第24話 神々の加護

 ワラブキ屋根が天井に広がるその1室は、現代の日本では失われて久しい昔の家屋を思い起こさせる。そこはこの集落の長の家らしく、霊治とメイシャの2人の前には長い杖を持った老齢の男が地面に膝をつけて、深く頭を下げていた。


「このたびは誠に、誠になんとお礼を申し上げてよいか……」

「いいのよ、気にしないで。私は転生者を倒しに来ただけなんだから」




 ――人型を倒したことでドームの中に招き入れられた2人は手厚い歓迎を受けていた。




 最初に接触を図ろうとした時にはドーム内の人々からかなりの警戒を受けたものの、どうやら今目の前にいるこの長は相当な聖秘術――この世界における魔法的な立ち位置にある技のこと――の使い手らしく、メイシャを見るやいなや、


『おぉ……っ‼ なんという満ち満ちた聖秘力っ‼ それに無数にも思えるほどの『神々の加護』の数々……っ‼ 貴女様はもしや聖女、いや、それ以上の……っ⁉』


 と土下座でもし始めるのではないかという勢いでかしこまられたのだ。

 その長の様子に他の人々の2人に対する態度も軟化して、霊治たちは割合スムーズに中へと入ることができたのだった。




 そして、いまだに目の前では長が深く頭を下げたままだった。霊治にとってそれは2人に対してというより、どちらかといえばメイシャ個人に対しての崇拝に近いもののように思えた。

 それにしても長がメイシャを見て言っていた神々の加護というのはいったい何なのかと霊治が訊ねると、メイシャは「ああ、それね」と何でもないように話し始める。


「私ってこれまでいくつもの特異点解決をしてきたじゃない? それで異世界の神様に気に入られることが多くってさ。そのたびにいろんな加護を授けてもらっちゃったのよね」


 メイシャの言うところによると、あらゆる事象のすべてが自身の利になるように巡る『幸運の星の加護』や危機的状況に陥る寸前に未来予知ができる『第六感の加護』、空をかけることのできる『飛翔の加護』、その他も地水火風の四大元素の加護、光と闇の加護などなど、数えたらキリが無いらしい。

 

「ちなみに私や霊治くんに青色の侵食効果が働かないのも加護のおかげね。『無毒化の加護』、『環境適応化の加護』、『状態異常無効化の加護』、『守護範囲拡大の加護』あたりが効いてるみたい」

 

 また、その加護のプレゼントはほとんどが男神からによるものだそうだ。業務の遂行をするだけで神さえも魅了してしまうとは魔性の女すぎると、霊治はなんだか感心するような怖ろしいような気持ちだった。


「霊治くん、何か失礼なことを考えてない? いえ、考えたわよね♪」

「……その人の心が読めちゃうのはいったいなんの加護なんでしょう?」

「女の勘の加護よ」

「もはやなんでもアリですね……イタタタタっ」


 霊治は恐い笑顔を貼り付けたメイシャにわき腹をツネられて、身をよじる。

 その情けない声を聞けて満足でもしたのか、メイシャは微笑みを浮かべつつ、「さてと」と言って前に向き直った。


「そろそろ顔を上げてもらってもいいかしら。状況の確認をしたいの」


 メイシャがそう言うと「ははっ!」とまるで彼女の配下であるかのような返事とともに、床へと視線を釘付けにしていた長がようやく顔をこちらへと向けた。


「この場所はあなたや他の、ええと――聖秘術使い? の人たちが張ったドームのおかげで外にあるような『青色』からの侵食を防げているってことよね?」

「はい。そうでございます。本当に突然のことでしたので、この集落を守ることで精一杯だったのです」


 その長の話によると、周辺の大地を塗りつぶしたその『青色』はつい1日前に、まるで津波のようにして押し寄せたらしい。

 そして青色に侵食された人間や動物は真っ白に染まり、近くの人間に襲い掛かって同じ白色に染め上げるか、あるいは雲のように空へと浮き上がっていったのだという。

 長はこの周辺の村々では随一の聖秘術使いではあったが、こんな現象を見るのも聞くのも初めてだったそうだ。


「情報をありがとう。それじゃあ、あなたはこのままこの場所を守ってくれるかしら」

「はい、ご命令しかと承りました。ただ、しかし……。その言い様ですと、もしや貴女様はここから出てどこかに向かわれるので……?」

「ええ。私はこれを引き起こした元凶を倒しに行かなくちゃいけないから」

「なんと!」


 簡単に言ってのけたメイシャに、長は眼球がこぼれ落ちるのではないかというほどに目を見開いた。

 

「こ、このような規模の厄災をもたらした元凶ですぞ⁉ 鬼が出るか蛇が出るか……」

「それでも、それがここでの私の仕事だもの。安心なさい。私は負けないわ」

「……承知いたしました。ただただ身を縮めて待つしかない我らをお許しください……」

「気にしないで。これは私の使命みたいなものよ」


 そうして恐らく10分も滞在しなかっただろう。2人は長をはじめとしてドームの人々の総出で送り出された。

 青色の大地を平然と歩く2人の姿に人々の驚くような視線と、それに混じって、村の家の陰に隠れるようにした子供たちの物珍しげで興味深げな視線が寄せられる。メイシャがそれに気づいて手を振ると、子供たちもおずおずと手を振り返した。


「可愛いわね」


 子供たちの邪気のない素直な反応に、メイシャがそう呟いた。

 そして再びその手に花の大槍を出現させたかと思うと、力強く大地に突き刺した。


「それじゃあ業務遂行といきましょうか。彼らの住む、この世界を救うために」

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