俺、勇者らしいのですが肝心の異世界に行けません

@elechana

第1話 最強デンパちゃんと勘違い

 いつもと同じ学校からの帰り道を、いつも通りに歩く。他の生徒を次々抜いて停車したバスも無視してどんどんと。

 急ぎの用事などはなし。塾なんかも行ってない。ただ家に帰ってのんびりして適当にゲームをするだけだ。


 澄ました顔を作ってちんたら歩く男子どもを抜き去る。わざわざ自転車を押して歩く意味がわからない。そんなにお喋りが楽しいのか。


 一段とすまし顔を際立たせる。そう、俺は一人がいいんだ。全然羨ましくなんかないんだ。友達だってちゃんといるんだ。みんな部活で青春を謳歌してるから俺は一人で帰ってるだけで。……やっぱボッチ辛いっす。


 高校に入学してはや一か月。友人たちとは違い、俺は放課後を謳歌すると宣言して部活に入らなかったことを本気で後悔し始めた今日この頃である。いやぁ理想と現実ってのは中々に厳しいものだ。

 最初こそ一人で繁華街をうろついてはみたが、ナンパする器量はなし。ゲーセンに入り浸ろうとするも、元々クレーンゲームもアーケードゲームも興味はない。繁華街は複数人で行く方が楽しいとの俺的結論が出てしまってからは、家に直行するように。友人だけでなく、親兄弟にまで宣言をした為に毎日笑い者にされてしまって、俺の高校デビューは空しく散っていた。


 家までの最短ルートを逸れることなく辿って、出てきた河川敷に伸びる遊歩道をすたこらさっさと歩く。


「今に見てろ。ぜってーリア充満喫してあいつらみんな平伏させてやる」


 夕陽にもなっていない太陽と、緩やかにうねる水面に今日も今日とて誓いを立てる。


「もしっ、そこのお方っ!」

「まずはオルコネのおともだち欄を女の子でいっぱいにして……」 


「もしっ! あのっ、そこのお方!」

「次に毎日女の子と一緒に帰るんだ……」


「も、もしっ! ちょっと待って、早い、から!」

「あー、毎日違う女の子と、いや別に一対一じゃなくても……」


「お願い止まってっ! え、なんで走ってるのに追いつか、な、はぁはぁ」

「ハーレム下校? 流石にそれはなぁ。周りの目とか――ぐへぇあおっ!?」


 突然に背中を突風が襲う。あの巨大扇風機が準備運動を終えて、フルマックスで突然煽ってきた感じ? いや、やっぱ芸人ってすげぇんだな。


「――じゃねぇよっ! イッテェなにこれイッテっ!」


 突如発生したらしい突風は俺を容易に浮き上がらせ、俺は盛り上がった歩道を外れてどんぐりころころどってんこ。転げ落ちた先で顔面着地と相成った。起き上がろうともがいてみるも、あちこち痛くて喚き転がるのが精一杯だ。


「も、申し訳ございません! 今、回復を」


 痛みに苦しむ中、まるで天使のような清らかな声が耳を通る。これも不幸中の幸いと言えるのだろうか。だがしかし何故だろう。初めて聞いた気がしないのは。


「まさか、運命の出会いとかってや、つ? ……あれ? 痛くなくなった?」


 何とも美しい声に魅了されている間に、体の痛みが消えていく。飛び跳ねるようにして起き上がった俺が見たのは、自分の状態ではなく、


「どこかまだ痛むところはございませんか?」


 とても心配そうに顔をくしゃりと歪めて尚も美しい、少女の顔。あまりに綺麗な灰とも銀とも言えぬ髪。ザ・心配が浮かんでいる大きな瞳は晴天を湛え、少しばかり開かれた唇は薔薇を凌ぐ。


「あ、えと、大丈夫」

「それはようございました――」


 半ばなんて言えない。茫然としながらとりあえず言葉を紡ぐと、絶世の美少女は安堵に表情を綻ばせ、白く美麗な両手を合わせて吐く息と共に言葉を零していく。


「――──


 一瞬伏せられた後に開かれた瞳は、真っ直ぐに俺を映す。


「やべぇこれ関わっちゃいけない娘だったわ」


 そうと分かれば早速離脱しよう。


「え、あの、勇者様?」


 俺は何も見なかった顔で立ち上がると、彼女は困惑したように瞳を瞬かせている。彼女はしゃがんだままであるから、思いっきり上目遣い。


 だがしかし、俺は構わず背を向ける。だってそうだろ? 勇者って呼んでくるんだぜ? 別に中二病撲滅しろとかコスプレないわとか思ってないし。むしろあの有名なアニメコスプレの人フォローしてるし。だけど、だけども俺はそういう趣味ないんだよ。普通にゲームしてアニメ見て流れてくる画像見てるだけさ。それがいきなり勇者プレイとか出来ねぇだろ?


「ま、待ってください! 勇者様! あの、お願いです勇者様。わたくしの話を聞いてくださいませ勇者様!」


「おおおおおおおおおぉい! やめろやめろバカ、変な目で見られてる、アイタタタな目で見られてるからっ!」


 そうここは河川敷の遊歩道。買い物帰りの主婦や下校中の中学生小学生。ちょっと離れたところで保育園に入るかどうかの幼子が、こっち指差しながら母親になんか言ってんだよ。


「勇者様。やめろと仰りましても何をやめればよいのですか?」


 俺の突然の大声に体を震わせて驚いた彼女だが、すぐに小首を傾げて不思議そうに聞いてくる。態度に発言から、本当に心当たりがないといった様子。もうあれだ、行くところまで行った娘だ。


「勇者様って呼ぶのをまずやめてくれ。後はそのファンタジー衣装とかもどうにかして欲しいけどさ」


 初めてまともに向き合った俺は、改めて彼女を観察した。純白のマントを羽織り、覗くワンピースは仕立ての良さを感じさせる。完成度がカンストしているそれは、ファンタジー世界から出てきましたと言われても丁度いい。

 衣装に髪に化粧。どれも相当にレベルが高いが、一番素晴らしいのは髪からチラ見する耳。俗に言うエルフ耳のレベルはもはや神。


「なぜです? 何故勇者様を勇者様とお呼びしてはならぬのです? 勇者様を勇者様とお呼びするに憚ることなど、何一つ――」


「あるんだよ! だから呼ぶなって言ってんだろ!」


 こいつ、今何回言ったよ、おい。


「あぅう、申し訳ございません」


 あ、やべ。これ言い過ぎたやつ?

 怒声を上げられた彼女は、目に見えて肩を落としてしまった。折角の瞳に影が映り、なんとエルフ耳が垂れている。


 どうしよう。さっきはあれだけ夢を語っていたが、正直女子との付き合いなどほとんどない。無料通話アプリであるオルコネも、登録されている女性はどれも勝手知ったる古い友人くらいなのだ。


「えーと、悪ぃ。なんというか、怒鳴って」

「いえ、私が悪いのです。ゆ、あなた様の都合を聞きもせず、私の勝手を押し付けてしまって。ご無礼をお許しください」


 深々と、彼女は頭を下げる。俺はそんな彼女を、先ほどまでのようには見れなかった。相手の都合を聞かなかったって、それ俺じゃん。まぁ明らかにデンパちゃんではあるが、俺に声をかけたのには何か理由があったかもしれない。つか、何かないと声かけねぇよな。


「ホント、俺が悪かったよ。ごめんな」

「お許しくださるのですか?」


 彼女の瞳は揺れている。恰好はどうあれ、彼女の表情に嘘はないだろう。


「許すとか、そんな大層なことでもないだろ。もういいって、悪いのは俺の方だからさ」

「いえ、ご無礼をしたのは私にございます。あなた様ではっ」


 あーだめだこの娘。


「わかったから、この話はもうやめやめ。な?」


 ちょっと大げさに言って見せると、おぉなんとお心の広いとかなんとか言ってるんだけど。落ち着け俺、少しの辛抱だ。


「はぁ。俺になんか用? えーっと」


「アシュティーナ。私はアシュティーナ・クォレ・キャメロゼンと申します」


「すげぇそれっぽいな。なんのゲーム? アニメ?」

「げぇむ、あに? 一体なんのことでしょうか」


 おっと。どうやら設定を崩す気はないらしい。まぁ後で検索にかけよっと。


「アシュティーナね。とりあえず俺は朝霧悠登あさぎりゆうとだ。……あーその、ユウト・アサギリ?」

「ユウト・アサギリ様。では、ユウト様とお呼びしてもよろしいでしょうか」

「いや、呼び捨てでいいから」

「そういう訳には参りません!」


 いやいやこちらこそ参りませんなんだが。しかしなんでこのアシュティーナちゃんは俺のこと様とか勇者とか呼ぶのかね。

 俺の呼び捨て要求を強く息巻いて跳ね除けたアシュティーナの勢いは、すぐに沈静化。また何やらこちらを伺ってくる。


「あの、やはり謝らせてください」

「だからもういいって」

「いえその、呼び方についてではなく……」


 言葉を濁したアシュティーナ。他になにか謝られる事などあっただろうか。


「ユウト様が気づいてくださらなかったとはいえ、を用いユウト様を吹き飛ばしてしまいましたこと、どうかお許しを!」


 アシュティーナは地面に膝をつき、更に両手と額も大地にこすりつけ平伏した。言うべき懺悔を述べきっても、頭を上げず己の罪に慄いている。

 俺はというと、困惑の真っ最中だ。アシュティーナの存在で忘れていたが、なぜ自分は草っ原にいるのか。そういえばなんかすごい風が……。まさか本当に魔法なんてある訳ないってーの。あれだろ、たまたま強い風が吹いて足すくわれたのを、魔法だと勘違いしたと。


「はぁ。魔法ねぇ」


 平伏したままのアシュティーナにため息がもれる。


「はい。風の魔法にございます」


 アシュティーナは状態を変えず、地面とおしゃべり。


「またまたぁ、冗談はいいから」


 突っ立ったまま、見下ろし続ける。


「ま、真にございます。もうし、申し訳ごじゃいま、ぐす」


 涙声まであと少し。なにこれどうしよう。あれかな、魔法があるって本気で信じてるのかな。あ、なるほどサンタさんはいるって考える子供の夢的な感じね。


「わかった魔法ね。あーえーっと、どんな魔法なのかな?」


 否定したらダメっぽいし、適当に話を合わせておけばいいだろう。


「はぅう、ユウト様。私に、私にユウト様に向け放った魔法をもう一度放てと。じ、実演しぇよと申されるのでしゅね」


 しまった逆に泣きだしそうなんだけど。まぁ実演しろってなったら出来ないに決まってっけど、なんでより難しくしてんだよ。

 アシュティーナの体が小刻みに揺れ出している。ちょっとちょっとどうすればいいってんだよ、もう。


「あの~、大丈夫?」


 出てきたのは非常にありふれた言葉。


「ゆ、ユウト様、私を気遣われて、……あぁなんと浅ましい。お心の広いユウト様が、なんの理由もなくお命じになるはずがないではないですか。これは、これは私に己の罪と今一度向き合えというユウト様の熱い、熱いお心配り」


 小柄なアシュティーナの揺らぎが、段々と大きくなっていく。口から紡がれていく言葉と共に、揺らぎの色が赤く染まっていくようだ。強まり続けた揺れと、発色が収まった時、アシュティーナはようやく顔を上げた。


「ユウト様! 私はユウト様のお言葉のままに、己が罪と向き合い、必ずや乗り越えてみせましょう。そしてユウト様のお許しを頂戴したならば、私はユウト様に一生の忠誠をお誓いいたします!」


「はいぃぃぃいいいいいいい?」


 出会って一番の生気を漲らせ、アシュティーナは真っ直ぐに俺を見上げてくる。溢れんばかりのやる気と期待が、オーラとなって見えそうだ。

 アシュティーナの熱気に、押し負け流されそうになる。だが落ち着け俺、どうやら魔法を披露する気らしいが、そんなこと出来る訳が──


「行きます! ――風よっ!」


 すっと立ち上がったアシュティーナ。片手を持ち上げ、川の方へ向かって突き出す。気合いの入った号令の後、現れた魔法陣。一瞬で展開された魔法陣は緑色を帯び、詠唱とは呼べない文言と同時に嵐の如き突風を発生させた。放たれた風は草を薙ぎ払い水面を強く揺らす。


「うそーん」


 俺はただただ茫然と、目の前で繰り広げられた光景を見、消えた後も瞳を動かす事が出来ないでいる。


「ユウト様。私は己の罪を噛みしめ、我が魔法に今の私の全てを乗せ放ちました。どうか、どうかこの私めをお許しくださいませ」


 再び平伏するアシュティーナ。俺はそんな彼女に向かい、


「わかった。

「な、なぜですの!?」

「お前っ、これ俺に放ったんだろっ!」

「そう申したではありませんかっ!」

「あー言ったな。確かに言ったな」

「では!」

「そんときゃ信じてなかったんだよそんな話! なんだよこれ、ふつーに死ぬだろ!」

「ユウト様を吹き飛ばした時は、ちゃんとをしておりました!」

「そんでもダメだろ! こんなもん人に向けるとか有りえねぇよ! つーか確信犯だなぁおい!」

「ユウト様がお気づきになられぬから、致し方なかったのでございます!」

「他にやり方あんだろうよっ!」

「私はエルフでごさいます。魔法の腕には相応の自信がっ」

「うるせぇ知るかぁああああっ!」



 はてさて二人の問答は、河川敷で一人の少年がコスプレをさせた一人の少女に土下座をさせたり、何かで突風を起こし揉めているとの一報を受けたお巡りさんが到着するまで続き、相変わらず訳の分からない問答をするアシュティーナの為にまともな説明が成せなかったが、その訳の分からなさ故に何を悟ったのかお巡りさんに大変だろうが頑張れと労われて無事解放された。


 と、思いたい。


「俺、もう帰るから」

「はい、お供いたします!」

「いらねぇよ付いてくんな!」

「何を仰います。ユウト様の行かれますところには私も共に!」

「おいちょっとマジでなんなんだよぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 ユウトの苦難は、まだまだ始まったばかりにございます。

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