二章 やってくるお客様

006 人形焼き

 星降る森の特徴はユーゴールーの存在だと思う。

「ということで一つ頼む」

 開店前の喫茶店に押しかけ、店長に物を押しつける。麗しい顔の人に目を眇められるとめっちゃ怖いというのを、いま体験している。朝早いとはいえそこまで早くもないと思うのだが、店長の反応は鈍い。

「あー、ミルズさん。ミルズさん、駄目ですよ。目をつぶらないでください」

 イレーヌちゃんが店長の体を揺さぶる。彼女の寝起きは悪い。この店が昼からなのは、それが理由の一つでもある。仕方なく、ダグ君が奥へ行き、何かを取ってきた。水が入った瓶だろうか。それを店長の首に当てると、彼の体全体が跳ねる。

「冷たっ!」

「ミルズ、クレメンスさんだよ」

 ダグの方を振り返り、そして僕の方に振り向いた。状況を理解したのか、珍しく照れている。

「忘れてくれ、クレメンス」

「覚えておくよ、店長。それでこれなんだけど」

 今度は睨まれずに受け取ってもらえた。星降る森にあるカフェというだけでもインパクトはあるが、折角ならばこの森ならではのものを提供したらどうか。そう思って作ったのが、ユーゴールーを模した焼き型だ。魔法鞄からもう一つ包みを取り出す。

「味は無視しろ」

 包みを躊躇なく開けて、取り出した物を凝視される。ユーゴールーの焼き型を使い、粉を練ったものを焼いた。それだけで垂れた耳のユーゴールーが首をかしげる姿が出来上がる。粉を練っただけなので味はない。

「かわいいな。いいんじゃないか」

 ダグが吟味している店長の横から感想を漏らす。

「……さすがユーゴールーの愛で隊長」

 店長からは微妙な賛辞をいただいた。しかし目が楽しそうなので気に入ってくれたのだろう。

「でも一つだけじゃな。そろそろ少しずつ内装もそろえようと思ってたから、相談かな。あの置物、欲しいと言ってくれる人がいるんだ。売らないけど。代わりにユーゴールーのカトラリー作ってくれないか」

 スプーンとフォークの持ち手に加工をし、カップやソーサーにユーゴールーの絵を入れる。焼き印の型も作ってクッキーに押したい。持ってきてくれた焼き型はあと二種類くらい欲しい。

「あとは店の看板を」

 今はただ大きな板に書いただけだ。それを可愛すぎない感じで装飾したい、と。店長の野望が大きい。

「一気には出来ない。順序をつけてくれるか」

「そうだね」

 そうして午前いっぱい使って店の内装の算段をつける。今はほとんど既製品で賄っている。それをオリジナルの物に、というのは心が揺さぶられる。


 そろそろ店を開けないといけない時間が近づいてきたので、話を締める。ダグとイレーヌは店内の掃除や厨房の準備で忙しく働いている。邪魔になるわけにはいかないだろう。

「じゃあ、出来たら連絡する」

「ああ。えーと、ちょっと待って。ダグ!」

 席を立つと、ミルズが奥に声を掛ける。はいはい、と厨房から出てきたダグが皿に何かを盛って出てきた。

「さあ、どうぞ」

 首をかしげるユーゴールー。その周りに金平糖と食べられる花の蜜漬。かわいらしい、女の子が好きそうなスイーツだ。ごくりと喉を鳴らすと、ミルズからはフォークを持たされる。

 自分で作ったとはいえ、どこからユーゴールーにかぶりつけばいいのか迷う。ええい、と頭からカプリといくと、中から仄かな酸味と甘さを感じた。スカイベリーのジャムが入っている。少し酸味寄りだけども、その後に金平糖と蜜漬を口にすることを考えればちょうどよい。

「さすがユーゴールーの愛で隊長」

 幸せを感じる僕に店長がクスクスと笑う。この店をユーゴールーでいっぱいにしようと心の中で誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る