第16話 決着

 ――まったく、やれやれだ……。


 撃たれてジンジンと痛む左肩を押さえつつ、霊治は顔を上げる。

 目の前ではサロキスがこちらに向けて銃を構えているが、その銃口が向いている先は足だ。どうやらこの期に及んで私を痛めつけるつもりらしいなと、霊治は呆れのため息を吐いた。


「おいおいwww 負け犬の遠吠えかよぉwww? さすがに情けないぜぇwww?」


 サロキスがあざけるようにして笑う。これまでの経緯を『茶番』だと言い切った霊治に対しての言葉だ。

 まあそれも仕方ないだろうと、霊治もまた薄く笑った。


「あなたが単純な思考の持ち主で本当によかった」


 サロキスのこめかみがピクリと反応する。何かを言い返してやろうと口を開けるが、しかしそれに先んじて霊治は言葉を続ける。


「あなたのように生まれ持った自身の特別な能力に浮かれて好き勝手に暴れ回る転生者たちに共通した思考です。『自分は何をやっても成功するこの世界の主人公なんだ。だから自分が下した結論は正しい』、そう思い込んで自分の優位性を決して疑ったりしない」


 心当たりがあるのか、サロキスは喉を詰まらせたような反応をした。

 霊治は冷えた目でその様子を見る。自分だけが特別であり、自分が考えていることなど他の誰にも想像がつかないに違いないとでも思い込んでいたのだろう。そんなの大間違いだ。


 本当に特別な人間は、特別な何かを自身の努力で会得した『過程』を持つ者だ。転生の過程でなんの努力もせずにチート能力を得た転生者のように、決して他人から与えられたもので満足している人間なんかじゃない。

 霊治は最大限の侮蔑ぶべつを込めて、言う。


「だからこそ、本当に、ありがとうございました。少しあなたの裏をかいて、それから本命に見せかけたスタングレネードをあえて回避『させてあげた』だけで自分の優位を信じ込んでくれて、どうもありが――」

「もう死ねよッ‼ 口だけのカス野郎がぁッ‼‼‼」


 サロキスは霊治の言葉を最後まで聞くことはなかった。怒りに赤黒く染めた顔でハンドガンを放り投げると、その代わりに両手にマシンガンを創造してトリガーに指をかける。

 だが、しかし。


「遅い」


 それよりも先に霊治の手に着けた指輪が光ったかと思うと、2人の位置関係は逆転していた。今まで霊治が膝を着いていた場所にサロキスが、サロキスの立っていた場所に霊治がいる。

 それは神器を使った入れ替わりの転移。霊治がここに至るまでにサロキスの目の前で何度も見せていたものだったが、しかし自分自身がその対象になったことのなかったサロキスは一瞬だけ混乱に目を回す。

 それだけで霊治にとっては充分だった。


「出来過ぎだとは思ったでしょう? ボロボロの相手がたどり着いた先が行き止まりの道なんていうのは。ならば、そこであなたは浮かれるべきではなく疑うべきでした。『罠』の可能性をね」


 マシンガンを構えたまま、霊治に背中を向けて呆けていたサロキスが振り返ろうとするがそれよりも早く。

 霊治は腰から拳銃を抜いてその銃口をサロキスのすぐ足元、地面へと向けた。


「そこに何が埋まっていると思いますか……?」

「あ、」

 

 霊治は返事など待たず、トリガーを引いた。




 直後、目の前で地面をまるごと吹き飛ばすような大きな爆発が起こった。




 その、離れていても身体に叩きつけられるような衝撃波に、霊治はボロボロのジャケットをたなびかせる。

 殺せただろうか……生死が確認できるまでは油断できないと、霊治は立ち込める土煙の中に目を凝らした。

 しかし、思った以上に強力だったなと、感じた手ごたえに拳を握る。


 ――クラスター爆弾。

 

 それはサロキスが王都の破壊に使用したものであり、そしてあまりに多くの『不発弾』を後世に残したことから各国で使用に関する禁止条約が結ばれた兵器だ。

 いつ爆発するかわからないその不安定で危険極まりないその不発弾の在りかを教えてくれたのは、自動人形に襲われていたところを助けた直後のキルンだった。


『あのね、わたしがいた広場に落ちてきたやつはね、バーンッ! て弾けなかったの』


 王都の情報を集めようと質問を重ねていた中で知ったそれを、まさかこういった形で使用することになるとはその時の霊治には及びもつかなかった。だが、おかげさまで手持ちの武器よりよっぽど強力であり、そしてサロキスのバリアを吹き飛ばせる『兵器』を手に入れることができたのだ。


 後はその不発弾が刺さった地面をカモフラージュし、そして感付かれないようにサロキスをその広場まで上手いこと誘導するだけだったが、その成功率だけが不明のままだった。

 サロキスの性格上、霊治のことを散々に痛めつけて遊ぶだろうとは思っていたがどこかで気変わりがないとも言い切れない。


「大変な気苦労でしたよ……いつ撃ち抜かれるとも知らない背中を見せつけながら、あなたの銃弾に身を委ねるのはね」


 それはいっさいの返事を期待していないひとり言だった。

 だからこそ、


「――そう、かい……ッ‼ そりゃあ、悪かったなぁッ‼‼‼」


 そう言って土煙を割って現れたサロキスに、霊治は身体を凍り付かせたように動きを止めた。


「やって……やってくれたなぁ……ッ‼ クソ野郎ぅ……ッ‼‼‼」


 サロキスは、身体中に裂傷や火傷を負いながらも、しかしそこに立っていた。


「生きて、いましたか……」

「あったりめぇだぁ……このボケカスがぁ……ッ‼‼‼」


 サロキスのバリアの強度は霊治の想定よりも硬く、不発弾だけでは致命傷を与えるに至らなかったらしい。

 血なのか、それとも溶けた肌なのかわからない液体を地面へと滴らせながら、サロキスは両腕をこちらに向けた。


「お、おおおお俺の、俺の兵器を盗んで使いやがってェ……ッ‼‼‼」


 その腕を包むように光が満ちる。

 

「お前の存在のすべてを灰にしてやるぅッ‼‼‼ ――兵器創造クリエート・アームズッ‼‼‼」


 望遠レンズのようなガラス金属が銃口に着けられた太い銃身がサロキスの腕に装着された。


「死ね死ね死ね死ね死ねシねシね死んじまえェ――ッ‼‼‼」


 光の粒子がサロキスの構える両腕に集まって、輝く。


 圧縮光レーザー砲。それは大陸の地盤をも焼き切る、現代の地球上でも最新技術に分類される科学兵器だった。


 霊治は静かに刀を構える。鞘は無かったが、居合抜きをする時のように刀身を背中側に回すと腰を落とした。


「ふはっフハハハハハッwww‼‼‼ バッカじゃねぇーのぉっ⁉ もうバリアは復活させてんだよぉッ‼ お前の攻撃はもう2度と俺には届かないッ‼‼‼ 残念だったなぁ、来世で俺に挑む時はもっと強力な武器を持ってくるこったぁwww‼‼‼」

「……強力な武器、ですか」


 霊治はポツリと呟くように言った。

 



「それはたとえば『巨人の腕』、なんかですかね……?」




「――あぁ?」


 間抜けた声を出すサロキスへと、霊治は続ける。


「不思議でした。あなたは相手をなぶり殺しにして楽しむような性格で、現に私にはそう対応しましたね。しかし、なぜかうちの大太くんに対してだけは違った」


 そう、大太の時だけ、サロキスの対応に特別なものを感じたのだ。考えれば考えるほどそれは不自然だった。


「彼があなたに襲い掛かった時、すぐさま殺傷率の高い対戦車地雷を踏ませて、それからトドメの大砲を撃ち込んで決着を急いだ……それはなぜです? あなたの身は常時バリアに覆われて安全なハズなのに……」

「てめぇ、何が言いたいんだぁ……?」

「あなたが応えたくないのなら私が口にしましょうか」


 晴れ渡っていた霊治たちがいる広場の空に、突如として黒雲が満ちる。


「あなたは、恐れたんです。直感的になのか、根拠があってなのかはわかりませんが、しかし。彼の一撃は確実に自分のバリアを打ち破るものなのだとね……っ‼」


 直後、サロキスの背後、いまだに土煙が満ちる空間へと雷が落ちた。

 

「んなぁっ⁉」


 その音に驚き振り向くも、サロキスの目には土煙しか映らない。


 ――その中を突き破って、豪速の巨大な腕が振るわれる。


 硬い鉱石が砕けるかのような破壊音とともに、サロキスと外界とを隔てていたバリアは呆気なく砕けた。

 そしてそのまま、巨大な右手が手のひらを広げたかと思うと、瞬く間にサロキスの身体をわし掴みにしてとらえた。


「――よおッ‼ また会ったなクソ転生者ぁッ‼ そんでもってサヨナラだッ‼」


「お、お前は……ッ‼」


 見開かれたサロキスの目に映ったその人間は、大太だ。

 土煙を割るようにして現れた右目に片眼鏡をかけた大太が、ニヤリと笑みを顔に浮かべながら、右手に力を込めてサロキスの身体中の骨を砕く。


「ぐがぁッ⁉」


「『雷霆らいていの巨人』の所以ゆえんを、ここに知れぇッ‼」


 次の瞬間、蒼い電流がその右腕を中心に奔り、蛇のようにサロキスを呑み込んだ。

 

「あ゛ッ、お あ゛ぁぁぁぁぁ あ ぁ あ ッ ⁉ ⁉ ⁉」


 目、口、耳、鼻、その全てから電流を流し込まれて、サロキスが身体をけいれんさせる。

 バリバリッと。長く、長く。

 肉体を削るような電流の音とサロキスの悲鳴だけが辺りに響く。

 

「やっ やっ やめっ お゛あ゛ぁぁぁぁぁッ ‼ ‼ ‼」

 

 サロキスはもはや自身で創造した能力のことも頭から飛び、具現化の時間制限を超えた圧縮光レーザー砲はその両腕から発射されることもなく消え失せた。今やその身体は苦悶の声を吐き出すスピーカーでしかなかった。


「お゛ッ お゛ッ お゛ッ …… ッ …… ッ ‼ ‼ ‼」


 その涙は目玉もろともに蒸発して白い煙となり、皮膚や内臓は黒い煙となって立ち昇って肉の焦げ付く臭いが漂い始める。しかし、その程度で顔をしかめる人間はここにはいなかった。

 なにせ、前世が大罪人の保険屋が2人なのだから。人の燃えゆくありさまなど彼らの記憶のありとあらゆる場面にすでに刻み込まれているものだった。

 

「フン……っ! もういいか」


 そして放心状態で、しなびた植物のようになったサロキスのその身体を大太は放り投げる。その真下には、神器・渦月を構えた霊治がいた。

 そして一閃された刀身へと、吸い寄せられるようにその首はやってきた。


「さようなら、サロキス・モルゼル・ラスノール。あなたの魂に最低最悪な結末があらんことを――」


 もはや意識のないサロキスの身体はそのまま2つに分かれ、焦げ付いた血が舞う。

 そしてそれが、今日この王都に散る最後の命となった。

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