グリフィン
彼女は白いハンカチを出して眼鏡の中に押し込んだんだす。その姿は何故か懐かしい気がしただす。だから優しく話したんだす。
「先っぽの牢屋は見張りの人間がいただすから、仕方ねぇだす。ゴブリンは助けられなかっただす」
「……っすん……っすん」
オラはグリフ。字も書けないし学校も出ていないだす。でも本当は魔界の学校に推薦入学して、エリートコースを歩むはずだったんだす。この円形闘技場を見て、すっかり当時のことを思い出してしまったようだす。
ロザロの街へ来たのは久しぶりだす。他の魔物だったらこんなに速くは飛べないし、街に入ることすら難しいだすよ。
オラ、飛ぶことしか能がないだす。そして余りの速さにオッたまげた鳥貴族たちが、オラを高校に推薦したんだす。
速さだけなら誰にも負けた覚えが無いだすよ。漆黒の弾丸とはオラのことだす。
「骸骨に丸い盾も渡せたし、やれることはやっただすよ」
「……っすん……っすん」
でも……オラ、入学式で名前も書けなかったんだす。そしたら、学長がこう言ったんだす。『こんなバカが、魔界のエリート学校に入れてたまるか』と。
入学式の式場は爆笑の渦に包まれただす。ちょうど、この闘技場の観客と一緒だす。オラは黙ってママグリフの震えた唇を見ていただす。
ママグリフは、その場にしゃがみ込んだんだす。大勢の魔物たちに囲まれて、指をさされて笑われたんだす。オラは辞めてけれと言っただす。そしたらまた爆笑されたんだす。
オラはとんだ親不孝者だすな。わざわざ、田舎から呼び出したママグリフに大恥をかかせてしまっただすから。擬人化していたから、今の泣き虫パピィによく似ているだす。
白いハンカチを出して目ん玉に押し当てていたんだす。ろくすっぽ字の書けねぇバカ息子のせいでポロポロ、ポロポロ大玉の涙を流しただす。
学校なんて嫌いだす。なんでこんなところに来ちまったんだと後悔しただす。オラ、どんなに頑張っても字が書けねえだすもの。
それからは暫くやさぐれて悪い仲間ともつるんだりしただす。真面目に働きだしたのは最近だすよ。正直いうと仕事は、皆と会うまで少しも面白くはなかっただす。
オラは村から、ここへパピィを連れて一気に飛んできただす。しっかりとオラに捕まってるだと言ってパピィを乗せて飛んだんだす。
ぎゃあぎゃあと、うるさかっただす。木々をすり抜け、丘を越え、人間の仕掛けた魔法障壁や簡易トラップをすり抜けて飛んだんだす。見張りの衛兵も気付かないだすよ。
難しいことは分からんだすが、彼女が言うにはオラの飛び方は物理法則を無視してるそうだす。どうも彼女は頭で考え過ぎるところがあるだすよ。
頭を空っぽにして先の先の先を見るだすよ……そう、言ったんだす。
――空でのオラは自由だす。先読みするんだす。するとパピィはこう言っただす。
『……先読みって、他に言い方は無いのかしら。もっとも先読み以外の言い方はないわね。後読みだったら、ただの回顧録ですもの。あなた……もしかして少し先の未来が見えるんじゃないの?』
オラは集中すると先の先の先が見えるんだす。だから黒板に字を書こうとすると頭がぐちゃぐちゃになるんだすよ。
『貴方……バカなんかじゃないわ。例えばよ……グリフ。貴方は人間の攻撃を避けることは出来る?』
オラは逆に聞いただす。避けるだけでいいんだすか? そんなのは朝飯前だす。んだども、戦ったり殺したりするのは嫌いだす。見かけによらず
「牢屋もちゃんと開けたただすし、もう泣かないで欲しいだす」
「……ぐすっ……すん。だって」
闘技場の真ん中でオラはパピィに抱き締められていただす。翼以外は擬人化してるんだすよ。盗んだマスターキーを使って十個あった牢屋を全部開けてやったんだす。
広い円形闘技場を縦横無尽に駆け回り、壁に並んでいる牢屋を開けまくる寸法だす。彼女らしからぬシンプルかつ大胆な作戦だす。
勇者たちは初め、何が起きたか解らなかったようだす。三つ目のカギを開けたときは真上から棘付き棍棒が振り下ろされただす。
ヒヤヒヤしただすが、そのときはもうオラは反対側で四つ目のカギを開けていただすよ。オラを追いかけ回しました勇者は、あさっての方角に走って行っただす。
本物じゃないだすから、ノロマだすね。五つ目のカギを開けたとき魔法使いがマジックアローを乱射したんだす。つぶてのような小さな光が砂を巻き上げただす。
カギ穴にマスターキーを残したまま、いったん左手へ十メートルほど
七つ目になると闘技場の外から衛兵が弓を撃ってきただす。急に難易度が上がっただす。でも牢屋の中のフォックスピッドは刺さったカギを使って自分から牢を出たんだす。
マスターキーはすぐさま隣の牢屋に投げられただす。骨だけの手がしっかりとカギを掴むのが見えたんだす。やっと骸骨のお出ましだす。
マジックアローと弓をかわしながら、最後の牢屋へ飛んだんだす。流石に人間もバカじゃないだす。先の先の先の先がバレていたもんだから、攻撃が集中しただす。
魔法使いのウインドカッターがオラの翼に当たっただす。弓も当たっただす。痛かっただすが、後悔はしかなっただす。
ガチャン。
最後の牢屋には、片腕のオーガのがいただす。オーガはオラを抱えて、引き綱をとかれた野犬みたいに飛び出して行っただす。
オラを丸く囲んだ魔物たちは、庇うように陣形を組んで攻撃に備えたんだす。皆はオラによくやった、でかしたと声をかけてくれただす。
嬉しかっただす。こんなに周りから褒められたのは産まれて初めてだす。パピィは泣く必要は無いんだす。それともオラは……死ぬんだすか。
「死なせるもんですかっ。でも……でも、貴方はもう、飛べないのよ」
「……」
骸骨は振り向いて言っただす。
『パピィ、グリフ殿を連れて逃げてください。真上に飛べば、矢は届かない』
「ええ、そうさせてもらうわ」
パピィは擬人化を解いてハーピーの姿になると、オラを掴んで飛んだんだす。オラは遠ざかる自分の翼に手を伸ばしただす。でも、すぐにお別れを言っただす。
今までオラに自由をくれてありがとう。やっとオラは本当の意味で自由になった気がするだす。こんなに嬉しいことはないだす。
飛べなくても、バカにされても大丈夫だす。オラには一緒にいる友達がいるだすから。オラなんかの為に泣いてくれる友達が。
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