第22話 攻撃的守備

 霊治は本社の地下10階のゲート室に作られたゲートを抜けて、特異点と化した異世界へと足を踏み出した――ハズだった。


「はっ?」


 スカッ、と。ゲートの先に着いたその足は大地を踏みしめることなく、霊治の身体は真っ逆さまに落下し始める。


「ッ⁉ ッ⁉ ッ⁉」


 訳も分からぬ内にあらゆる角度から突風が吹いて、身体が吹き飛ばされる。すぐに上下の方向感覚がマヒして、霊治はいったい自分がいまどういった体勢になっているのかもわからない。


「――よっ、と」


 しかし、突然の事態に混乱するそんな霊治の脇へと、腕が挟み込まれてその身体が起こされたのはすぐのことだった。


「大丈夫? 霊治くん」

「……助かりました」


 メイシャが霊治の横で空中に浮きながら身体を支えてくれていた。


「どうやら、『向こうさん』は私たちの干渉を予想していたようね。ゲート出現位置を上空へと移されていたみたい」


 メイシャが駆けつけてくれたことで、霊治にもようやく周囲を観察する余裕が生まれた。確かに彼女の言う通りここは上空であり、そのために強い風が吹き荒れているということがわかる。そして霊治は次に眼下に広がる光景を見て、あぜんとした。

 

「その気持ち、よくわかるわ。なんというか、ずいぶんな世界観よね……」


 霊治の表情から読み取ったのだろう、メイシャのその言葉はまさしく彼自身の心中を代弁するものだった。

 

 ――その大地は、地平線の果てまでのすべてが、夏の昼下がりの空色で染められていた。

 

 霊治は自身のいる空を見渡す。まるで映し鏡のように大地とまったく同じ色をしている。たったひとつ違う色を持っているのは、空のほう。天を割るようにして細長くまっすぐに伸びている白い雲だけだった。しかしそれも何やら様子がおかしい。

 

「踊っている……?」

 

 霊治はまさかと思いつつもその雲に目を凝らす。

 1本の線を作っているそれは、人型をしている白い物体の集合体のようで、手と思われる部位を互いに繋いで前後左右に一定のリズムを伴って踊っているように見えるのだ。

 

「もしかすると、そこになにかしらの儀式的な意味合いがあるのかもしれないわね……。それよりも、霊治くん」


 メイシャが上空に強く吹く風に、髪を乱されないように押さえながら言う。

 

「さっそくだけどもう『失憶廻天オーバーリロード』を使った方がいいと思うわよ? 特異点じゃ何が起こるかわからないんだから」

「…………」


 メイシャの言葉に、しかし霊治は悩むように上を向いた。

 確かにこの世界は見るからになにもかもが異常で、しかも転生者にはこちらの位置を高い確率で把握されている状態だ。だからメイシャの言うことが正しいことだというのは霊治にもよくわかっていた。しかし……。


 そうやって考えを巡らせていたのは、ほんのゼロコンマ数秒の間だ。

 だがしかし、その刹那せつなの思考を妨げるようにソレは起こった。

 

 ――突然、霊治の身体がぐるんっと旋回させられるように大きく揺らされる。


 霊治が何事かと思った直後、火花を散らすようなバチバチといった大きな音と、赤く弾けるような光が目に入った。 

 メイシャが霊治を支える腕とは反対の手に持った、いつの間にか出現させていた剣で、どこからか高速で飛来してきた1メートル大の赤い光の球を受け止めていたのだ。

 

「はぁッ‼」


 剣を振り抜くと、光の球は弾かれて空の彼方へと飛ばされていく。そしてそれは遠くの景色の中に消えたかと思うと瞬間的に大きく輝き、数秒遅れて腹の底に響くような爆発音と叩きつけるような強い衝撃波を霊治たちへと届けた。

 

「ねぇ、霊治くん。私の反応が遅れてたらあなた、いま確実に死んでたわよ?」

「……す、すみません」

 

 いつの間にか敵の攻撃が始まっていて、気づいた時には守られていた。それが霊治の認識のすべてだった。

 気付くことすらできなかった事実に、どんな反論も言い訳もすることはできない。しかしそれでもなお霊治は目を伏せたままだった。


「……まだ『前の姿』に戻る気にはなれないってことね。まあ、いったんこの話は脇に置いておきましょうか」


 メイシャは剣を構えて言う。

 そのすぐ後のことだった。


「な……っ?」


 思わず霊治の口から驚きの声が出る。

 先ほどと同じ光球が何百何千と、地平線の向こうから放物線状に赤い軌跡を残しながら、前後左右を包囲するように2人の元へと迫ってきたのだ。


「向こうもちょっと本気出したのかな……? 霊治くん、舌を噛まないようにねっ!」


 メイシャは霊治の首根っこを片手に、空をけた。アイススケートでもしているかのよう滑らかに、360度どこからでも飛んでくる赤い光球を華麗に避け、逃げ場がない時には弾き返す。

 飛来する光球のスピードは普通の人間の肉眼ではとうてい追うことのできないもので、霊治はただただメイシャに身体を預けるほかなかった。


「さすがに片手が塞がれた状態で真正面から的になるのはメンドくさいわね……」


 幾千もの光球をかわしつつため息を吐くメイシャに、霊治はすみませんと90度の角度で頭を下げたい気持ちでいっぱいではあったが、しかしいま口を開けば確実に舌を噛みそうだったのでそんな気持ちをグッとこらえる。

 もちろんこれでメイシャが追い詰められているのであればもっと他に言うことややることがあっただろうが、しかしそんな訳もない。

 

 ――なにせ、彼女は『転生トラブル解決課』のエースにして地球最強の人間、霧谷メイシャなのだから。

 

「霊治くん、テレポートするから目をつぶってなさい。酔っちゃわないようにね」


 言われた通り、霊治は固く目をつむる。自身の身体が粉のように分解されて消えるような感覚に包まれたのはその直後のことだった。

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