第25話 Sランク転生者

 再び浄化の力を用いて、メイシャは地表の青色の侵食をそそいでいく。大地は緑の色を取り戻していき、そして数分後。


「……この世界全域の浄化が完了したわ。それに、見つけた。コイツっぽいわね」


 どうやら早くも転生者の居所を掴んだらしいメイシャは、そこで花の槍を空間へと溶かすように消すと、新しく2本の剣を取り出した。


「さて、霊治くん。これから飛ぶ先にいるのはSランクの転生者よ。『失憶廻天』していないあなたが対峙すればきっと一瞬で死んでしまう、それくらいの相手なの」

「……ええ。メイシャさんがそう仰るのならば、きっとそうなんでしょうね」

「まだ覚悟は決まらない?」

「…………」


 霊治はメイシャの真っすぐな視線を受け止めながら、何かに葛藤するように押し黙る。

 それからしばらくして、ドームを振り返って口を開いた。


「この世界にも、まだ生きている人たちがいました。もしかしたら、まだ他にもいるかもしれません」

「そうね」

「メイシャさん。私の力はもしかすれば、その人たちを……」


 その言葉の先に続く『もしもの結果』に、知らずのうち、霊治の身体が震えてしまう。


「――わかったわ」


 諦めたような息を吐いて、メイシャはそう言った。

 彼女自身、霊治の力の正体は嫌というほど知っているのだ。

 だからこそ霊治の言わんとすることは理解できたし、その気持ちにも共感ができた。

 

「でもね、ここに置いていきはしないわよ。今後の業務のためにも、Sランクの転生者というものをあなたには見ておいてほしいから。だから、これを」


 メイシャは出現させていた2本の剣の内の1本を霊治へと差し出した。


「これは……?」


 それは装飾の少ない、白い刀身に赤色の縦筋の入った西洋風の剣だった。

 手に持っただけでその魔力の質が伝わり、それが神器なのだということが霊治にはわかる。しかも彼が今まで手にしたことがないレベルの代物だ。

 霊治は試しに剣を振ってみる。軽く、まとっている魔力からして切れ味も申し分なさそうだ。

 

「それはあなたを守ってくれる剣よ。それさえあれば少なくとも即死は無いと思うわ」

「……助かります」

「じゃあ、飛びましょうか」


 メイシャが差し出した片手を霊治は掴んで、今度はしっかりと目をつむりテレポートに備えた。


「頼りにしているわよ、霊治くん♪」

「私をですか……? メイシャさんにしてみれば、きっと誰が相手だってひと捻りでしょう?」

「それは女の子にとって、あまり良い褒め言葉になるとは言えないわねぇ……?」

「イタタタタっ! すみません、すみませんっ‼」


 ギリギリと万力のように握られた手の痛みに身体をのけ反らせる霊治に、メイシャはクスリと笑った。


「私ばっかりがあなたを助けていて不公平だわ。だからもし私がピンチになったら、きっとあなたが私を助けてよね、霊治くん?」


 メイシャを倒すような相手に、自分なんかが勝てるはずない。霊治はそう言おうと口を開くが、しかしその前にテレポートが始まって、2人の身体は粉のように分解されて消えていってしまう。

 そこへと残されたのは、その光景を見たドームの人々の息を呑むような声が重なり合う音だけだった。




 ◇ ◇ ◇




 そうしてテレポートで飛んだ先、霊治とメイシャの2人の前にあったのは、4階建ての建物くらいはある大きさの青色の花だった。その花の真ん中、柱頭に貼りつくようにして存在する人面が、2人の方を向いて忌々しげな視線を送った。


「お前たちの方から出向いてくれるとは、探す手間が省けた」


 花の頭が喋る。どうやらその転生者は完全に人間の身体を捨て去っているらしい、メイシャは鼻を鳴らした。


「ずいぶんと前衛的なファッションをしてるわね。人間はやめたの?」

「フン。お前ら凡人はこれだから……。身体の形などどうでもいいことなのだよ」


 転生者は呆れ声を出して軽蔑の視線で2人を見下ろした。


「俺の芸術はそんなものには縛られない。お前たちはこの世界の形を良く思っていないらしいがなぁ、お前たちの下らん価値観で良し悪しをカテゴライズするのはやめてほしいね」

「あっそ。まあどうでもいいからさ、さっさと大人しく死んでくれるかしら」


 メイシャが片手に持った剣を突きつけるようにして構える。

 転生者はメイシャのそのまったくの無関心さへの驚きに息を呑んだようだが、


「どうでもいいだと……? お前、その暴言はこの俺を世界の理を上書く力である『描き出す者ペインター』の持ち主、ディエルゴと知っての言葉か……?」


 と、先ほどとは変わって数段低い、怒りを滲ませた声で問う。

 しかし、メイシャは微動だにせず、ただ「はぁ……」と軽く息を吐くのみだ。


「ホントにね、どーでもいいから、そういうの。能力とか、あと名前にも興味ないわ。識別子が欲しいなら『花』で充分よアンタなんて。早く戦って終わらせましょ?」

「お、お前は……俺のことをナメているな……?」


 ディエルゴがその額に青筋を立てたかと思うと、突然、地面が揺れ始める。


「――フンヌッ‼‼‼」


 そしてディエルゴを囲うようにして大地から生えてきたのは何百もの、ディエルゴとは違った真っ赤な花々だった。


「もういい……。お前たちにこの俺の崇高な理念を話したところで理解などできはしないだろう……‼ ここで死に行くがいいッ‼」


 ディエルゴが言い切るやいなや、赤い花々の中心から赤い光の球が生み出された。それは先ほどこの世界へ来たばかりの2人を空中で襲ったものとまったく同じものだ。それがメイシャ目掛けていっせいに飛来する。


「よぉ――っと‼」


 メイシャはしかし、鮮やかなステップでそれらを次々にかわしていく。そしてかわすだけではなく、光球の間を潜り抜けるように前に進んでまたたく間に転生者との距離を詰め、


「せぇいっ‼」


 飛び上がったかと思うと転生者の顔が生えるその青い花の中心へと剣を奔らせた。

 しかしその剣は転生者へと届く寸前で、また新たに地中から生えてきた硬質な黄色の花に遮られ鈍い音を辺りに響かせる。


「ハハッ‼ 逃げるヒマなど与えんッ‼」


 攻撃を止められて空中で身動きの取れないメイシャへと、再び赤い光球が高速で迫りくる。

 しかし、それが直撃する寸前でメイシャの身体が風にさらわれる砂のように一瞬で消え去った。


「――ふぅん……まあまあ手強いじゃない」


 ディエルゴは声がした方向、真後ろへと勢いよく振り返る。

 そこには余裕そうな表情で剣を肩に担ぐメイシャの姿があった。


「空間移動か……ッ! こざかしい……ッ‼」


 再び赤い花々から光球が放たれて、ディエルゴとメイシャの間に激しい火花が散らされた。

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