第35話 きょうだい

「ふふ……フハハハハ――ッ‼」


 こらえ切れなくなったかのようにして、ナイルが唐突に笑い出した。気味の悪い笑顔を張り付けて、腹を抱えるようにして、正体がバレたにもかかわらず余裕然とした態度を崩さない。


「いつから、私たちが問題解決トラブルバスターのために来た保険会社の人間たちだと気づいたんですか?」

「ははっwww そもそもその認識からしてズレてるんだよ。お前たちはさ」

「どういうことです……?」


 眉間にしわを寄せてハザールが言うと、ナイルはタネ明かしでもするかのように嬉しそうに語り始める。


「求人所で仕事を求めたお前がな、この酒場にやって来たのが偶然とでも思ったのか?」

「まさか……っ」

「そう。俺は求人所の人間を抱き込んでたのさ。外からやって来た余所者で、それなりに身なりを整えてる人間は優先的にウチの酒場に回してくれ、ってな。そうしてやってきたお前たちが町のあちこちで探りを入れてる様子を客伝いに聞いて、それで確信したよ。ああ、こいつらが保険会社から来たトラブルバスターたちだってな」


 ハザールは苦虫を嚙み潰したような顔をしながらも問いを重ねる。


「……余所者なんて、この都市にはあふれかえっていると思いますが、数ある中からよく私たちを引き当てることができましたね? そこにも何か仕組みが?」

「ははっwww ないないwww ただ単に下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってやつでな。お前たちは『13番目』だ。その前までにやってきたハズレのやつらは雇って2週間もしない内にこの世から消し去ったよ。この『ロスト』の能力で、酒場に通う客たちの記憶の中からも、永遠にな」「ナイル・バジリクッ‼ 貴様という人間は――」


「――おい」


 しかし平坦な声で、その怒りに満ちたハザールの言葉を遮ったのは、感情の抜け落ちたような真っ黒な瞳でナイルを見るシューニャだった。


「おい、ナイル。ロシェは、どこだ……?」

「ははっwww シューニャ、お前だってもうわかってるだろう」


 ナイルは親指でバーカウンターの、もはやシューニャとロシェの定位置となったそこを指さした。参考書代わりに渡した紙の束と、無造作に転がるペンだけが残されたその空席を。

 

「――消えたさ。跡形もなくな」


 その言葉を聞いて、シューニャが最初に感じたのは怒りではなかった。胸に穴があいて、そこへとからっ風が吹き込んだような空虚な感覚に息苦しくなる。


「なぜ……なぜ消した……?」

「は? そんなの、理由なんて無いさ」


 目を見張るシューニャへとナイルは続ける。


「ロシェ個人をわざわざ消す意味なんてあるわけがない。ただの子供だぞ、『アレ』は。俺は単純に、この町にいる全員の命が欲しかっただけさ」

「ロシェは、あれだけ働いて、あれだけ努力をして、幸せになろうって前を向いて生きて、将来を望んでいたんだぞ……?」

「知ってるさ。間近でいつも見ていたからな」

「なら、なんでそんなことができるッ⁉」


「――だって俺には関係ないから」


 その無感情さを伴って放たれた言葉に、シューニャの呼吸が止まった。


「ロシェの幸せとか、知らねぇよwww 俺は俺の幸福のために生きてるんだぜ? お前はロシェに熱心に勉強を教えてたみたいだけど、それで本当にアイツがこのさき幸せに生きていけるとでも思ったのか?」

「やめろ」

「無理だよ、ムリムリ。あんな身元も不確かなガキはどこに行ったって門前払いが関の山ってやつさ。一生ここみたく掃除係か、よくても召使いどまりさ」

「うるさい……やめろ……っ」


 ナイルはシューニャの言うことなど耳にも入らないとばかりに、何の感情も灯ってはいない、氷のような瞳のままで言葉を続ける。

 

「だいいちさぁ、ロシェの親をまとめて消したのもこの俺なんだぜ? それも知らずにアイツはよくもまぁ、仇の下でこれまでせっせと働いてくれたもん――」

「黙れぇぇぇえぇええぇ―――ッ‼‼‼」


 気づけばシューニャはナイルの言葉が終わる前に、拳を振りかぶってナイルに向かって駆け出していた。

 固く握りしめた拳をナイルの顔面めがけて叩き込む。今のシューニャの頭にあったのはそれだけだった。ナイルへと目前に迫りその拳があと少しで届くというところで、しかし。

 

 ――シューニャが踏み込んだ足の下、地面が白く光り輝いた。


 それはシューニャにとってどこかで見た光景だった。走馬灯のように思い出す。

 それは南の街の宿屋が消えた瞬間、地面に深く大きな穴を作り、空へと突き立った光の柱が現れた時に見たのと同じ輝き方だった。

 

 しくじった、シューニャのその思考だけがスローモーションになった世界でいち早く頭に駆け巡る。自身の身体は殴り掛かろうという不安定な姿勢のままで、もう1秒後には地面から姿を現すであろう『ロスト』の攻撃をかわせるとは思わなかった。


 目の前のナイルの『してやった』とばかりに口元を醜く吊り上げるその顔が憎い。せめて、振りかぶったこの拳だけは最後まで叩き込もうとシューニャがそう覚悟を決めた、その時だった。




「――『霊治』くんッ‼」




 ドン、と。

 シューニャ、いや、『霊治』の身体は突然の後ろからの衝撃に突き飛ばされた。

 代わりにいままで霊治が立っていた場所にいたのは、


「『千秋』さん……ッ⁉」


 これまでこの異世界でシューニャとして過ごしてきた霊治の『姉』、ハザールとして振舞ってきた千秋が、霊治に体当たりして崩れた体勢でそこにいた。

 

 直後、地面から細いいくつもの白の光線が立ち昇り、それらが千秋の身体を無慈悲に貫いた。

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