第23話 パワーゲーム
ジグソーパズルが高速で組み上げられていくような感覚とともに、形を取り戻した霊治の足がしっかりと形を持った何かの上に乗った。それは空のように青く塗りつぶされているものの、まごうことなき地面だ。
どうやらテレポートは無事に完了したらしい。
この異世界に来て初めてようやく自分の足で自身の身体を支えることができたことに、霊治は深い安堵の息を吐いた。
「とりあえず、さっきの場所からはだいぶ離れたはずよ。追撃は……無さそうね」
メイシャがそう言って片手に持っていた剣を手放すと、それは空中に溶け込むようにして消えた。
「これからどうしますか?」
「ま、転生者がどこにいるのかを探すしかないんじゃないかしら」
霊治は辺りを見渡した。
少し辺りを歩いてみるかと霊治が足を踏み出そうとしたとき、
「霊治くん。私からあまり離れないで」
とメイシャの声がかかる。
「私から離れると、たぶん『侵食』の対象になるわ」
そういってメイシャはポケットから取り出したボールペンを、青色の表面を持つ遠くの地面へと投げ捨てた。すると、そのペンは一瞬にして真っ青に染まって、他の地面と見分けがつかなくなる。
「わ、わかりました……」
もう少し注意されるのが遅かったらどうなっていたことだろうかと、霊治はその先を想像して身を震わせる。この特異点に来てから鳥肌は立ちっぱなしだった。心を落ち着けるように深く息を吸う。
「手掛かりとかは、ありますかね……?」
「ううん、全然。まったくなんにもないわね」
霊治の問いに、メイシャはあっけらかんとしてそう答えて、しかし。
「でも手掛かりなんて別に要らないわよ」
腕組みをして得意そうに言葉を続けた。
「この特異点のこだわりはこの『青色』よ。これがこの世界を侵食している転生者の能力の一部なのは間違いないんだから、コイツの大元をたどればいいってワケ」
「えぇと……つまり?」
「まぁ見てなさい」
メイシャは華麗なウィンクを寄こすと手を掲げて、詠唱する。
「――『聖なる泉が清めし花の大槍よ 出でよ』」
すると、メイシャのその手元が薄緑色に輝き始める。そして一瞬ののち、そこには柄に色とりどりの花を咲かせた2メートル近くある槍が現れた。
メイシャはそれを両手で持って上に大きく振りかざしたかと思うと、勢いよく足元の地面に突き刺した。
「
メイシャがその言葉を放つと、どこまでも続く青色の大地が、自分たちを中心とした円状に草木の緑や土の色を取り戻していき、見渡す限りの一面へと急速に広がっていく。
そのあまりに大規模な変化に口を開け放ったまま言葉を失っている霊治に、
「これを続けて、最終的に『この星』で浄化されなかった場所、あるいは抵抗を受けた場所が転生者のいる場所ってワケよ。簡単でしょ?」
とメイシャはこともなさげに言い切った。
「……そうですね」
そのメイシャのあまりのパワー思考に、霊治は内心でため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
「むっ」
メイシャが大地に槍を突き刺して1、2分した頃だろうか。何かに気づいたかのような声が上がる。
「見つけましたか?」
さっそく転生者の元へと駆けつけることになりそうだと霊治が少し身構えて訊くと、しかしメイシャは首を横に振って答えた。
「ううん、ちょっと違うみたい。でも……ここから南南東に450キロ地点か、まぁそれくらいなら大した負担にもならないし……。行かなきゃよね」
「えっと、とりあえずご説明いただけますでしょうか……?」
「霊治くん、また飛ぶわよ!」
「え、ちょ、だから何が――」
そんな問いかけも虚しく、霊治はメイシャに首根っこを掴まれる。
直後、
「――ッ⁉」
再び身体を失うようかの喪失感と再構成される感覚が霊治を襲った。
テレポートだ。今度は目をつむるヒマも身構える時間もなかったため、ありとあらゆる身体の感覚器が狂う。
例えるならそれは、大荒れの海の上で簀巻きにされて転がされるような上下左右がまるでわからなくなる感覚だ
わずか1秒程度の出来事だったが、テレポート先で霊治は立っていられずに地面に両膝を着いた。
「なるほど。戦闘中ってわけね」
テレポートに酔ってかがんでいる霊治の上の方からそんな声が聞こえる。
「ちょっと手を放すわよ?」
その言葉とともに、身体を吊り上げていた力がとつぜんに失われて、霊治は横に倒れ伏した。単に掴まれていた首根っこが解放されただけなのだが、霊治はぶざまに右頬を地面に打ちつける。
「うぅ……」
霊治は苦悶の声を上げたが、メイシャはそれに構わずに目の前の光景を見ていた。
――そこは激しい戦場だった。
ドーム型の透明なバリアのようなものに囲われた場所にいる人々からは、外に向けて数々の魔法が放たれている。
外側にいるのは全身が白色の人型をした、先ほど上空で雲の1部となりながら踊っているのを見かけた謎の生物だ。どうやらそれらが前後左右から無尽蔵に押し寄せており、その侵攻を防ぐための籠城戦が行われているらしかった。
しかし、今にもその戦線は決壊しそうなありさまだ。
「さて、と」
メイシャは両手を目前に構えて、詠唱する。
「――『神の怒りに触れし悪の群れ 大罪を
すると突如、明るかったはずの空は重たい雲に覆われる。
そしてそこから何百もの大きな雷が、爆音を響かせてドームの外側に次々と突き刺さった。
大地が弾けて、焦げ臭い土煙が舞う。
あまりの威力に衝撃波がメイシャたちの元へも押し寄せて、その朱色の髪が宙にたなびいた。
「まぁ、こんなものでしょ」
明るくそう言い放ったメイシャが見る先の景色に、すでに人型の姿は1つもない。
地面はこれから大規模な工事でも行われるかのように大きくえぐられていて、そこに動くものなど見出せはしなかった。
ドームの中では言葉を失った人々があぜんとした様子で突っ立ているばかりだ。
「もう、めちゃくちゃだ……」
ケロッとしているメイシャの横で、何もしていないはずの霊治がぐったりと吐きそうな顔色でそう呟いた。
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