第3話
朝だ。朝になってしまった。
昨日同様、一連の習慣やら準備をして部屋から出る。
昨日と違うのは、事務仕事がない事だ。今日は直接訓練場に向かう。
訓練場に着いたら、みんながいつもよりそわそわしてるのが分かった。恐らくもう少ししたら帰ってくる王女のせいだろう。
あの人いつも外出から帰ったらここに寄って行くんもんな。何で何だか。
そんなこんなで少し浮いた雰囲気の中訓練は始まり、団長が喝を入れるといういつもの流れをこなしその時はやってきた。
「アリシア王女のお帰りだ!訓練を一時中断する!」
ざわっと一瞬湧き立ったが、すぐに静まり王女が来るのを待つ体勢に。
訓練場の扉が開き、王女の側付き兼世話役が入り、続いて王女が入ってきた。
「お帰りなさいませ、アリシア王女」
「「お帰りなさいませ!」」
「あ、はい。ありがとうございます。それであの、いつも申してますが訓練を続けてもらって結構ですよ?様子を見に来てるだけですから」
「いやいや、嬢ちゃん。そういう訳にもいかんだろ。仮にも嬢ちゃんはこの国の王女なんだからな」
その王女にその口調はどうなんだ。というツッコミをしたそうな奴らが何人もいるが、それはもう気にしたら負けだぞ。
団長は国王にもあれだからな。
それに、自分も親の気でいるみたいだから尚更だ。
「アリシアちゃん、こんなむさ苦しいところは来なくて良いのよ?来るならうちに来てくれたら良いのに」
「サラさん!ただいま!」
「おいこら。むさ苦しいのは認めるが、だからこそ華が必要だろうが」
「あら、むさ苦しい連中の筆頭が何を言うかと思えばそんなバカな事を言うなんて」
サラさんは魔導師団の団長でうちの団長とは昔からのくされ縁だそうだ。
ちなみに、サラさんは団長が好きで悪口は照れ隠しだ。
団長本人以外には周知の事実のため、また始まったかとばかりに訓練を再開する者や眺める者、または王女に話しかける者とそれぞれ別行動を取る。
俺か?俺はもちろん欠伸を噛み殺しながらサボる側だ。
今のうちに休んでおかないとこの後がしんどいからな。
「ユーゼン。今回もお願いしていい?」
「は、かしこまりました。アリシア王女」
ほら来た。あーあーあーまた不機嫌になる。こりゃまた言い聞かせないとな。
おー、視線が痛い。最近慣れてきたとはいえやっぱりこれは苦手だ。
何でみんな荷物持ちなんてやりたいのかね〜。まあだいたい予想はつくけども。
大方、王女と話せるとか思ってるんだろうな。
実際はと言うと、その通りなのだが。
ただし重労働が付いてくる。
「アリシアで良いって言ってるのに・・・」
「そういう訳にもいきませんので。荷物はどこですか?」
「いつもと同じ」
「かしこまりました。では、行きましょうか」
一応騎士らしく手を差し出しておく。
本音は機嫌取りのためだ。
まあ素直に手を取ってくれるし機嫌も直るどころか上機嫌に変わるので助かるんだけど。
まだ言い争い続けてるのかよ。
「グレン団長、行ってきます」
「おう、行ってこい。お前、今日は嬢ちゃんの護衛な」
「は。それでは」
「2人ともほどほどにね?」
「「・・・はい」」
王女に弱い2人である。最も、王女に弱いのはこの2人だけではなく王女を知る者は皆弱いのだが。
もちろん俺も弱い。もし俺が王女に強かったら、今頃こんなところにいないだろう。
訓練場から城への入り口までは歩いて約2分。
道順もシンプルで訓練場から出て突き当たりを右に行けばあとは真っ直ぐ進むだけ。
当然、俺が運ぶ荷物も見えて来るわけだ。
「今回は、少ないですね。これなら1回で持っていけます」
「あまり良いものが無かったの」
「私としてはいつもこれくらいに抑えて頂ければ助かります」
「気分次第かな〜」
全く、こっちの苦労を考えてくれよ。
まあいつもはこれの3倍はあるかと思うと気は楽になるか。
「運ぶ場所もいつも通りで?」
「うん。それでお願い」
「はっ」
王女の部屋まで、ここから約15分。いつもの事ながら長いな。
安全面に配慮した結果だから仕方ないとはいえ、少しばかりうんざりする距離だ。
などと頭の中では愚痴を言いながらも手は動き、無事に荷物を全て持つことが出来た。
「では、許可をいただけますか?」
「あ、はい。王宮騎士ユーゼンに立ち入り許可を出します」
「ありがとうございます」
俺と王女の間では規則に従って形式的にやっているもので、最早必要かどうかも怪しいやり取りだが、やっておかなければ上役がうるさい。
城の3階に繋がる階段からは王族や王族に許された者しか立ち入ることが出来ない。
上役ですら2階が限度だ。まあ上役と言っても大臣とかその辺りの役職のジジイ共だが。
まあとにかく、王女の部屋まで荷物を運ぶと言う事はそういう事なのだ。
しかし今更だが、割と大事な決まりを形だけの許しで踏み越えて良いものだろうか。
・・・王女が良ければいいか。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
「・・・口調」
「まだ2階です」
3階に繋がる階段まであと少し。
「ちょっとくらい良いよ」
「そういうわけには」
階段を登り始めた。
「相変わらず頑固だね」
「真面目と言って下さい」
階段の中ほど。
3階。
「部屋変えてもらおうかな」
「急にどうされました?」
「いや〜、遠いなって」
「前回はこの遠いのがいいって言ってたじゃないですか」
「ぜ、前回は前回。今回は今回だよ!」
さいですか。中々都合のいいことで。
「それよりも、口調!いい加減いつも通りにして?」
全く、上目遣いはズルい。
こっちとしては出来る限り統一したいんだけどなぁ。
この国の王族はその辺が緩くて困る。
まあそこが良いところでもあるんだけどさ。
「分かった、分かったよ。で、王女は今回どこ行ってたんだ?」
「・・・」
「おーい」
「・・・アリシア」「え?」
「呼び方!この前昔みたいに呼んでくれるって言った!」
最後の抵抗も虚しく、出会った頃の接し方を求められる。
かなり色々問題があるはずなのだが、どうやら規則以上に大事なことらしい。
そんなに呼び方が大事なのだろうか。まあ良い。今は諦めよう。
いや待て、そもそもそんな事言ったか?
「俺そんな事言った?」
「言った!私が出発する前に帰ってきたらお願い1つ聞いてくれるって!それで・・・」
「言ってるな俺。すっかり忘れてた」
「むぅ〜〜」
「悪かった。ごめん。そんな顔するなよ、アリシア」
「許すから、今日は一日側に居てね」
「今日はアリシアの護衛って言われてるから離れる事ないぞ?」
「・・・言い方が悪かったかな?」
「?何か言ったか?」
「あ、いや何でも。そうだ、ユーゼン」
「なに?」
「後でお父様の所に行くから付いてきてね」
「行ってなかったのかよ。国王が凹むぞ」
「だ、大丈夫だよ!たぶん。で、その時口調は直さないでね!」
「無理だ」「命令!」
職権濫用。ちょっと違うか。
とにかく、命令は反則だろ。これじゃ上役の前でもこれじゃなきゃいけないじゃないか。
・・・やっぱりこれには従えないな。ただでさえ立場のない俺が、さらに立場を失うことになりかねない。
そうなると最悪の場合、王宮騎士を辞めなければいけない事になる。
それはダメだ。
「従えない」
「聞こえなーい」
両手で耳を塞いで聞こえないアピール。
アリシアがやると可愛いが、今はそれどころじゃない。
ちょうど良いタイミングで部屋まで辿り着いたので、机に荷物を置き両手を空ける。
「アリシア。俺が王宮騎士辞める事になるぞ」
「私がさせない」
「馬鹿。それじゃお前まで立場が悪くなるだろ」
「別に良いもん」
「お前が良くても国王が許さない」
「・・・・・うぅ」
涙目になっちゃったよ。泣かすつもりは微塵もないんですが?
泣きそうになってるのが全てか。
・・・あー、もうどうにでもなれ。
「はぁ、分かった。口調は変えない。これで良いか?」
「うん!」
ぱあっと明るくなる表情と満面の笑みを見て、これからの苦労に対する報酬の先払いだと言い聞かせる。
やっぱり、勝てないんだよなぁ。
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