第21話 ゲート管理担当

 霊治はたっぷり10秒ほど硬直したあと、


「はい?」


 とメイシャに訊き返す。


「だから、霊治くんも一緒に行くのよ」

「えっと、どこにですか」

「特異点に。私と一緒にね」


 メイシャは指に挟んだ2枚の紙をペラペラと振る。どうやらそれはメイシャと霊治、2人分の異世界干渉許可申請書のようだった。

 霊治は腕組みをして天井を仰ぎ、考えた。


 ――はて、私はいったい今度はどんなミスをしただろうか……。

 

 しかし、霊治にはいくら考えても思い当たる節などまったくない。

 

「えっと、何の罰ゲームでしょう?」

「失敬な。こんな美人なセンパイといっしょに異世界出張ができるんだから、それだけでもご褒美だとは思わないの?」

「だから自分でそれを言いますか、自分で。それとは別に、理由とかは……」

「私が一緒に行きたいって理由だけじゃダメ?」

「…………」


 そんなことを言われてしまったらそれ以上なにも問いただせないじゃないかと、霊治は魔性の笑みを浮かべるメイシャに対して沈黙するしかない。

 ただ、彼女は仕事を楽しむタイプではあってもふざけるタイプではない。つまりこうやってうやむやにしようとする辺り、理由を言うつもりは無いということだろう。

 

――課長が申請書にOKを出したということは、きっと何かしらの狙いがあってに違いはないが。


 霊治はそう判断して渋々、頷いた。


「ちょ、ちょっとちょっと! 大丈夫なんスかっ⁉ 先輩をそんな危険極まりない場所に連れて行くなんて……ッ!」


 以外にも、そこで声を上げたのはその案件に対しては関わりの無いはずの大太だいだらだった。


「あら、霊治くんはベテランよ? 大太くんが心配するようなヘタは打たないわ」

「いや、でも……先輩は『失憶廻天オーバーリロード』を使えないんスよっ⁉ そんな状態で高ランクの転生者と戦ったら、また大怪我を……っ」


 どうやら大太はこの前の問題解決の1件のことを思い返したらしい。確かに霊治は転生者ランクA相当の転生者にかなり手ひどくやられて、戻って来てから救急搬送されるなんて事態になったわけだから、その心配は仕方のないものだった。

 しかしメイシャは、


「ああ、それなら大丈夫よ。ホラこれ」


 メイシャは手に持っていた他の紙の中の、その1枚を2人へと見せて言う。


「霊治くんの『能力封印解除アンロックスキル申請書』にもゴウちゃんのサインを貰っておいたから。これで霊治くんも『失憶廻天オーバーリロード』、できるでしょ?」




 ◇ ◇ ◇




 日本輪廻生命保険会社の地下10階、役員及び転生トラブル解決課所属の職員以外の立ち入りを禁止された秘密指定フロアの1室に霊治とメイシャはやってきていた。

 壁も床も一面に白タイルが貼られたその部屋は『ゲート室』。そこはその名前の通り、地球と異世界とを繋ぐためのゲートを発現させるための部屋だ。


「ナギちゃん、やっほ!」

「お~? メイシャさんじゃないです? おひさで~す」

 

 その部屋の中、タブレット端末を持ちながら作業をしているのはゲート管理担当の東条とうじょう凪沙なぎさ、通称『ナギ』だ。

 メイシャはナギに駆け寄ると、包み込むようにハグをする。


「う~ん……っ! 相変わらずの収まり具合、ミニマム可愛いわナギちゃん……。今度の業績考課では問答無用でS判定あげちゃうっ」

「メイシャさんこそ相変わらずです。ボクのこと収まり具合で評価するのはメイシャさんくらいなものです……」


 身長的にメイシャより頭1つ分小さいナギは、いつもこんな感じでメイシャから猫可愛がりされてしまう。今日も今日とてそのハグからなんとか抜け出して乱れた髪を整え直した。

 それからナギはメイシャの隣に立つ霊治を見て、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべると、


「おやおや、そちらは最近バツグンに知名度アップを果たした『業務命令違反』パイセンじゃないです? 今日も異世界で大暴れしちゃうのです?」


 なんて軽口を叩く。

 ナギは今年で入社4年目の社員であり、出張のためにかなりのハイペースでこのゲート室へと足を運ぶ霊治とは心置きなく話す間柄だった。

 なのでこんなやり取りはほとんど日常茶飯事のものだ。

 だから今回も、いつも通り霊治は呆れたようなため息を吐いて応じるに違いないとナギは考えていたのだが、


「……あれ?」


 霊治からの反応が一向にない。


「霊治パイセン?」

「――え、はい? なんです?」

「……どうしたんです? 調子悪いんです?」


 なんだか心ここにあらずといった様子の霊治に、ナギは声を真面目なトーンに切り替えて訊ねる。異世界出張へ向かう職員たちの体調を見定めるのもまたゲート管理担当の職責なのだ。


「いえ、大丈夫ですよ。ご心配なく」

「そうですか……?」


 ナギは霊治の表情や肩、胸の動きを観察する。そして顔色は悪くないし、心拍も正常そうだということは確認できたので、いちおう、本当に問題はないのだろうなと納得することにした。


「今日は手ぶらなんですね。神器は用意しなくていいんです?」

「ええ、まあ。今回の相手の転生者ランクは推定『S』ですからね……付け焼き刃な武器は持っていくだけ無駄に失ってしまう危険性があるので」

「そうですか。しかし霊治パイセン、本当に特異点に行って大丈夫なんです……?」


 正直、メイシャについて霊治が特異点に行くということにナギは少なからず驚いていた。なぜなら霊治が特異点に行くなんていうことは彼女が勤め始めてからの4年間で1度も無かったことだったからだ。

 そんなイレギュラーな出張だというのに、しかし霊治の様子は平然としたものだった。


「まぁ、メイシャさんがいるので問題はないと思いますよ」

「ふふん、その通り。エスコートはお姉さんにバッチリ任せてもらっていいわよ、霊治くん♪」


 メイシャは力こぶを作るような仕草で霊治の言葉に応じる。確かに彼女はこれまで数々の特異点を解消してきた百戦錬磨のベテラン社員なのだから、信頼のできる相方だろう。しかし、それにしたってここまで落ち着いていられるものなんだろうかと、ナギは何かが引っかかる気持ちを覚えた。


「……ナギさん? 手続きは……?」

「――えっ? あっ、はいっ‼」


 少し考え事をしてしまっていたナギは、霊治に言われて慌てたようにタブレットを操作する。


「いちおうすでに、あらかじめいただいた連絡通りにゲート出現位置の座標入力などもろもろの調整は済んでるですよ。あとはお2人の能力スキルインターフェース調整ですけど」


 そこでナギは霊治をチラリと見る。


「今回は霊治パイセンの『能力封印ロックスキル』はナシでと聞いてますが、ホントにナシでいいんです?」

「ええ。それでお願い」


 その問いに間髪入れずに答えたのは、不思議なことにメイシャだった。

 霊治はなにか言いたげに口を開いたが、しかしすぐに閉じてしまう。


「わ、わかったですよ……。しっかしボクがここで働くようになってから初めてです、パイセンの能力封印ロックスキル無しなんて。どういう風の吹き回しなんです?」

「ナギちゃん、女は時に秘密を抱えて美しくなるものなのよ♪」


 それはやはりメイシャの、冗談めかしつつも有無を言わせないような不思議な力を持つ、それ以上の追求を許さないような言葉だった。

 だからナギはそれ以上の余計な詮索せんさくを諦めて、ひとつため息を吐くと、


「なるほど。道理でいつまで経ってもパイセンがボクになびいてくれないワケです」


 そうやってメイシャの言葉に同じ軽口で乗っかって、パチクリと霊治へとウィンクしてみる。しかしやはり霊治には聞こえなかったのか、何かの思案に暮れるようにしているだけだった。

 

「それじゃあナギちゃん。ゲートを開いてくれる?」

「はい。それじゃあボクは管理室へ行くです。お2人とも、どうかお気をつけて」


 それからナギはゲート室の隣の管理室へと入る。


「――言語設定クリア、重力設定クリア、大気構成問題なし、ゲート出現XYZ軸調整値に問題なし」


 指差しで様々な設定値を調整すると、「よしっ」とゲート出現のプロセスを動かし始めた。

 ガラス越しに見えるゲート室の中に黒い点が現れて、それが徐々に広がっていく。

 

 ナギは、霊治のことが心配だった。そしてメイシャが何を考えているのか、その真意がわからないのがもどかしかった。

 

「でも――」

 

 ――だからといって、そこに不安という気持ちはまるで無かった。

 

 向かう先に何が待っていようとも、そこに行くのがメイシャであり、そしてウワサに聞く霊治の『失憶廻天オーバーリロード』の能力が解放されるのであれば。

 

「ご愁傷様です、転生者さん。いまそちらに、『世界最強の2人』が向かってるですよ……」


 そう呟いてナギが見た先、黒く渦巻くようなゲートの前に、2人の姿はすでに無かった。

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