009 甘味試食会Ⅱ

 ユーゴールードの森で採れる食材でのお菓子作りは全然構わない。でも、こう、時々無性に他のものが食べたくなる。だから前回お休みで戻ってきたマリンに次までの食材の準備をお願いした。

 マリンとは《スイーツジャンキー》を創る前からの冒険者仲間だ。共に甘味好きということで意気投合し、一緒に依頼をこなして、私の夢を応援してくれた。お店をやりたいという夢を。そして皆に笑ってもらえることが楽しくて仕方ない。

 お願いした食材は、オオワシヌシの卵、チェリーベリー、シュシュラの実の三つだ。他にも細々と持ち帰ってくれたが、それはおまけ程度。後でクッキーなりジュースなりに化けさせよう。

 オオワシヌシの卵は普段使っているコッコの卵よりも濃くまろやかな味がでる。ただし猛禽類のオオワシヌシはなかなかに凶暴で卵を採ってくるのは結構大変なのだ。新米たちにやらせた、とマリンは言っていたがうまく指導したようだ。チェリーベリーはクランクラ村の特産品だ。比較的手に入れやすいが、ユーゴールードの森の近くではない。商人に頼むのもよいのだが、マリンに依頼した方が早いのだ。そしてシュシュラの実は背の高い木になる実だ。白い硬い殻に包まれている実はほんのり苦みがある。

 卵はプリンに、チェリーベリーはケーキに、シュシュラの実はサンドに。どれもおいしく出来たと思う。時には趣向を変えて、とダグたちに試食会のことを伝え、マリンにも残ってもらった。言わなくてもマリンは残る気だったようだが。


 試食会は皆を驚かせたが、概ね楽しんでもらえているようだった。いつも不揃いクッキーを買ってくれているセーラとソラノもマリンに連れられて席についていた。あの子たちは孤児だと聞いたけれど、逞しく日々を生きている。ただし採取だけでなく、そのうち戦闘の指導もしてあげられればよいのだけれど。現状そこまで手が回らない。

 今代の魔王は友好派で貿易を積極的にしてくれているし、世界の澱から生まれる魔物狩りにも協力してくれている。魔物は狩らないと世界の均衡を崩す。そのための冒険者だ。生活に困窮して冒険者になるものも多い中、その指導がなかなかうまくいかないと聞いている。私は単に甘味を求めて世界に出たかっただけのはぐれものだけれど、村を出てよかったと思う。それに冒険者となって、女性たちと語らうのも楽しかった。時々やりすぎて男性に怒られてしまうけれど、相手がいる子には微笑むだけだ。

 私を紹介してくれ、と声が聞こえたのはマリンのいる一角だった。

 何度も店に来てくれている同胞のエルフだ。その前にも顔はなんとなく見たことがあるが、ちゃんと話したことはない。後ろから寄っていくと、どうやら私のお菓子を気に入ってくれたらしい。相当な熱の入った感想をもらった。

「そんなに気に入ってくれたのですね。嬉しいことです、旦那様」

 にやつきそうな頬を引き締めて話しかけると、同胞はびくりと肩を揺らした。

「こうやって対するのは初めてですね。クラン《スイーツジャンキー》のマスター兼喫茶ベリーベリーの店長で、ミルズです。よろしくお願いします」

「お、おお……。クラン《夢路を往く》の弓術士のジェイドだ。いつもうまいお菓子をありがとう」

「お口に合ったようで」

 つい微笑んでしまった。ジェイドは何故かびっくりした顔で、けれど後頭部をかきながら視線を泳がせる。

「ミルズー、ジェイドはハクライの街を拠点にしててね、時々会うんだ。こないだのミーナちゃんに預けてたお菓子もお裾分けしたんだよ」

 ひょこっとマリンが寄ってくる。

「あ、ああ。あれも美味しかった。なあ、ミルズ、と呼んでいいか?」

「もちろん。同じエルフの同胞として、否やはない。私もジェイドと呼ばせてもらうよ」

 なかなか故郷を飛び出す同胞はいないのだ。皆静かに自然と過ごす方がいい、と言う。戦闘が得意ではない子も多いので仕方ないことでもあるが、今まで出会った同胞は両手で足りるくらいだ。

「今回は珍しい食材でお菓子を作ったと聞いたんだが……」

「そうだね。食べたくなってしまったので、マリンに我が儘をきいてもらった」

 隣でマリンは自分も食べたいから全然いいの、と給仕服のままシュガージュースを飲んでいる。

「もし俺が食材を何か持って行っても、お菓子を作ってもらうことは出来るだろうか」

 それは願ってもない申し出だ。新しい食材は嬉しいし楽しい。けれど実際出来るかというと、他のお客様との兼ね合いもある。

「……食材にもよるが、先触れをいただけるならば」

「それもそうだな。いきなり行っても難しいよな。時間がかかる場合もあるしなあ」

 苦い私の答えだったが、ジェイドは急にシャキッと背筋を正した。けれどその瞳は嬉しそうである。

「いいのか?」

「何がだ? 断られると思ってたからその答えで十分だ。そのうちなんか持って行くよ」

「あ、その時はあたしにも声かけてよ! ミルズのお菓子はあたしのものなんだから!」

 なんだか彼は尻尾を振る犬のように見える。そして犬にじゃれつく猫のマリン。

「お前はいっつも甘味食べてんだからいいじゃないか!」

「えー! ひどーい!」

 二人の会話に自然と口角が上がる。

 新しい出会いに、美味しいお菓子。とってもよい。

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