骸骨兵士

 小刻みな突きを幾度となく革鎧に受けておりました。残念ながら貫かれたとしてもダメージにはなりませぬ。


 円形闘技場と地下牢を行き来する暇もありませんでした。食事もメンテナンスも要らない手前のような存在は、開催者側からすれば金のなる樹で御座います。

  

 その男の顔は魚兜で覆われておりました。体は鍛え上げられた筋肉を見せつけるように露出が多く、不完全な鎧と申しましょうか。もう、鎧とは言えません。


 実用的というより演出用だと思われます。腹部や急所をほとんど剥き出しにしているのですから。血が見たい観客を盛り上げるための装備です。


『もともとは騎士で御座いますかな?』


「奴隷だよ。初めから剣闘士さ」


 丸い鉄製の盾から繰り出す短い突き。とても地味な戦いで御座いますれば。


 斬撃はありませんので風の用心は封じられております。かつては手前も盾を持っておりました。長期戦になれば、盾があるほうが圧倒的に有利で御座いますれば。


『忍耐力では負けませんが、観客のブーイングだけは耐え難いですな』


「まったくだ。まさか骸骨兵士がこんなに厄介なモンスターとは知らなかった」


『実戦では必ず魔法使いか僧侶がおりましょう。銀製の武具や聖剣も御座いますれば、大抵の骸骨兵士はイチコロでしょう。あれではモチベーションも上がりますまい』


 あれから五人は倒しましたが、皆さんは決して悪い人間とは言えません。産まれながらにして奴隷の身分にありながら、悲観的な考えをしていないのです。


 手前が無益な殺生を好まぬと知れば、純粋な技術の探りあいが主になりました。勝ち続ければ富や名声、何より自由が手に入ると約束されているからでしょう。


「ハア……ハア……どうだ。俺はまだまだ強くなれるかな」


『見込みは御座います。かなりの訓練を積んできたのが分かります。親切な嘘と、辛辣な事実。どちらが聞きたいですかな?』


「親切な事実で頼む」


『……欲しがりますな。では僭越ながら選評致します。防御からの攻撃がワンパターンでうんざりで御座います。同じ訓練のしすぎで型にはまっておられる。手前なら、そこを突きます』


「やっぱり、そこか……ありがとう。じゃ死んだふりするから宜しく」


 手前が魚兜を軽く突き上げると、剣闘士はフラフラと大げさに武器を放り出して叫びました。


「ああっ、武器を取られたあっ。もう戦えないいいっ!」


 カタカタ……

 カタカタ……。

『可笑しいっ』


 どんな苦難に身を置いても目的を持った剣闘士は魅力的だと感じました。手前も見習わねばなりませぬ。


 亡命した魔物達は人間と共に平和に暮らす世界を築くため、今も頑張っているはずです。一部の人間は我々の味方だと、アンナ様は信じておりました。


 担がれた魚兜は丸盾と、ひとつアドバイスをくれました。


「なあ、骸骨さん。もし夜の部に出るなら気を付けろよ。主催者は冷酷なハンス王子だから」


『……ほう』


         ※



 演者によって、夜の部のプログラムが叫ばれました。手前は闘技場の何たるかが分かっておらぬ愚か者でした。円形闘技場は手前の目の前で、その大きさを変えていきました。


 たったの五試合で、何を知っていると言えましょう。一切の無駄肉を削ぎ落とした骸骨兵士などと称され、いい気になっていたのです。


 称賛を得て……人間の歓声を受け、手前の声が人々に届くのではないか。そんな夢を見ていたのです。

 

 手前のいた地下牢は持ち上がり、倍の広さになった闘技場が見えました。手前のいる檻と同じような檻が壁に沿って無数にあったので御座います。


 檻に入っていたのは……様々な魔物達でございます。


『……!!』


 苔むしたゴブリン、片腕のオーク、目の潰されたオーガ、翼のもげたアークデーモンや、首がひとつしかないケルベロスまでおりました。


 みな傷付けられ、手負いのものばかりで御座います。なかに、片目を失ったフォックスピッドもおりました。誇りたかきアンナ様と同じ種族で御座います。


『……ギリ』


 顎の骨が軋みました。奥歯が割れそうになるほど、手前は動揺していたのです。


 夕闇と共に火が焚かれ、人々の熱狂が渦巻いておりました。勿論、我ら魔物に対してではありませぬ。


「きゃー! 勇者さまぁ」


「がんばれぇ、がんばれぇ!」


「魔物をやっつけろぉ」


 登場した人間に対して……煌びやかに輝く鎧に身を包み、勇者や戦士、僧侶といった英雄たちの姿に熱狂しているのです。


「魔物を殺してっ! 頼んだわよっ」


「きゃー、カッコいい! こっち向いてぇ」


 魔笛が鳴り響き、演者と主催者の声が聞こえました。中央にある豪奢な主賓席には王家の紋章の旗が掲げられていました。ここから席は見えませんでした。


『今宵……勇者一行は、ヴェルファーレ峠の戦いを再現する。峠にさしかかった勇者は、坑道に巣食うゴブリンの襲撃にあった』


 一番の端の牢が開かれると苔むした三匹のゴブリンが姿を現したのです。檻を掴んだ手前の手はカタカタと震えました。


 ゴブリンは知能が低いとはいえ、三十程度の言語を理解する下級モンスターで御座います。年老いたゴブリンを庇うように二匹は勇者の前に出ました。


「道を開けよ! ゴブリンよ。ハンス王子の名において貴様らを成敗してみせよう」


 キィ…キィ……。


 無骨な槍を構えたゴブリンの頭は、風船のように弾け跳びました。血渋きが散る中を、勇者は続けざまに横にいるゴブリンの目を狙って剣を突き出しました。


 剣先をかわしたゴブリンの頬は裂かれ、耳が跳びました。恐怖に臆したゴブリンは、槍を手から離し……よたよたと尻をつきました。


 観客から、どっと笑い声が響きました。歓声のなか、巨体の戦士が棘付き棍棒を振り上げ、くるくると回しました。


「キャー、戦士さまよっ」


「すっげえ、カッコいいっ」


「いーけっ! いーけっ!」


 立ちなさいっ……立って槍をとるのです……手前の声は届きませんでした。


 もし肉体があったなら、震える拳からは血が滴り落ちたでしょう。手前の腕は鉄格子を、力強く叩きつけていたのです。何度も、何度も。


 ゴブリンの顔は一撃で打ち砕かれました。残った老体は哀れでした。逃げ惑う暇もなく、魔術師の的にされたのです。ウインドカッターで足を斬られ、マジックアローで指を跳ばされていました。


 手前は目を背けたくなりました。膝を付き、これが夢であって欲しいと願いました。


 周りの牢屋からは、唸り声と荒い息づかいが聞こえました。闘技場とは……魔物を処刑するための場所だったのです。


「ハア……ハア……ハア……もう駄目だ」


 隣の牢の住人は手前に言いました。「一匹残らず殺されるんだ」


『み、みな殺しにするのですか』


「ああ……みんな殺される」


 これほどの魔物を捕らえて、毎度のように殺すことが可能でしょうか。手負いの魔物は、命乞いなどしませぬ。


『そんなはずが……』


 魔物が実戦で捕虜になるようなことはありませぬ。あの剣闘士と同様、最後まで戦い…死を選ぶはずです。

 

『そんな……はずが……』


 手前には、分かってしまいました。この檻にいる魔物たちは……かつて、人間を信じ……真の平和を望み……亡命を果たした者たちだと。


『そんな……あって……たまり……か』


 全てが、全ての命が…人間の、このような道楽のために、つかれたウソだったのです。地下組織として死んでいった同胞も。すべてが仕組まれた罠だったのです。


 アンナ様っ!!


 手前は……手前はどうすれば貴女を守れましょう。こんな、こんな卑怯で残酷な……人間から。


 手前は――。


 立ち並ぶ牢屋からは、嗚咽と泣き叫ぶ仲間たちの声が聞こえました。お互いの呻き声だけが、生きているという証だというかのように。

 

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