012 スパイシーチキン

 目の前で解体されたオオヒスイドリの肉が香ばしい姿を披露している。めちゃくちゃ美味そう。匂いだけで涎が出る。隣に座ったクレアもそわそわと肩を揺らしている。何せ俺たちは途中の街道からひたすら全力疾走だったのだ。疲れているし、お腹はペコペコだ。

 手助けしてくれたエルフの青年はユーゴールードの森のカフェを経営していた人らしい。賭に出て正解だったようだ。

「えっと、ミルズ様と仰るのですね」

「ミルズで構いませんよ、お嬢さん。さあ、温かいうちに食べましょう」

 クレアが丁寧に礼を述べるが、青年は穏やかに流した。代わりに俺たちの前に香辛料たっぷりに焼かれたオオヒスイドリの手羽がある。

「さあ、どうぞ」

「いいんスか。あんたが仕留めたのに」

「他の皆にも配っていいのでしょう? 新人たちにはごちそうですし、今日はこの様子ではカフェは厳しい。時には御飯処に変わってもいいでしょう」

 本気で言っているのか、にこにこと笑みを絶やさない。つられて俺も笑顔になる。

「いただきまッス!」

 かぶりつくと口の中に柔らかな肉の味と香辛料の辛みが広がる。いくつでも食べられそうだ。二個目三個目と手に取ると、正面からやさしい表情で見られているのに気づいた。

「あ、お、がっつきすぎた、ッスか?」

「モッ君、がんばってくれたからねえ」

 クレアがフォローしてくれたけど、恩人に失礼だっただろうか。

「いいや、美味しく食べてくれるのは嬉しい。でも他の皆のも少しは残しておいてね」

「……はいッス」

 小さく返事をしながら顔が赤くなるのがわかった。

 恥ずかしいが、旅の途中は保存食が多かったこともあって、特に美味しかったのだ。クレアも美味しそうに食べている。周囲に目をやれば、採集に来ていた新人冒険者やカフェに来た客がオオヒスイドリの肉を焼いていた。料理人が元々作っていたデザートを持って周囲をうろついている。今日は仕事にならないと言っていたが、作っていたものを無料で放出させてしまったようだ。

「なんだか迷惑掛けてるね、私たち」

「そッスけど、俺たちも死にかけるところだったから……。後でなんか出来るか聞いてみる?」

「だね」

 手は肉を掴みながら、俺たちは頷いた。


 食べ終わってからミルズに何か困っていることはないか、申し出た。これからハクライの街に行く予定だと伝えた上で。

 おそらく特に困っていることはないのだろう。あっても俺たちに頼む感じではない。でも俺たちに変な恩を売りたいわけじゃないから、何か考えてくれようとしている。

 いい人だなあと思う。しかも肉の余りを包んでくれた。確実にいい人だ。

「うーん、じゃあ、……ニッツ村に寄ってクレメンスていう魔族に伝言お願いしようかな」

「クレメンス! ハクライじゃなくて村ッスか!」

 ミルズの表情が疑問に変わる。

「あ、クレメンスさんはモッ君の叔父さんなんです。私たちも捜していたので逆に助かります」

「俺も会ったことはないっス」

 予想外なところから情報をもらった。てっきりハクライの街に居ると思っていた。

「あー、だからその角、……似てるね」

 大きなぐるぐるの角は俺の自慢だ。どうやら角は似たような形らしい。

「じゃあ、クレメンスに、『カトラリーセット追加』と『魔王国に一度里帰りしておいで』と伝えてきてくれる?」

「はいッス! ……って、いいんスか」

 父から叔父を見つけたら一度帰ってきて欲しいと言われている。ミルズは、そんなことだろうと思った、と苦く笑う。

「あいつ、引きこもりだからな……」

 君と正反対だよ、と呟かれた。

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