霧谷メイシャ編

第18話 蒼き大地

 平原世界、アームガルド。

 その世界には都市などと呼ばれるような大きな街はなく、無数にも思えるほどの小さな集落が連なり形成される世界だった。

 その世界の人々の間に競争はなく、彼らはただ毎日を自然の恵みを得ることに費やして、日々を穏やかに過ごしていた。

 森では木々が豊かにその葉を広げ、丘のようになだらかな山々から流れてくる川の水は澄んでいて、まさしく理想郷を体現したような光景だ。

 

 ――そう、少なくとも、今日この時までは。


「んん? なんだぁ?」


 平原で、1人の羊飼いの男が異変に気が付いた。

 いつ見ても青々しく豊かに地平線まで広がる緑の平原の様子が、何かおかしい。


「青……?」


 そう、青々としていると言っても程度がある。

 それは地球の日本でいうところの『青信号』、いわゆる人々が緑色として認識する意味での『青』だったのだが、しかしこの羊飼いの男が遠くの景色に見た色は、この天上に広がる青空とまったく同じ『青色』だった。

 その異変は最初は遠くで起こっているようだったが、しかしそれはすぐに、波のように速く男の足元まで侵蝕する。


「なぁ――っ⁉ はぐっ……ッ‼」


 そしてその『青色』に触れた途端、羊飼いの男と放牧された羊たちは、それぞれに苦悶の声を上げて『真っ白な雲』となった。

 人型と羊型の雲は、元々のそれらの体重など忘れたかのようにプカリと宙に浮いて、そのまま空高くまで昇っていく。

 それに続いて世界の至る所から同じように、様々な生命がその形を残したまま雲となって空に舞い上がった。

 それらは上空で動きをピタリと止めると、人型は人型の雲同士、その他の生命も似た形の雲同士で集まる。それらは互いの身体をくっつけるように近づいて、星を囲む輪っかを作り、そして踊り始めた。




「――ふはは……っ‼」




 その空の様子を、空色に染まる平原の真ん中で満足そうに眺める男がいた。

 

 ――やはり空は美しい。もう2日もあれば、大地はすべてその色となるだろう。


 男の目的は、この星のすべてを空の色に染め上げることだった。

 そして星を囲うようにすべての生命の手を繋ぎ合わせ、『聖秘力』のエネルギーを循環させるシステムを作ることで、この星は死滅することなく永久的に自らの力で輝き続ける不滅の『太陽』となる。

 それが、この男の望む『最高傑作』だった。


 男は、自分の2度の人生はこの日のためにあったのだと確信する。

 油彩画を極めようと邁進して、しかし誰の評価も得られなかった1度目の人生。

 そしてその1度目の生涯で得た技術を土台にして、新たな能力を得たこの2度目の人生。

 

 男は自身もまたその『作品』の一部となることで、永遠の満足感に浸るつもりだった。

 

「さあ、描き出そう。蒼き太陽を。素晴らしい作品をっ‼」


 ――そして世界のすべての人々を、我が芸術によって救済するのだ。

 

 もはや生命のかけらも残さない大地の上で、その男の狂ったような笑い声が空高くへと突き抜けた。

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