失憶編

第29話 砂漠に囲われた町

 砂漠が広がる街の外から、巡礼路を辿って2人の人間が姿を現した。

 一見してそれはでこぼことした印象を与える2人組だ。一方の身長が頭1つ分以上、もう一方より高かった。

 彼らは街へと足を踏み入れて、身長の高い方の男が口を開く。


「はぁ、ずいぶんと栄えてるもんだなぁ」

「コラ。上から目線はやめなさい」


 目標の都市に着くなり気だるげにそう言って辺りを見渡す男に、その上司は口を尖らせる。


「事前に言ったでしょう? この国ではこの都市が1番の経済都市だって。私たちの世界と比べた言動は処理対象者に身元が割れる事態に繋がりかねないのですから、不用意な発言は控えるように」

「はいはい」

「返事は1回でよろしい」

「はーい」


 男のその態度に、上司の方はクセのように眼鏡の縁を押し上げながら、あいかわらず生意気な後輩だなとため息を吐く。


「覚えていますね? 今回は潜入捜査です。ここでの私の名前は『ハザール』で、キミの名前は『シューニャ』ですから、間違えて私の本当の名前を呼ばないように」

「わかってるよ、ハザール。いつまでも新人扱いは勘弁してほしいな」

「そうですか? それなら今回の業務でぜひその実力を見せてもらうことにしましょうか」


 その生意気な後輩、シューニャはむっとした表情をする。その様子を見てハザールは対照的に口元を少し緩めた。

 シューニャは少しからかうと昔からこういった表情をするので、そんな顔を見るのも少しハザールのちょっとした楽しみなのだ。

 2人は『転生トラブル解決課』に配属されて問題解決トラブルバスターの道を歩き始めるよりも前から既知の仲だった。

 

 出会ったのは子供の頃。きっかけは前世の記憶に悩み、陽気にはしゃぎまわる子供たちの中からひとり孤立をしていたシューニャを、ハザールが見つけたこと。

 ハザール自身もまた同じ経験を持っていたこと、そして世話焼き気質だったこともあって、ひとりきりで悩むシューニャへと声をかけずにはいられなかったのだ。


 そこから数えればもう10年以上の付き合いになる。ふとそう考えると、お互い成長したものだなとどこか感慨深い想いがハザールの胸に込み上げてくるのだった。




 ◇ ◇ ◇ 




 宿をとって、2人はハザールの部屋へと集まった。


「さて、シューニャ。キミは今回の業務の詳細は覚えていますか?」

「もちろん。処理対象の転生者の捜索と、その処理さつがい実行だろ?」

「よろしい。それでは転生者のスペックは?」

「旧名は『新堂 厚司』。だが転生後の新名は不明。転生者ランクはAで、保有する能力は『ロスト』。あらゆる人・物・記憶・歴史を消すことのできる力を持っている。新名がわからないのもこの『ロスト』の能力で自身に関する記録を消したからだと推察することが可能……とまあ、こんなところだったか」

「うん、よろしい」


 ハザールはひとつ頷くと言葉を続ける。


「まったくもって異常事態です、新名がわからないから処理対象が誰なのかを見定めるところから始めなければならないというのはね……」

「めんどくさいなぁ、今度の転生者は」


 身の入っていない反応をするシューニャへ、ハザールは咎めるような視線を向けた。


「シューニャ。確かにこの転生者のランクはAで、現状では私とキミの組み合わせであれば対応できるレベルです。だけど今後の能力の成長具合によってはSランクレベルの実力を持ち始めるかもしれません。あまりナメてかからないように」

「だいじょうぶ、わかってるって。そのための潜入捜査なんだろ?」


 本当にわかっているのかどうかわからない、めんどくさげに手をひらひらさせながらのシューニャの言葉に、ハザールはため息を吐きながら頷いた。


「まあ、その通りです。私たちはこれから田舎町から出稼ぎにきた『きょうだい』という設定で生活をしつつ、転生者に悟られないように情報を集めます。そして理想は不意打ちに近い形ですべてを終わらせることです」


 それからハザールはカバンの中から、先ほどこの宿へと入る前に購入しておいたこの国の地図を机の上に広げた。


「現時点ですでに消え去っている街の数は9つ、消息を絶った人々の数は5万人以上。これ以上の被害は何としても止めなくてはなりません」

「わかってるって。だから次のターゲットと推測できるこの都市へとやってきた。転生者は徐々に人口の大きな街をターゲットに選ぶようになってきている。その流れからすると、次のターゲットになりそうなのは推定人口3万人のこの都市だ」

「そうです。そして街が消されるのは2ヶ月から3か月おき。おそらく能力には何かしらの使用制限があって、休息期間が必要なのでしょう」

「つまり、俺たちは最低でも2か月以内には転生者を特定する必要があるってことだな」


 シューニャの言葉に相槌を打って、ハザールが拳を掲げる。


「がんばりましょう。きっと私たちならできます」


 見る者すべてを安心させるような柔らかな笑みとともに突き出されたその拳に、シューニャは肩をすくめつつ、自身の拳を軽く突き合わせて応えた。

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