第15話 それはまるで映画のクライマックス
眼鏡の男はまるで狙い撃ちでもしてくださいとでも言うように直線的な軌道で
サロキスはニヤニヤと笑いながら、その足元、地面に向かってマシンガンを撃った。銃弾が跳ねて、その度に眼鏡の男がビクついたように反応する。
――それを見ることの、なんとおもしろいことだろうか。
まだまだ当てやしないさ、まだまだ追いかけっこを楽しみたいのだから。とサロキスは余裕たっぷりの歩調で眼鏡の男を追う。
瓦礫の合間を縫って逃げていく男のその姿が見えなくなったとしてもいっさい慌てることはない。
「――
そう唱えれば、瞬時にサロキスの頭上へと2機のドローンが、そして手元にはタブレット型ディスプレイが現れる。
「行け。見つけてこい」
その命令を受け取るとドローンたちは男が逃げた方向へと飛んでいく。ディスプレイにはその2機に備え付けられたカメラから送られてきた映像がリアルタイムで映し出されていた。
1機は地上を滑るように飛んで地形に沿った探索を、もう1機は空中から広範囲の探索を行う。
「おっ……いたいたぁ」
眼鏡の男の姿はすぐに見つかった。簡単には追いつかれないようにするためだろう、ジグザグな道どりを進みながらどうやら王都の西門を目指しているらしい。恐らくそこから撤退する気なのだろう。
「あまぁ~い、あますぎるねぇwww ぷぷぅ~っwww‼」
俺に探索の能力がないと勝手に決めつけたのだろうな、とサロキスは噴き出して笑う。
あの男、地頭は決して悪くなさそうだったし、戦闘経験もかなりありそうな感じはしたが、相手が悪すぎたなぁと同情する。
この『
「ドンマイ、ドンマイってやつだwww」
サロキスは発見した男へと監視用にドローンを1機残し、もう1機を自分の元へと呼び戻す。
「西門への最短ルートをナビゲートしろ」
瓦礫の道を、悠々とした足取りで西門近くまで歩いていく。ディスプレイに映し出される空中から撮られた男の姿を確認しながら「ここらへんだなぁ」と呟くと立ち止まった。
するとすぐに、瓦礫の合間から眼鏡の男がサロキスの目の前に顔を出す。
「ひぃさしぶりぃ~www‼」
マシンガンをぶっ放した。突然の襲撃にその男も驚いたのだろう、手に持った刀を抜くのが一瞬遅れた。
「ッ‼」
銃弾が1発、その足をかすめて肉をえぐった。男は苦悶の表情で歯を食いしばり、鮮血が舞う。しかしまともにやり合っても勝ち目がないことはわかっているのだろう、反撃することもなく、鞘を捨てて抜身の刀を片手に背中を見せて走り出した。
「いいねぇ、その必死な感じwww しかし、これじゃあ狙いがつけ辛いなぁ……」
サロキスはマシンガンを捨てると、代わりにハンドガンを創造する。
「やっぱり1発ずつ当てて弱らせたいからなぁ……」
路上に血の跡を残しながら遠ざかるその男の、刀を握っていない方の腕の肘辺りに照準を定める。
「ばぁんっwww!」
男が横によろける。弾丸は狙い通り、肘辺りの肌を切るように傷つけていた。
「フフっ、ハハハハハッwww‼」
サロキスは何度も何度もトリガーを引く。
その度に男は酔っ払いがダンスでもするように前後左右によろめいて不格好この上なく、笑わせてくれる。次第にボロボロに、血にまみれていく男のジャケットを見ながら、サロキスは心が満たされていくのを感じた。
――俺はやっぱり、最強だ。この世界にも他の異世界にも敵はいない。
魔王を倒した勇者も、ベテラン
その事実がとても心地よくて、ついついサロキスの持つ銃の照準が甘くなった。
今まで身体にギリギリ直撃しない箇所を狙っていた弾丸だったが、今度の1発は直撃してしまう。男が前のめりに倒れ込んだのを見て、焦る。
「おわっとぉ‼ おいおいマジかよ、さすがにまだ死んじゃいないよなぁ……っ⁉」
これで終わりなんて興ざめ過ぎる。舌打ちを鳴らしたサロキスだったが、しかし。
「おおっwww‼」
男は、フラフラと身体を揺らしながらも起き上がる。刀を土がむき出しになった地面に突き刺し杖のようにして立ち上がった。
左肩を押さえている。どうやら銃弾が貫いた場所はそこらしい。
「なんだぁ、ぜんぜん大した怪我じゃないじゃんwww びっくりさせやがってぇwww」
男が逃走を再開して、途中、横にあった瓦礫と瓦礫の間の道へと入った。さっきの今だ、銃口の直線上に身をさらしていたくはなかったのだろう。
サロキスもまたすぐにその曲がり角まで来る。そしてまったくの無警戒で道を曲がった。
それも当然のことだ。男は相当の手負いでこちらは万全。たとえ奇襲があったとしてもバリアが存在する以上、男はこちらを傷づける手段を持っていない。
さて、これからまたどんな逃げざまを見せてくれるのだろう。男の悲壮感に満ちた顔を想像しながら、ワクワクとした感情に胸を沸かせてその先の光景を見る。
――そこで見たのは、まったく予想だにしなかった結末だった。
まさか、こんなことがあっていいのかと、サロキスは驚きに目を見開き、そして。
「ふふふっ……ふははははははぁっwww‼‼‼」
腹を抱えて大笑いした。
「おいおいおい~www マジかよwww」
真正面を指で差しながら、今日1番に息を切らせながら狂ったように笑って言う。
「『行き止まり』ってwwwwwwwww‼ 必死になって精一杯がんばって、そんで逃げ込んだ先が瓦礫に囲われて行き止まりの場所ってwwwwwwwww‼ こんなあからさまなオチって現実で本当に起こるもんなんだなぁwwwwwwwww‼」
サロキスが見た限り、男の逃げ込んだ道の先にはそれ以上の道がどこにもないようだった。奥行きと横幅はそこそこにあって、ここにだけは瓦礫などが無いようだ。
もともと広場か公園だった場所で、周りに崩れるような建物がなかったのだろう。
男はその中心で土の地面へと膝を着いて、苦しそうに肩で息をしていた。
「あ~あ~www 残念。さすがにもう限界かぁ~www」
いつか来るラストだとは知っていたが、しかし少し早すぎだなとサロキスは落胆した。もっと遊んでいたかったのに、残念だ。しかし一方で気分の高揚する自分がいることにもサロキスは気が付いていた。
なぜなら、この状況がまるで映画のクライマックスのようであったからだ。
逃げるラスボス、追い詰める主人公、行き止まり、演劇のステージのように整えられたスペース。こんなお膳立てされたようなシチュエーションで決着なんて、なかなか狙ってできることじゃない。
自身がまごうことなき主人公の立ち位置にいることに自尊心は溢れかえるまでになり、心臓がドクドクと速いペースで脈打つ。世界が自分を認めて、そして祝福をくれている。サロキスはそんな気さえしていた。
「終わりだなぁwww」
「……そのようですね」
「最期に言い残すことはあるかぁwww? なぁんて言いつつ、まだ殺す気はないんだけどwww 雰囲気的にはラストシーンだからさぁ、定番のセリフを一応、ね。ぷぷぅ~っ‼」
サロキスはそう言いながら、銃口を男に向ける。まずは足を撃ち抜いて完全に移動できなくさせて、次は腕だ。それからゆっくり解体していく。この無表情な男の泣き叫ぶ声をようやく聞けると舌なめずりをしていると、
「言い残すこと、ですか……」
眼鏡のその男が口を開く。
まさか返事があるとは思っていなかったサロキスは、「ぷぷぅ~っ‼」と再び噴き出す。
「なんかあったwww? いいよいいよ、聞いてやるよぉwww 聞くだけでいいならなぁwww」
煽るようなその言葉を受けてもなお無感情そうな顔のまま、男はサロキスを見て、言う。
「では、『ありがとうございました』と。感謝の一言を、あなたに」
「…………はぁ?」
サロキスは首をほとんど直角に傾げた。なんだ、なんて言った?
――『ありがとう』? いったい、何をとち狂って?
気が触れてしまったんじゃないだろうなとサロキスは眉をひそめたが、しかしその疑問への解答が導き出されるよりも先に、男の言葉が続いた。
「ありがとうございましたと、そう言ったんですよ……。聞こえませんでしたか? それとも意味がわかりませんでしたか? それならば改めてちゃんと言い直しましょう」
男は眼鏡のフレームを指で押し上げて、言う。
「即興で、しかも雑な3流の『茶番』にここまで付き合ってくださって、本当に本当にありがとうございました、とね――」
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