たちは血と悲鳴をあげながらも、互いを守ろうと必死に攻撃を捌き続けました。


 地面を這うフォックスピッドは衛兵たちの足を払いました。彼の素早さは桁外れでした。片目や耳を失っておりましたが、衛兵の動きを察知し出足をくじいたのです。これによって衛兵はうかつに近づけないのです。


 手前は木剣を握り締めました。目の前の衛兵は身軽な手前に槍が当たらないとなると、鞘から鋭く光ったシルバーソードを抜き、三方から手前に詰め寄りました。


 甲冑で覆われた衛兵でありますが、手元と顔は開いております。


 一人目のむき出しの手は木剣に撃たれ、払われました。二人目の攻撃を身をひるがえし躱すと、二人はもつれ合ってバランスを崩しました。

 手前は背中をブーツで蹴り飛ばしました。すると衛兵たちは一緒になって倒れました。


 三人目の衛兵は真っすぐに上から剣を振り降ろしました。これもギリギリで躱しながら、空いている顔面に木剣の柄を突き上げました。衛兵の鼻は曲がり、鼻血が噴き出しました。


「ブッ……こ、こんな速い動きは見たことが無い」


「剣が受け流されちまうぞっ」


『骸骨剣、水の用心にございます』


「引けっ! 引けっ!」


 手前とフォックスピッドによって、地面に倒れた衛兵は甲冑を掴まれ、引きずられて行きました。コボルトは兜や槍、シルバーソードを拾い集め、手前どもに配りました。


 魔法使いがファイアストームのような大量殺戮魔法を使えば……手負いの魔物は一網打尽で御座いましょう。手前どもは十歩と離れず、固まっておりますゆえ。


 

 何故直ぐにそうしないか。計画外の出来事に混乱しているから、だけではありません。観客は皆が、この状況を演出だと信じているのです。


 演者はしどろもどろになりながらも、辻褄をあわせようと必死なれば。来賓席で立ち上がり、興奮しているのがハンス王子ならば、一瞬で終わるような戦術を許さないはずです。


 オーガとオークが二匹づつと、コボルト。ケルベロスとフォックスピッド。アークデーモンとシルフ、そして手前、骸骨兵士。


 再生能力のある手前以外の魔物は、すべて腕や目などに致命的な怪我を負っておりました。特に羽根のもがれた森の妖精シルフの戦闘力はゼロでしょう。


 臆病なシルフは両目の無いオーガの影に縮こまり膝をつきました。手前の隣の牢で、泣いていたのは彼です。


「ハア……ハア……終わりだ……みんな殺される」


『違いますぞ。シルフ殿。これは、初まりでございます』


 シルフは緑色の肌を隠すように震える手を握り、頭を押さえておりました。


『森の言霊は使えますかな?』


「あ、ああ」


 森の精霊と呼ばれるシルフはおよそ戦闘向きとは言えませぬ。唯一の能力は、あの演者より大きな声が出せるだけで御座います。


『手前どもが助かるかは貴殿次第です。威厳ある魔王軍の指揮官を演じてくだされ。間をおいて、ゆっくりと喋るといいでしょう』


「む、無理です。おれってペラペラと無駄話をしてうざがられるタイプなんです。それに、声が震えてまともに喋れる自信がない」


『では、全力で本能に逆らってくだされ。このままでは、全滅です』


「ごめんなさい! ごめんなさいっ! 怖いっ! 怖いんだっ」


『……魔王軍の指揮官は謝りませんよ』


「気分が悪いんだ」

 

『確かに人間は強く、残酷です。ですが、それは怖さの現われでも御座いますれば。人間は魔物を恐れているのです。人間が、冷酷で残忍なのは、恐怖を隠すための塗料で御座います。何も、恐れることは御座いません、貴方は魔王軍の指揮官を演じるのですっ』


「気分は晴れないっ。やだ、無理だ」


『確かにうざいですが、ここはひとつ頼みます』


 辺りを駆け抜ける幾つもの鋼の影が見えました。衛兵の数が倍に増えております。鎖帷子チェーンメイルや鋼の甲冑、剣と槍に火の光が反射して、闘技場の周りからも集められた兵士たちが入ってくるのがわかりました。


 魔獣たちは、なおも武器を取って戦っています。甲冑のぶつかる音、剣の擦れる音、火炎の熱風、黒く立ち上がる煙。


 傷つき、擦れだした声。蹴り飛ばされた頭のひとつしかない番犬ケルベロスは、立ち上がると足を引きずったまま戦いました。


「オーク! さがれ、また後ろにいるぞ」


「矢を払ってくれっ。どうした!? 腕が上がらないのか」


「ウッガアガア!!」 


 瀕死の者の雄叫び、怒鳴り声、罵声。叫び続ける兵士たち。手前の木剣は兵士の喉、籠手、こめかみを素早く打ちましたが、致命傷にはなりませぬ。


「ひいいぃ!」


「死ねえっ!!」


 禍々しいシルバーソードが振り降ろされ、手前の木剣が砕かれました。すかさず、足元に落ちていた磨かれた兜を掴みあげ、兵士に投げつけました。コボルトが、シルバーソードを手前に渡してくれました。


『ありがとう』


「……」


 コボルトはふくらはぎを槍で突かれ、血を流しておりました。かなりの重症でございます。彼の眼には恐怖が蔓延しておりました。


 視線の先には戦士が立っていたのです。棘付きの棍棒をくるくるとまわし、こちらに向かって来ます。

 

 シルフが言いました。


「どうせ……し、死ぬ運命なんだ」


『運命ですと? いいえ、運命は自分で決めるものです』 


 戦士の前にオークは震えていました。血の匂いに混じって恐怖が広がっていました。剣先を受け傷つくように魔獣たちの精神もダメージを負っているのです。


 まともな戦力は手前とフォックスピッドのみのようです。それを危惧した彼は叫びました。

 

『まだ、諦めるなッ! 回復魔法ミンナキーテ!』


 魔法などでは御座いません。無くなった腕が生えてくるような奇跡は起きません。


回復魔法ミンナキーテ!!』 


 自分の命を切り取って他者に分けるだけの行為。


回復魔法ミンナキーテ!!!』


 みんな生きてと叫び、自らの寿命を抉り取り、分け与える自己犠牲。


 フォックスピッドの眼は窪み、四肢は骨だけになっていました。あばら骨は浮かび上がり、毛並みは白く変色していました。


 呼吸は深くゆっくりになり、後ろ脚が痙攣していました。手前は彼を静止しました。


『おやめないさい。それ以上は死にますよ』


『み、みんな……生き……て』


 もたれかかるフォックスピッドをシルフが抱きました。彼の声にならない叫びが聞こえたような気がしました。シルフは立ち上がり両手の指を併せ、山を作るように口の前に突き出しました。


《人間よ!!》

 

 彼は、言いました。観客、兵士、衛兵、王子や街中の人間に届く声で。


《我は魔王ルシファーの名において、貴様らに問う。我らは戦いは好まないっ!》

 

 ざわざわと人間たちの動揺する声が聞こえました。


《どうしても、血がみたいのなら一対一の決闘裁判を申し込むっ》


 来賓席にある篝火の上に王子が見下ろしていました。彼は観客の見守る中、こぶしを突き上げて立っているので御座います。


 そして彼の親指が上に向けられたとき……観声はどっと闘技場を包み込みました。この状況で、魔王の名をだされて断わることは出来ませぬ。


 手前はシルバーソードと丸い盾を持って、真っすぐ前に足を出しました。向かう先に立っている男は、もちろん――勇者でございます。もっとも、本物の勇者では御座いませんので、勝機がありますれば。


 カタカタ……

 カタカタ……。


 手前の手は震えていました。武者震いでございます。矢を一手に受けたオーガ。溶岩を掴んだアークデーモン。這ってでも牙を剥いたケルベロス。瀕死ながら剣をくれたコボルト。フォックスピッドの自己犠牲。シルフの勇気。


『これで……手前が勝てば、観客はどう思いますかな?』


 ですが、演者は無情に叫びました。


「四対四だ! 古来より、決戦はパーティーで行うっ」


『………!!』


 手前の前に、勇者と戦士。後ろからは魔法使いと僧侶が歩いてまいります。こちらにはまともに戦える魔獣は残されておりません。


『はてさて。そう簡単にはいきませぬな』






 

 






 

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