第34話 転生者

「お願いしますっ‼ 超特急で北の町へと向かってくださいっ‼」


 ハザールとシューニャは、光の柱が宿を呑み込んで消し去ったその30分後には荷物をまとめ、乗合馬車の元までやってきていた。そしてチップに糸目をつけることをせず、2人だけを乗せてすぐにこれまで拠点にしていた北の町への帰路へと着く。


「恐らく、すべて仕組まれていたんです……ッ‼ 私たちがフォルスのことを疑うようになったのも、その後を追って町から出ていくように仕向けたのも‼」

「完全に手のひらで転がされてたっていうのか、俺たちは……」

「ええ。そして今こうして私たちを町から追いやっているのには必ず理由があります。でなければあの町の内側でコトを起こしてもよかったはずなのですから」


 ハザールは半ばそれを確信しているかのように苦い表情をして腕を組んでいる。

 シューニャにはまだ信じられない気持ちがあったが、しかしそれも元の町へと近づいて、御者の「なんだぁっ⁉」という驚きの声を聞くまでだった。

 北の町では、すでに異変が起こっていた。


「なんだアレは……⁉」


 突然に止まった馬車から降りてみれば、あたりは異様に明るかった。正午に南の町を出立して半日、夜もだいぶ深まってきたというのにだ。

 空を見上げてみればそこに見慣れた星空はなかった。北の町の上空には、まるで天使の輪のような白い光が浮かんでおり、それがまるで巨大な蛍光灯のようにあたりを照らしている。


「あれは、『ロスト』の光……⁉ さっきの比じゃない……ッ」

「そんなことはいまどうだっていい‼ とにかく早く町へ急ごうっ‼」


 呆然とその光景を見上げるハザールの手を掴んで、シューニャは再び馬車へと乗り込んだ。御者は近づくのを渋っていたができる限り近くまで走り寄らせて、それから2人は町へと走っる。

 シューニャの頭の中にあったのは、憎たらしくも前向きに人生を歩く活発な少年のことだった。歯を食いしばって、最悪な想像と予感を噛み潰して、ひたすらに町へと駆ける。

 

 そうしてたどり着いた、いまや馴染み深くなっていたその町は――静かだった。

 喪に服すように、いや、まるで町自体が死んでいるかのように、なに1つとして動く物はなかった。


「く……っ‼ 遅かったですか……っ‼」


 肩で息をしながら立ち止まり辺りを見渡すハザールの横を、シューニャは走り抜ける。


「シューニャッ‼ 独りで行くんじゃありませんッ‼」


 ハザールの制止の声がかかったが、しかしシューニャに気にしている暇はなかった。酒場へと向かって一直線に走り続ける。気遣う余裕もなく荒々しく酒場のドアを開くと、そこにいたのはナイルだった。


「――やあ、もう帰ったのかい?」


 見慣れたバーカウンターの奥でいつもと変わらない様子でグラスを拭くそのナイルの姿に、シューニャは安堵の息を吐く。


「あ、ああ。まあな。それよりもいまここで何が起こってる? 他のやつらは? ロシェはどうした、無事なのか?」

「おいおい、そう慌てるんじゃない。ひとまず座って何か飲んだらどうだい? いつものエールでいいかな?」


 ナイルはいつも通りの落ち着いた様子でカウンターの席を勧めてくる。シューニャは呼吸を落ち着けつつ、首を横に振った。


「いや、今はいい。そんなことより教えてくれ。町の人間はどうしたんだ。いくら夜だからって静かすぎる。今日、ロシェは無事に帰ったのか?」

「そうだねぇ……。ああ、ロシェならそこにいたよ。さっきまではね」


 ナイルはそういって店の片隅に指をさす。バーカウンターの一席だ。そこでは客が来ない時に限って、シューニャとロシェの勉強場所になっていた席だった。

 そこにあったのは、シューニャが街を出立する前にロシェへと渡した計算の基本がかかれた紙の束が置いてあり、投げ出されたかのようにペンが転がっていた。


「ロシェ……?」


 店内を見渡すがやはりその姿は見えない。ギイ、と後ろから音がする。もしやと思ってシューニャの振り返った先にいたのは、酒場のドアを押し開けて入ってきたハザールだった。


「やあ、ハザールさん。あなたも無事に帰ったんだね。よかったよかった」


 温和な笑顔を浮かべて迎え入れるナイルだったが、しかし対照的にハザールの表情は冷え切ったものだった。にらみつけるような視線を目の前のその男に向けて、口を開く。


「……ナイルさん。いえ、ナイル・バジリク。『あなた』だったんですね……?」

「うん……? なんのことかな」

「茶番はいりません。もはやこの状況で、あなたじゃない方がおかしい」

「……ははっ。ま、そりゃそうだな。さすがにもうバレバレだったか」

「ええ。今ここに至ってようやく、ですがね」

「どういうことだ……?」


 わけがわからないと、目を回すようにただ2人の会話を聞いているだけだったシューニャへとハザールが言う。


「思い出してください。そもそも、私が行商人を怪しいと疑うきっかけになったのは? そして私たちの行動を常に把握できるほどに近くにいた人間は?」

「……まさかっ!」

「そう。ナイル・バジリク。酒場のマスターにしてすべてを無に還す『ロスト』の能力者。この男が転生者だということです……‼」

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