004 《スイーツジャンキー》
ハクライの街の冒険者ギルドは相変わらず人が多い。賑やかでいつも祭りのような雰囲気は嫌いではない。寧ろ好きだ。ついつい尻尾が揺れる。
「ミーナちゃーん、はいこれ」
ギルドカードを出すと受付のミーナは確認して返却する。
「マリンさん、お疲れ様です。護衛依頼達成です。あと魔物化したイノシシの討伐も確認しました」
「そっかー、ありがとー!」
「次はどうしますか?」
「五日くらいお休みしてからまた来るよ。いい?」
一月ほどずっと働きづめだったのだ。少しくらいゆっくりしてもいいだろう。
「わかりました。休暇中の連絡先だけ教えてもらってもいいですか」
「あー、また星降る森にいるよ。《スイーツジャンキー》のハウスがそこになってるからさー。ミルズとダグ君においしいもの作ってもらうんだー。そんでイレーヌちゃんに給仕してもらうの。あー、楽しみー!」
《スイーツジャンキー》はあたしの所属する冒険者クランだ。発起人のミルズを首魁として甘味狂いによる甘味研究と甘味の布教が目的である。店を始めてからはミルズは冒険者活動は控えめだが、代わりにあたしが食材探しとギルドへの貢献を担っている。あたしは食べるしかできないし、店の中でおとなしくしてるのも難しい。適材適所というやつだ。
「あ、ミルズさんからこちらを預かってますよ」
ミーナが思い出したように手を叩き、奥からラッピングのされた袋を取り出した。
「かーわいーい!」
ピンクの布と赤いリボンでまとめられたそれ。渡してくれたミーナがじっと目で追っていることに気づく。
「……ミーナ?」
「……え! は! あ、すみません!」
甘い匂いがしているのだ。同じ猫獣人のミーナには中身が予想できるのだろう。
「いいよー。でもちょっとだけね」
真っ赤になるミーナに笑いながらリボンを解けば、ふわりと広がるスカイベリーの香り。スカイベリーのジャムとバタークリームを挟んだクッキーを手に取ると、ミーナの目が固定される。にやにやと笑いながら、クッキーをミーナの口めがけて突っ込む。
「モゴォッ!」
次いで自分の口にも放り込む。
甘酸っぱいベリーとクリームがクッキーの生地にも移っていて、舌触りがなめらかだ。なんというか、もう美味しい。美味しいしか感想がない。
「おいしい……!」
ミーナが頬を手で包み込む。
「うんうん。美味しいは正義だね。ミルズにも言っとくね」
甘い匂いをギルド内にさせていたせいか、背後から他の甘味スキーが狙ってきたようだ。
「マリン。それベリーベリーのか。俺にもくれ。ください!」
手を差し出して真正面からお願いしてくるところは嫌いじゃない。でもこいつは猫獣人でもないし、クラメンでもない。
「ジェイドが《スイーツジャンキー》だったらあげたんだけど、残念。てかお店に来てくれたんだね。ありがとー!」
ジェイドはこのハクライの街に居住を持っている冒険者だ。星降る森から一番近くの街だけあって、知っていたらしい。
「それ、クラン名か? 確かに麻薬のように常習性がありそうだったが」
「素直に美味しいと言いなさいな。仕方ないなあ。ここで声をかけてきた度胸とお客さんてことで一つだけね」
綻ばせた彼の口にミーナと同じように力任せに突っ込むと、噎せながらもおとなしくもごもごし始めた。食べ終わるまでしゃべらないのは行儀がよいことだ。
「うまい」
感動した様子で手に拳を握る。そんなに気に入ったのか。
「だが、店では見なかった気がする。それに味も店よりうまい気がする」
「ミルズの作品だからね。あの子の方がダグより腕いいし。何より甘いもの一番欲してるのあの子だし。店にいたでしょ? エルフの子」
「ああ……」
微妙な顔をするのは自分もエルフだからなのか。
「ミルズは自分では自分のためにしか作らないからね。仲良くなれば作ってくれるかもね」
「そ、そうか……」
そこで悩むところはなんなんのか。これからクランハウスに戻るので、ジェイドには手を振っておいた。またお店で、と声を掛けたけれど思案顔のまま固まっていた。
ジェイド、そんなにミルズと仲良くなりたくないのかよ。
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