008 甘味試食会Ⅰ
いつもより遅い開店に、喫茶ベリーベリーの前では数人の待ち人がいる。皆、遅いなと思っているのが丸わかりだ。その姿にニヤニヤとしながら、あたしはお店の扉を中から開ける。
「お待たせしました! 本日は特別に試食会を開催いたします」
ミルズに依頼された食材を採ってお店に行くと、彼女は仕事の後に厨房にこもり始めた。ダグとイレーヌはびっくりしていたが、前にもあったことなので少しするといつもに戻っていった。今回彼女に頼まれたのは、オオワシヌシの卵とチェリーベリー、それにシュシュラの実だ。
オオワシヌシの卵は今の時期、川沿いの崖などで巣を作っているところを強襲した。チェリーベリーは護衛の依頼先にある街の特産なのでたくさん買ったし、採ったし、もらった。そしてシュシュラの実は白い硬い皮に包まれた丸い実だ。オオワシヌシの巣の近くにシュシュラの樹があるという情報をもらっていたので、新人冒険者を引き連れて木に登ってもらった。報酬はあたしからの冒険者の心得だ。
というわけで持ってきた食材を渡すと、ミルズは新作スイーツで頭がいっぱいになったようだ。満足した顔で、試食会をすると宣言した。
ミルズが作ったのはオオワシヌシの卵を使ったプリンと、チェリーベリーを合わせたケーキ、そしてシュシュラの実を使ったクリームサンド。飲み物にはいつものシュガージュースにシュシュラの実を削った物を浮かべたり、チェリーベリーをのせている。
「どうぞ、好きに手に取ってください」
ダグやイレーヌと一緒に促すと皆がそれぞれ動き出す。
「本日は私の我が儘で開店が遅くなって申し訳ありません。この付近で取れる食材ではないのでいつもは無理ですが、時々は違う食材で遊びたいと思います。本日来店いただいた皆様と私たちの特別メニューですよ」
にこっと笑ってミルズが優雅に礼をとれば、皆も嬉しそうだ。
少し遠くの方に困った顔をした少女たちを見つけて手招く。新米冒険者の子たちのようだ。まだ十歳を少しすぎたばかりだろう。細い少女たちの手にプリンを持たせると、そのままテーブルに座らせる。
「あの、お金……」
「いいの。今日はお店の試食会だからね。誰からもお金はとってないのよ」
「ほ、本当、ですか?」
「本当よ。いっぱい食べてね」
二人の頭を撫でるとはにかんだ笑みをくれた。
こういう新米の指導もついでにしてあげればいいのかもしれないけれど、普段あたしは店にいない。クランメンバーで戦えるのはあたしとミルズだけだけど、もう一人くらい交代で店にいるメンバーを引き込むべきか。そうしたらあたしはもっと店に入られるし、冒険者として無駄死にする若者も減るだろうか。
「マリン。おい、マリン!」
乱暴に肩を叩かれ振り向くと、ジェイドが居た。この男は本当にうちの店がお気に召したのだな、と思うとなんか可笑しい。
「ミルズに紹介してくれ。あと俺が食材持って行ったらうまいもの作ってくれるか?」
「紹介はいいけど。作るかは知らないよ。自分でお願いして」
眉間に皺を寄せたものの、ジェイドは頷いた。笑いそうになるのを堪えながらお菓子の感想を尋ねる。
「ミルズのお菓子はおいしいでしょ?」
「すごく美味い。オオワシヌシの濃厚プリンもチェリーベリーのケーキもよいが、クリームサンドが俺の口にすごく合う。甘すぎないクリームの中に荒く砕いたシュシュラの実がアクセントになっていて面白い。荒く削ってはいるけれど、それも大きすぎず小さすぎず口当たりを邪魔しないのがいい。あと、シュガージュースはチェリーベリーが乗っているのと飲むとちょうどいいな。甘いから」
眉間の皺は一瞬で去ったらしい。ジェイドがうっとりとレポートをあげてきた。もうそれでお金取れるのでは、と思えてきた。
「そんなに気に入ってくれたのですね。嬉しいことです、旦那様」
ジェイドの背後から見た目はいつも通り涼やかに、ミルズが現れた。
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