第33話 ロスト
宝石商フォルス・マッドア・キュゼーターが出発したのに続いて、ハザールとシューニャもまたその後を追って出立した。
馬車で半日ばかりの距離にある南の街だったが、その移動の間に不自然な出来事などは何も起こらずに目的地まで到着することとなった。その後の商談もその翌日もフォルスの動向を観察していたが、変わった様子はない。
「本当に、ただ商売をしているようにしか見えないな……」
宝石店の前で店主と握手を交わし、そして中へと入って行ったフォルスを見送って、シューニャが拍子抜けしたようにそうこぼした。
ハザールもまた、それに首を
「うーん……転生者の絞り込み方としてはよかったと思うのですが、しかしこれはハズレかもしれませんね」
「ああ。それに、考えてみればそもそも動機が薄いよな。だって宝石商なら宝石を売る相手が減るのは困るはずだし、わざわざ能力を使って街ごと人を消したりしないだろ」
張り込みばかりで凝り固まった筋肉をほぐすように身体を動かしながらそう言ったシューニャへと、ハザールは首を横に振り答える。
「私はそもそも今回の転生者の蛮行にそういった金銭的なメリットが絡んでいるとは踏んでいません」
「と、いうと?」
「これまで処理対象になった数多くの転生者たちの傾向を見るに、彼らの動機の多くは自身の力を誇示すること、あるいは高めることにある場合が多いんです」
「なるほどな……この異世界で上手くやっていこうって輩だったら、そもそも処理対象認定されるような騒ぎは起こさないか」
「ええ、そうでしょうね」
シューニャは宝石店の向かいにあるクレープに似たスイーツを売っている屋台で生クリームがたっぷりと入った種類のものを2つ買い、ハザールに1つを渡して、それから言葉を続ける。
「それじゃあ、今回の場合は能力を高める目的だな、きっと」
「ほう。どうしてそう思うんです?」
「力の誇示が目的なら、こうして隠れながら能力を使う意味がないからだ。恐れられたいならもっと自分に関する情報を流すはずだろ?」
「ええ、私もそう思っています。やっぱりキミは賢いですね。みなまで言わずとも、しっかり自分の頭で考えて結論を出すことができる」
「な、なんだよいきなり……」
「いえ、最近あまり褒めてあげられていなかったので、たまにはなと」
「俺はあんたの子供かなんかかっ⁉」
ハザールはそんなシューニャのリアクションなどはどこ吹く風で、スイーツを口に運んで幸せそうな表情をする。シューニャは大袈裟にため息を吐いて見せて、自分もまた手に持ったそれを食べた。ウッとなる。彼にとっては甘すぎるものだった。
2人はそれからも軽口を交わしながらフォルスの監視の目を緩めることはしない。
なんの動きもない2日が過ぎ、そして2人が南の町に来て3日目のことだった。
――確かに宿屋へと入ったハズのフォルスの姿が消えていたのは。
◇ ◇ ◇
「どういうことですか⁉」
「俺だってわからない! 昨日は確かに宿屋に入って行くところまで2人で見届けたはずだ! その後に外に出た様子もまるでなかった!」
3日目の昼近くになっても一向に姿を見せないフォルスの動向に不信感を覚えて、シューニャがフォルスの泊まる宿の部屋へと潜入してみたところ、そこはもぬけの殻。
宿の従業員たちもこれはいったいどういうことだと一様に首を傾げているばかりで、事情を聞いていた人間もいそうにない。
なりふり構っている状況でもなく、2人は断りも入れずに宿の隅々まで探したが、しかしどこにもフォルスを見つけることができないでいた。
「……クソっ! いったいどうなってる!」
「ここで立ち止まっていても意味がありません。まずはこの宿の周辺での捜索から――」
ハザールが言いかけたその言葉の途中で、異変が起こった。
グラグラと、大地が揺れ始めたのだ。
「じ、地震かっ⁉」
大きく縦に揺れるその感覚にシューニャが酔いそうになっていると、なぜか宿屋の床が眩く光り始めた。白い光が床から、いや、その下の地面から徐々に強くあふれ出す。
これはなんだと考えるシューニャの思考は、しかし、
「――外に出なさいッ‼」
普段聞くことのないハザールの叫び声に中断される。ハッと我に返ったシューニャに、「早くッ‼」とさらにハザールが言う。
駆け出すハザールの後ろに続いてシューニャが宿屋から出た、その直後のことだった。
――天に立ち昇るような白い光の柱が地面から突き出し、宿屋をまるまる呑み込んだのは。
「な……ッ⁉」
呑み込まれた宿屋は一瞬にしてその姿を消した。白い1本の巨塔のように、光だけが空に向けて突き立っている。
「――これは……ッ! すべてを無に帰す光、『ロスト』……ッ‼」
「ッ‼」
2人は互いに背中を合わせて身構える。突然の事態に驚く周辺の人々の中に怪しい人影を探す。気を抜かず、注意深く蚊ほどのサイズであっても見逃すものかと走らせた視線に、しかし引っかかるものはない。
「あれは……」
後ろでハザールの声がしてシューニャは振り向いた。ハザールのその視線は光の柱、その中を見通そうと眼鏡の下のその目を極限まで細めている。
「人が、います」
「人……?」
ハザールが指を向ける方向へと、シューニャもまた目を凝らした。
弱視のハザールとは違い、視力には自信のあったシューニャの目がそれをとらえる。
「あれは、フォルスッ‼」
「フォルス……? ではやはり、転生者はフォルスだったという――」
「いや、ちょっと待て。なにか、様子がおかしい……ッ!」
確かに目の前の光の柱の中心にいたのはフォルスに間違いなかった。しかし彼はハリツケにでもされたかのように両手を広げて、身動きがとれないのか首だけを激しく左右に動かしている。
白い光はその身体を避けるように立ち昇っていたが、しかしフォルスは表情をひどく歪めて苦しそうに悶えていた。
そして目端に涙をいっぱいに溜めて、何事が起ったのかと光の柱の周り、シューニャたちのいる場所まで押し寄せたやじ馬たちに向けて声を張り上げる。
「だれでもいい、助けてくれぇッ‼」
シューニャとハザールは息を呑んで顔を見合わせた。
「これは、どういうことだ……?」
「わかりません……」
2人が戸惑いの表情を隠せずにいる間にも、フォルスの言葉は続く。
「俺はなんもしてねぇよぉ……盗もうとなんてしてねぇよぉ……ただ『教えてもらった』宝石を見たいと思っただけなんだよぉ……ッ‼」
誰かに許しを求めるかのように叫ぶフォルスだったが、
「――あぁぁぁあぁあぁぁぁあぁッ‼‼‼」
彼の身体は次第に端から少しずつ光に呑まれるようにして消えていく。
「いやだいやだいやだぁッ‼ 俺はまだ、死にたくないっ‼ 死にたくないっ‼ 死にたくないっ‼ 死にたくないっ‼ 死にたくないっ‼ 誰かっ助け、たすけ……っ」
その悲痛な断末魔とともに、フォルスの身体は完全に消滅する。光の柱もそれからすぐに細く収束して、最後は蜘蛛の糸ほどになって宙へと消えた。
ハザールたちは再び顔を見合わせ頷き合うと、集まったやじ馬たちの中から抜け出て宿屋のあった、今や大穴と化したその場所を覗き見た。
「深いな……50メートルはありそうだ」
「そうですね。これだけの深さから地盤が『無』にされたということは、フォルスはあの『ロスト』の能力が発現するまで地下に居たということでしょうか……。しかしいったいなぜ? それにどうやって……?」
「……フォルスは確か、『教えてもらった』と言ってたような」
「確かに、私も聞きました。宝石を見たかった、とも言っていましたね」
シューニャは腕を組み、白い光が突き抜けて丸い穴の残った雲を見上げながら言う。
「つまり誰かに誘導されたんじゃないか? たとえば、そう。『誰も見たことのない宝石が隠されている場所を見つけた』なんてことを言われてだ。そして誘導された先がここの宿の地下深くだった」
「そして実際に行った先に宝石はなく、代わりに『ロスト』が発動した……?」
言葉を継いだハザールへと同意するようにシューニャは頷いた。
「だけど、なんでそんなことを? っていう動機が謎のままなんだよな。このタイミングでフォルスを殺す意図は? フォルス1人を殺すためにこんな手間のかかる仕掛けを用意する必要があったのか? それがわからない」
「そうですね……。フォルスを殺す動機、そして周到な準備……いったいこれが転生者にどんなメリットを……っ」
そこまで呟いたところで、ハザールはハッとしたように目を見開いてシューニャへと顔を向ける。
「ワナ、です……」
「ワナ? この光の柱が、フォルスに対しての?」
「違いますっ‼ このワナ自体には最初から『なんの意味もなかった』んですッ‼ 私たち
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