精霊の国のひとりぼっちの王様

柚城佳歩

精霊の国のひとりぼっちの王様


ここは精霊の国。

様々な精霊や妖精達が暮らす国。

そして魔法技術が発展した国でもある。


ここには全種族を統べる王様がいる。

王様は四年に一度、湖の畔にある大きな神樹から不思議な力を持って生まれる。

その力は強大で、王様によって十人十色。


ある王様は海をも自在に動かせる水を操る術を持ち、砂漠化が進む土地に雨を降らせ潤したという。


またある王様は植物の再生を得意とし、枯れ木だらけの山を美しい場所へと変えたという。


ただ、強大な力ゆえの反動か力の衰退も早く、数年で一般的な精霊達と同じ程度の魔力になってしまう。


そのタイミングを見計らったように、神樹はまた新しい王様を生み落とすのだ。

それが四年に一度。




今年はその特別な年。

新しい王様の誕生を今か今かと待ちわびるたくさんの瞳。期待に溢れる話し声。


けれど今度の王様は、何の力も持たずに生まれた。たくさんの期待を裏切るように。

それが僕、エリンだ。


初めは、顕現したばかりで体の使い方も慣れていないのだろうと、微笑ましく見守ってくれた。


少し経つと、今度の王様はきっと不器用なんだろうと、魔法の使い方を教えてくれる指南役を付けてくれた。


更に経つと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた者達が一人、また一人と離れていった。


魔法にはそれぞれ相性があり、自分が得意とする系統を自覚すると、操る精度が格段に上がる。

だけど僕は。どの魔法も全く扱える気配がなかった。そもそも力の出し方すらわからない。


四年に一度生まれる王様は、特別な力を持っているのではなかったのか。

神樹は間違えたのか。いいや、神樹が王様選びを間違えるはずがない。

噂されているのは知ってる。

でも自分でもそう感じているのだから、反論する気も起きない。

どうして僕が王様なんだろう。




皆の操る魔法が面白くて、つい目を引かれるままに見つめていると、どうしてか発動を失敗させてしまう事が度々あった。


一、二回なら偶然で済ませられるだろうが、同じ事が何度も続けばさすがに周りも気付き始める。

絶対に失敗が許されない、繊細で大切な魔法を発動させる場から僕が遠ざけられるのも自然な流れだった。




「エリン様。先日要望のあった案件についてですが…」


側近であり、かつては僕の魔法の先生でもあったテオが、活動報告や今日の予定を淡々と伝えてくる。


「それと、本日は夜に祭りが行われます」


祭り。年に一度、その年も安泰だった事を感謝し、夜通し騒いで国中がとても盛り上がる行事。


「祭りの締め括りとして、前王様を中心とした特別部隊で花火を打ち上げます。城からでしたら花火も綺麗に見える事でしょう。エリン様もぜひご覧になってください」


打ち上げ予定地の丘は、城から離れた場所にある。つまりは僕に余計な事はせずにここで大人しくしていろ、という意味だろう。


「わかった。祭りの成功を祈っているよ」


目礼をして部屋を去るテオの背中を見送る。

今の王様ぼくより、前の王様か……。


前王様は火の魔法を得意としている。

威力はもちろんの事、時にカラフルな炎で空中に絵を描いては皆を喜ばせていた。

それは見事なもので、僕もせがんで何度か見せてもらった事がある。


気さくで話しやすく、頼りがいもある。

王様なんて名ばかりで、直接口にこそしないけれど、皆に厄介者扱いされている僕とは正反対だ。


何も出来ない僕はせめて仕事の邪魔にはならないようにと、息を潜めて過ごす毎日。

たくさんの人に囲まれているのに、僕は一人だ。




風に乗って楽しそうな声や音楽が聞こえてくる。祭りが始まった。

城の兵士達も殆どが祭りの警邏などで出払っている。

いつも以上に静かな城のバルコニーで、遠くに見える町の煌めきを眺めていた。


──ドォン。


目映い光と僅かに遅れて耳に届く大太鼓を打ち鳴らしたような音。花火だ。

最初に大きな花火が上がると、それに続いて次々に色鮮やかな花火が打ち上がる。

花火部隊の寸分違わぬ見事な連携が成せる技だ。


沈んでいた気持ちも忘れるくらい、美しい光景。知らず口角も上がっていく。

きっと皆も同じ表情で夜空を見上げている事だろう。

夢中で眺める花火の途中、突如として大きな爆発音が轟いた。


まさか失敗?……とは思えないから、これもパフォーマンスのうちなのか?

考えている間にも、また爆発音が轟く。

打ち上がる花火も形が滅茶苦茶で、とても綺麗とは言えない。


さすがにおかしい。

そう感じたと同時、考えを裏付けるように町から先程までとは種類の違うざわめきが聞こえてきた。時折悲鳴も混ざっている。


何かあったんだ。

それもすぐに収束出来ない程の何かが。

考えるより先に体が動いた。

途中、城に残っていた兵士と何度か出会でくわし、その度に僕を見て目を丸くされた。


「エリン様!どちらへ行かれるのです!」

「町の様子を見てくる!お前達はこのまま城に残れ!」


呼び掛ける声に怒鳴る勢いで言葉を返す。

普段の僕なら考えられないけれど、今はそんな事気にしている場合じゃない。


今まで誰の役にも立てた事はない。

だから僕が行ったところで、出来る事なんてないかもしれない。

でも。それでも。僕はこの国の王様だから。

例え名ばかりでも、皆を守るのが王様だから。

心を決めたら僅かに残っていた迷いも消えた。

苦しさに対抗するように速度を上げる。




「はぁ、はぁ…」


町は想像以上に混乱していた。

警邏に当たっていた兵士達により避難は進んでいたが、爆発音は変わらず鳴り響いている。


パニックの大本を何とかしないと。花火の打ち上げ場所へと足を向けた時、地面に蹲る女性を見付けた。

何故逃げない。いや、動けないのか。

足首を押さえるその人へ手を差し伸ばした時、また大きな爆発音が轟いた。

音につられて見上げると、空からたくさんの炎の球がすごい勢いで降ってきていた。


危ない!

目の前で困っている人一人助けられなくてどうする。

地面に蹲るその人を背に庇うようにして立ち、両手を広げて念じる。

もう自分に出来る事と言ったら早くこの事態が終息するよう祈る他ない。


消えろ、消えろ、消えろ──!!


それは突然だった。

目前に迫っていた火球がどこかに吸い込まれたようにフッと消えた。


え……。今、一体何が……。

まさか、僕の願いが通じた?


「あ、ありがとうございますっ」


先程の女性の声で我に返る。

まさかとは思うが、僕が消したのか?あの火の球を。

半ば呆然としたまま、半信半疑で、今度はまだ空高くにある火球へと手を向けて念じてみる。


消えろ!


すると先程と同じように火球が消えた。


「嘘、だろ……」


口ではそう言いながらも、心では確信していた。

間違いない。僕には火球を消す力がある。

パシン!気合いを入れる為に両頬を思い切りはたく。

そうとわかればやる事は一つだ。

気持ち新たに、僕は再び駆け出した。




「エリン様!何故ここに。危険ですから早く避難してください」


打ち上げ地へ向かう途中でテオと遭遇した。


「やっと、僕に出来る事を見付けたんだ。この騒動を終わらせられるかもしれない」

「僭越ながら申し上げますが、この規模では到底……」


テオの頭上に迫る火球。

咄嗟に手を向け「消えろ」と念じる。

やはり火球は初めからなかったかの如く、綺麗さっぱり消え失せた。

一連の動作を見ていたテオは、面白いくらいにポカンとした表情をして僕を見つめていた。


「…あー、その、理由はわからないけど、僕なら消せるみたいなんだ。あの火球を」


元・魔法の先生だったテオに対して、今までの失敗を思い出しつい説明がしどろもどろになる。


「だからこの騒動も止められる、と思う。いや、ダメかもしれないけどでも」

「エリン様」


いつもの凜とした表情に戻ったテオが、姿勢を正して真っ直ぐな視線を向けてくる。


「あなたの力について、一つ思い当たるものがあります」

「本当?」

「ですが今は騒動の終息が先決。どうか皆をお守りください。大丈夫、今のエリン様なら可能でしょう。自信を持ってください」


柔らかく笑うテオを久しぶりに見た。

期待の言葉を掛けられるのはいつ振りだろう。

込み上げてくるものをぐっと堪え、大きく頷きまた走り出した。




──ドォン、ドドォン。


時折降り注ぐ火球を消しつつ辿り着いた丘の上は、こちらも混乱状態となっていた。


爆発音の原因は花火部隊の一人の魔法の暴発。

前王様を含む総動員で抑えに掛かっていたが、抑えきれなかった分があちらこちらへと飛び散っている。


僕も早速加勢する。僕を見た何人もが何か言いかけたが、話す余裕がないのだろう。結局またすぐに目の前の魔法を抑える事に戻る。


先程までのイメージを思い出して、消えろと念じる。が、効いている気配がない。

もう一度。素早く息を整えて再び集中し、更に強く念じる。

しかしそれでも暴発は収まらない。


やっぱり僕ではダメなのか。

すぐ目の前で困っている人がいるのに、何の力にもなれないのか。


「ぅ、うぁぁ……」


原因となっている男が、呻き声を上げる。

そうだ、この人も苦しいのだ。

また暴発する気配を感じ、僕は。


「もう、大丈夫です」


魔法を封じ込めるようにその人を抱え込んでいた。

その間もずっと、力が収まるよう念じる。

それは数秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。


国中を騒がせる程の膨大な魔力は、いつの間にか消え去っていた。




今回の騒動によって、僕の力が判明した。

僕の力とは、無効化の力だった。

一見しただけではわからない。

こんな事故でもなければ一生わかる事もなかったかもしれない。


テオは遠い昔、何かの文献で似たような話を読んだ事があったらしいのだが、あまりに珍しい力の為、すっかり忘れていたらしい。


歴代の王様のように華やかな力ではないけれど、使い方によっては僕にも誰かを救えるんだ。


「エリン様。今後はより精密なコントロールを習得出来るよう練習しましょう」

「うん、頑張る。よろしくテオ先生」


自信のなかったひとりぼっちの王様はもういない。

世にも珍しい無効化の力を持った優しい王様の名前が歴史に刻まれるのは、まだもう少し先の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

精霊の国のひとりぼっちの王様 柚城佳歩 @kahon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ