人面鳥パピィ

 夜中にノックする音がしましたわ。まだ薬屋は開店しておりませんので、不審に思いました。


 夜中にノックをするような不審人物に、わたしが不審に思っている不審者だとわれないように……人間を不審に思っていない感じでドアを開けることにしました。


 ええ、わたしが村一番の不審者パピィです。


「起こしちまっただすかな」


「あら……どこのイケメンかと思ったら。よくこの店が分かったわね、グリフ。ちゃんと住所を教えてなかったわよね」


 いかした黒革のジャケットを着た彼は、荷物を置いてニヤニヤしていたわ。自慢気な顔といったらいいかしら。


「配達員を舐めちゃいねだすか?」


「ふふっ。さすが……わたしの友人くん。情報収集はお手の物ね」


「村中の人に聞いて回っていたら、こんな夜中になっちまっただす。結局、村長までたどり着いただよ」


「ぶっ……」


 部屋中に魔術の本が散らばっていて、椅子やテーブルを占領していたので少し片づける必要があったわ。


 床には羽ペンとインク瓶が転がっていて、色々な大きさのビーカーが並べてありますのよ。


 中に案内すると、彼はくたくたの表情で椅子に座りましたわ。地道なやり方なうえ、村中に彼の顔と変な噂が知れたと思うと呆然としたけど。


 彼の仕事やりかたを否定するのも悪いと思ったわ。どうせ言っても分からないし。


「新しい呪術を試してるんだって? そんで、何か分かっただすか」 


「ええ、色々。まず、夜中のわたしの頭脳は凡人以下ってことが分かったわ」

 

 グリフは肩をあげて応えた。 


「……もしかして、ずっと寝てないんじゃないだか? 顔色が悪いだすよ。あんたは、何でもヤリ過ぎるところがあるだす」


 まあ、ヤリ過ぎる女だなんて言ってくれるじゃない。彼が女性を褒めるのが上手なのは知ってるけど、寝不足で娼婦のような顔をしたわたしに夢中になられては困るわ。彼のこころをボロボロにしちゃうかも。


「少し横になって休むだすよ」


「そっ、そんな安っぽい文句には乗らないわ」


 どうしましょう。家に来ていきなりベッドに誘ってくるなんて。さすが自称プレイボーイですわね。


 本気で口説いても……彼を受け入れられないわ。二階にはアンナ様も猟犬わんこも寝ているんですのよ。


 わたしは彼の気をしずめるように鎮静効果の高い温かいハーブティーを出しましたわ。


 発汗作用もあって体を温めるけど、逆に火照ってきたら困るから冷たいお茶も一緒に用意してあげるわよ。仕方ないわねっ。


「挫折したっていいだすよ」


「はあっ!? 何ですって……挫折なんてしてないわっ」


「周りの仲間が手を差し伸べようとしても、本人が認めないんじゃ無理だすな」


「わたしは挫折なんかしてないのに、認めろっていうの?」


「ああ、それが挫折だす」


「ぶっ!」


 真夜中にリア獣と話していたらおかしくなるわ。学生時代に彼らがお酒に酔いしれていた時も、わたしだけは知識に酔いしれていたわ。

 

 こんなことじゃダメ。


「さあ、配達した荷物を見せてちょうだい」


「鳥使いが荒いだな」


 グリフは大きなバッグから、コウモリの羽やゴブリンの爪、魔女の帽子や緑色の水晶を出したわ。その他もろもろよ。


 最後にだしたのは、一番のお目当て……竜の鱗ですのよ。


「よく手に入ったわね」


「配達員を舐めちゃいねだか?」


「ふふっ……うざいわね。そのやりトリはもう、結構よ」


 骸骨があっさり兵士に捕まるまでは想定内でしたわ。それにしても早かったけど。


 あるいは、兵士に襲われてバラバラにされてくれれば良かったのよ。よほどの粉砕骨折か聖水で溶かされない限り、どうせ再生するんだから。


 地下牢の見張りも追い払ったし、鍵は見える場所に置くよう手をまわしたっていうのに、彼は脱獄しようとしなかったわ。


 骨抜きにされたわけじゃなく、それが彼の反骨精神だっていうのは理解できるわ。


 なら、わたしは彼が人間と友達になれるように姿を変えてあげるわ。この天才的な頭脳でね。MPは十五しかないけど、心配無用よ。


 この緑の宝玉を使って変化へんげの指輪を作れるはず。それで駄目だっていうのなら魔力が無くても魔法が使える魔女の帽子ね。


 竜の鱗があれば、人の目を惑わす魅了チャーム効果のある竜鱗の腕輪が出来るはず。いっそ全装備で、どうかしら。


 ここまで御膳立てされたら彼も骨身に沁みるはずね。骨トークが、くどいかしら?

 

 わたしがすり鉢やビーカーを使って調合の作業をしている間、グリフは魔術書をパラパラとめくっていたわ。


「……」


 その後は、ずっと口を開けたまま壁を見ていたわ。間抜けのように止まったまま。正直、少し邪魔だったわ。


「……な、何をしているの?」


「ああ、オラはさっき読んだ本を整理していただす、頭の中で。お邪魔だすか」


「いいえ、構わないけど。わしは仕事してるから」


「こうしてるのが好きなんだす。迷惑なら、言って欲しいだす」


「とんでもないわ、迷惑だなんて。ゆっくりしていってくれていいのよ」


「仕事中は私語厳禁だすよ」


「……え、ええ」


「あの骸骨だすが、もう村の地下牢にはいないだす」


「なっ!? なんですって」


「さっき村長に聞いたんだす。逮捕報告がロザロの街の隊長までいってしまったから、今頃は街にしょっ引かれているだす。そんでもって闘技場送りにされるっちゅう話だっただすよ」


「……」


 くらくらして、わたしはその場に倒れましたわ。何日も頑張って立てた計画が骨折り損になったんですもの。


 どうして一番最初にそのことを言ってくれなかったのかしら……問いただすだけ無駄ね。お互いに疲労が溜まっていたんですわね。


        ※



 目が覚めたのは、ほんの二時間後くらいでしたわ。猟犬わんこの鳴き声に起こされて自分がソファに運ばれていたのに気づいたのですわ……三人の声がするわね。


 ワンワン!

 ワンワン!


「何? ガルちゃん」

「その薬品が、落っこちるから気を付けるだすって」


 ガシャーン……。

 ワンワン!

 ワンワン!


「な、なあに? ガルちゃん」

「だから言ったのに。いってないですけど……と言ってるだす」


 造りかけの薬品の匂いが部屋中に溜まっていて、目がショボショボとしたわ。わたしは飛び起きてテーブルを見ましたわ。

 

 自分の眼を疑いました。ピチピチの服を着た十八歳位の美しい娘さんが、尻もちを付いて座っていたのです。


 こぼれ落ちそうなおっぱいに白くてながい太ももが伸びていましたわ。赤いサラサラの髪で――アンナ様の小さな服を着ていましたわ。


「念の為に聞きますが、どなた様で?」

「わたしなの、わたし、アンナなのっ」


 薬指で眼鏡を吊り上げ、わたしは言いました。


「興味深い。やっぱり、わたしは天才だったわ」


 ワンワン!

 ワンワン!


「何? ガルちゃん」

「おっぱいがデカいって言ってるだす」


「おすわりっ!」



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